002 覇者、来たる

 対人戦が活発なMMORPG〈アースガルズ〉において、最も熾烈なPVP殺し合いが繰り広げられる舞台、攻城戦。

 終了時点で玉座に座っている者が次の城主となり、当該エリアの所有権を有する事となる。謂わば壮大な椅子取りゲームのようなモノである。


 勝利を狙う武闘派プレイヤー達は、多少であれ生活に影響を与える程度の金額を〈アースガルズ〉に注ぎ込んでいる者が大半だ。

 そんな彼らが数千人も集い、1つの玉座を賭けて激しい殲滅合戦を繰り広げて行く。


 所詮はパソコン画面内でのデジタル信号のやりとりに過ぎないが、動かしているのは実際の人間だ。戦場では私怨や興奮が渦巻き、まさに”戦争”そのものの臨場感を味わえるのである。




[:――いやはや、まさかウチを攻めて来るとはね、”ラ・ピュセル”血盟主のピティアさん]


 終局間際の〈ダームペア城〉攻城戦。玉座の間にて力尽きた者達の死体が転がる中、生き残ったによる睨み合いが続いている。


 ”ラ・ピュセル血盟”は、ビザンツサーバーで活動している大手血盟の一つだ。エルフの重装備ATアタッカー、”ピティア”が盟主を努めている。

 仲間同士の交流も活発で、オフ会が頻繁に開催されているのも特徴。一部のメンバーがSNSに掲載している写真から20〜30代女性の割合が多いと判明しており、色々な意味で高い人気がある。


[:ええ、突然で御免なさい。”シークレットポイズン”血盟主のユウジロウさん]

 現ダームペア城主血盟であり、ビザンツサーバー随一とも言える実力派集団、”シークレットポイズン血盟”。

 PVP対人戦に特化したプレイスタイルのメンバーが大半を占め、やたらと争いたがる武闘派プレイヤーも多い。


 敵対勢力は多いが、極めて強大な戦闘力を誇る集団であり、上位を目指すプレイヤー達の憧れの的であり続けている。

 腕試し目的や、あわよくばスカウトを期待して毎度のダームペア攻城戦に参加する者が後を絶たない。


[:ウチのメンバーがどうしても、ダームペア城にも遊撃したいと言うもんですから……]

 ややわざとらしく、申し訳なさそうにユウジロウへ事情を説明するピティア。


[:なるほど遊撃ですか。まあ、誰がどこを攻めるかは自由ですからね]


 守り手となる城主血盟以外の参加者は、途中で攻める城を変更可能だ。気分や必要性に応じて、手当たり次第に激戦地を渡り歩く"遊撃"を楽しむ勢力も少なくは無い。


[:いつもならどんな相手が来ても歓迎なのですが……今回はちょっと困りましたね]


[:まさかが居るなんて……]

[:本当ですね、が居るなんて……]


 同調する2人。それぞれの視線タゲは今、目の前のに釘付けだ。


[:おいおい、なんだよアイツ]

[:強すぎるってレベルじゃねぇ。チートかよ]

 玉座の間でHPを失い、死体となって周囲を埋め尽くしているプレイヤー達。彼らは死体のまま、時間の許す限り玉座の間の様子を実況し合って楽しんでいる。


 攻城戦で死亡したプレイヤーはその場での復活が出来ない。死体のまま最低5分間拘束され、その後は任意のタイミングで帰還が可能となる。但し、そこに居たければ最大で30分間同じ場所に留まる事が可能だ。

 なお、死亡して戦場から送還されたプレイヤーは、攻城戦が終了するまで同エリアへの立ち入りが制限される。

 生き残った者達で死力を尽くすバトルロワイヤル形式によって、最終的に玉座の獲得者が決まるのだ。


[:残ってるのはラ・ピュセルとシークレットポイズンか。あとアイツ……]

[:くっそ、もう時間がねえ。早く死にすぎた]




[:――迂闊に動くなよ。とにかく死なない事に集中しろ……]

[:解ってるさ。しかし……]

 ラ・ピュセル血盟とシークレットポイズン血盟はそれぞれ30名ほど生き残っており、互いに睨み合いを続けていた。


 いや、全員で緊張しながらに注目している。

 張り詰めた空気感。玉座付近のプレイヤーのほとんどを1人で斃し、我が物顔で闊歩するダークエルフ。


[:……こんなもんか。城主血盟といえど、俺が期待していた程の戦力は備えていないようだ]


 ユトだ。


「マジで何者だよコイツ……」

 数名のプレイヤー達がパソコン画面の前で呟く。


[:……]


 一方で、ピティアとユウジロウはそれぞれ脳内をフル回転させて打開策を探っていた。


 残っているめぼしい勢力は3つ。つまり三竦みだ。

 下手に動いたら集中攻撃を喰らい壊滅してしまいかねない。


{攻城戦終了まで、あと5分です}

 攻城戦の残り時間を伝えるシステムメッセージ。


 ――あと5分、玉座を守り抜けば……!


 ユウジロウとシークレットポイズン血盟員達へ緊張が走る。

 攻城戦ももうじき終了。あと5分だけ耐えれば……ピティアもしくはユトを玉座へ座らせなければ勝利だ。

 逆に、このタイミングで壊滅してしまうのは非常に不味い。


 もしそうなれば玉座を奪われ、これまで守り抜いてきたダームペア城の所有権を失う事が確定してしまう。


[:ううん、やっぱりダームペア城は貰ってしまおう。税率は18パーセントくらいにしようか]


 ――!!!


