第二話「暗くて深い地の底へ」
――翌早朝――。
始発を待つ駅の改札に、眼鏡を曇らせた一人の男がいた。
泥のような目をした男の名は栗山林太郎、仲間たちからはクリリンと呼ばれている。
本人はその事実を昨日知ったばかりである。
いまとなっては“元”仲間だが。
「……納得いかねえ」
彼の表情は雲が低く立ちこめた冬空よりもどんよりとしていた。
これまでただひたすら社会正義のために尽くしてきたのに、よもや“いらない子”扱いされ網走くんだりに
年末年始ぐらいは
旅行の日程が早まった上に長期
当然のようにそんなことはなく、林太郎の心は網走の空がごとき猛吹雪の
これから今日一日電車に
(ああ、このややこしい路線図や過密ダイヤともお別れか……)
こんなとき、
林太郎が腹いせに他のメンバーのロッカーを木工用ボンドでガチガチに
「あっ! いたいた、もう探したッスよぅ」
最初に目に入ったのは
それをすっぽりと頭から被った少女がそこに立っていた。
尻尾を振る
そして林太郎よりも頭ふたつ低い
「……子供?」
思わず周囲を見渡した林太郎であったが、保護者らしき大人の姿はない。
だがこの目の前にいる少女はどうサバを読んでも小学生にしか見えなかった。
とはいえ林太郎に声をかけてくることからしてヒーロー関係者であることは間違いない。
それにしてもかなり若い部類には入るが。
「んじゃついてくるッス」
そう言うと青いパーカーの少女は林太郎の返事も待たずにトットコ歩き出した。
林太郎は重いキャリーバッグを引きながら、案内されるがままに少女の後を追う。
「迎えが来るなんて聞いてないぞ」
「およ? おかしいッスね。ま、いいッス」
ヒーロー本部の情報伝達能力が低いのか、それとも林太郎がそれほどまでに嫌われているのか。
未来の無い二択が脳裏をよぎったところで林太郎は考えるのをやめた。
「サメっちは
「俺は栗山だ、栗山林太郎」
「わあ、略したらクリリンさんッスね」
「二度とその名で俺を呼ばないでね」
そんなやりとりをしながら、ふたりは用意された車に乗り込んだ。
「秘密基地までたのむッス」
「了解しましたウィ」
車が向かった先は都内にあるヒーローの秘密基地らしい。
不本意ながら、林太郎はほっとした。
口ぶりやその若さから察するに、サメっちは都内の別のヒーローチームに所属するメンバーなのだろう。
ヒーローというのは
航空機を借りられれば網走まではひとっ飛びな上、乗り換えもないというわけだ。
トバされることに変わりはないのだが、十五時間も電車に揺られるよりは
「栗山さん外ばっかり見てるッスね」
「そうか? まあ東京も見納めかと思うとな……寂しいもんだよ」
「おおー、ちょっとカッコいいッス。ハードボイルドッス」
ハードボイルドどころかいまにもハートがブレイクしそうなのだが。
林太郎はひとり盛り上がるサメっちを尻目に、遠くに見えるヒーロー本部庁舎を
やはり左遷の理由が“成績優秀すぎて他の連中が
しかし
(今考えるべきは、どうやってビクトレンジャーに復帰するかだよな……)
とはいえヒーローが『怪人を倒しすぎて申し訳ありませんでした』と上司に頭を下げるなどもってのほかだ。
重要なのは林太郎がビクトレンジャーにとって必要な男だと証明することである。
いっそ今すぐ怪人による襲撃が発生すれば、
「……爆発しねえかなあ、ヒーロー本部」
そんな気骨のある怪人など、この東京に残っているはずもない。
目立った怪人組織は、他ならぬ林太郎自身が片っ端から壊滅し尽くしてしまったのだから。
…………。
ほどなくして車は都内で最も高いビルの地下駐車場に入った。
ピカピカに磨き抜かれた大理石のエレベーターホールには、当然のように埃ひとつ落ちていない。
私服の林太郎とパーカー姿のサメっちが並ぶと異様なほど浮いていた。
「こんなところに秘密基地があるのか……」
ヒーローチームは全国にあるため待遇に差があるのは致し方ない。
とはいえ、どうしても壁の薄いしみったれたビクトレンジャー秘密基地と比べてしまう。
「圧倒されてるッスか?」
「組織格差を感じているところだよ。この絵とかいくらすんの?」
いっそここに左遷されたいと思った林太郎であったが、ここはあくまでも中継拠点である。
林太郎が向かう先は
「んじゃさっさと行くッスよ」
林太郎は
サメっちの話によると地上六十階までたった一分で到達するらしい。
「……どこまで降りるんだこれ?」
「もうちょっとッス」
エレベーターが下りはじめてもうかれこれ
このまま地獄の底まで連れて行かれるのかと思い始めたころ、ようやく重い扉が開かれる。
暗く長い廊下を抜けると、そこには地下とは思えないほど広い空間が広がっていた。
黒を基調とした装飾に
どういう仕組みか青い炎を
ヒーローの秘密基地というよりは暗黒密教の聖堂といった
「サメっち、帰還しましたッス」
「クックック……フハハハハ……ハァーッハッハッハッハ!!」
その聖堂の
不釣り合いなほど大きな椅子に腰かける初老の男がそこにいた。
ヒーローチームの指揮を執る司令官、にしてはやけに迫力のある爺さんである。
言うなればそう……まるで悪の
初老の男は
そしてマントを
「よくぞ参った、我輩はドラギウス三世! 秘密結社アークドミニオンの
「………………はい?」
林太郎はそこでようやく自分の
ここは――この場所は――。
「ようこそ“怪人の怪人による怪人のための組織”アークドミニオンへ、ッス!」
そう言ってニカッと笑った少女の口には、鋭い牙が並んでいた。
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