 その場に生き残っている者、そして突っ伏している死体プレイヤー達にも戦慄が走った。


 ダームペア城は〈アースガルズ〉経済の中核拠点でもあり、ゲーム内でアイテムを販売・購入できる”販売代行システム”を管轄している。

 現在のダームペア城が定めている税率は6パーセント。それがいきなり3倍もの値に変更されてしまった場合、ビザンツサーバーの経済に大きな影響を与えるのは必至だ。


 特に、回復や一時的なステータス向上などの消耗アイテムは薄利多売の品が多く、売れば売るほど赤字になるといった事態に陥りかねない。

 ある程度の暴騰は考えられるものの、使用頻度の高い消耗品であるため中々高値では売れないだろう。


 最悪の場合、サーバー中の商店から必需品が消え去ってしまうかもしれない。


[:おいおい、物騒なことを言うなよ。ビザンツを潰す気か]

[:そうですよ、そんなことをしたら多くの人がゲームを辞めてしまいますっ]

 ユウジロウとピティアは合点する。この際どちらが勝利するかなど、もはやどうでも良いだろう。


 ――とにかく、目の前の脅威を排除しなければ。


[:ピティアさん、ここは共闘と行きませんか]

[:ええ、ユウジロウさん、それしかないようです。……今回は貸しですよ――]


[:――ラ・ピュセル血盟はシークレットポイズン血盟員を援護してください]

 ピティアが血盟内チャットで号令を出す。ビザンツサーバー屈指の2大血盟で力を合わせ、全力でユトの勝利を阻止するのだ。


[:流石に、負ける訳には行きません……]

 生き残りは約60名。仮に一般血盟に居たとしたら、間違いなくエース級となるであろう戦闘力を持つ上級者プレイヤー達だ。

 そんな猛者達が、”身内意外全て敵”となるはずの攻城戦において一旦争いを止め、互いに手を取り合うのである。〈アースガルズ〉史上でも稀に見る大手血盟同士の結託と言えるだろう。


[:――良いですね、素早い。上出来です!]


 ――わずか1分足らず。


 残り数分という僅かな猶予の中で準備をしたにも関わらず、瞬く間に大規模レイドボス討伐を彷彿とさせる大連合が完成。


 互いの職業特性も熟知しており、寄せ集めにしてはかなりバランスが取れている。

 その完成度の高さにユウジロウも満足気な様子。例えワールドボスであっても、この構成なら即座に討伐可能であろう。


 彼らは”自分達のビザンツサーバー”を守るため、その強大な戦力をたった1人キウ・ユト・モツマへ向け解き放つ――。






{攻城戦が終了しました。ダームペア城の新しい城主は〈キウ・ユト・モツマ〉です}


 ビザンツサーバー全体へアナウンスが響き渡る。


 そこら中に転がっていた死体が一斉に強制送還され、残っているのはただ1人。玉座に座っているユトのみだ。


[:終わった……]

[:バケモノめ]


[:明日からどうなるんだ……]

 項垂れる上級者プレイヤー達。


 ラ・ピュセル・シークレットポイズン両血盟の即席連合は敗北した。


[:すまん、ピティアさん]

[:いえ……私達も力不足でした]


[:――あんなの、無理だよぅ]

 復活拠点で各々が攻城戦を振り返る。想定外の相手であった。

 虚しさと不安が込み上げ、たった1人に全滅させられたという現実は受け入れ切れ難い――。






 ――あれだけすし詰め状態だった玉座の間も、1人だと広いな。


「さて、どうするかな」

 パソコン画面の前でぶつぶつと独り言を垂れるユト。


「ううん、10年くらい振りだが俺もまだまだ捨てたモノじゃないな」

 復帰早々、”キウ・ユト・モツマ”はビザンツサーバーの覇者となった。


「……あれだけの規模でも知り合いが1人もいなかった。統合後に選んだサーバーは外れか」

 飽き飽きして辞めたゲームだが、やはり10年ぶりとなれば懐かしさも若干感じられる。だが、やはり知っている名前は見かけなかった。


 ――当然と言えば当然か。


「それにしても、期待しすぎてたな」

 ビザンツサーバーのプレイヤー達は決して弱くは無かった。少なくとも10年前より多少マシになっていたのは間違いない。

 しかし、かつて圧倒的な資金力をもってしてユトが揃えた装備は、現在でも変わらず異次元級であった。


「ううん、知ってる奴が居れば懐かしい話もできただろうが、まあいいか」

 ダームペア城の玉座に腰掛けながら、今後の事をゆっくりと考える。


「……税率ねぇ」

 新たな城主へ平伏するNPC。

 大臣をクリックすると城主用のメニューが表示された。


 ――ひとまず、税率を8パーセントに設定しよう。


 彼らの反応を見る限り、流石に18パーセントでは引退者も続出しかねない。

 少し手加減をしながら、少しずつサーバーの動向を見極めて行くのが良いだろう。

 それにゲームへ復帰してからまだ日も浅く、キャラクター操作ではぎこちない部分が残っている。


「ううん、明日は真面目に狩りでもするかな」

 明日以降は積極的に難易度の高い狩場へ繰り出し、もう少し”キウ・ユト・モツマ”の操作方法を確認して行こうと思うのであった。

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