第34話 光と光

 酒呑童子は情けと容赦を棄てていると言っても過言ではなかった。

 

 復讐を宣言したその瞬間から、四人に牙を剥いているという意思表示を示していた。

 

 魂ある機械は左手を修司たちの前に突き出した瞬間から既に勝負がついていた。

 

 証拠として、反射的に銃を引き抜いた修司と能力の行使しようとした朧の意識を一瞬で奪い去っている。


「次はお前たちだ」


 酒呑童子はそう宣言するとサイバーアーツを発動した直後の藤堂兄弟を襲うべく、トラのようなすさまじい脚力で距離を詰めていた。


 酒呑童子が狙いを定めたのは裕斗だった。彼のユニットの起動が一瞬遅れたことを見逃さず、右の手刀で狙いを定めて振り下ろす。


 裕斗は直前でユニットの起動が間に合い、酒呑童子の手刀を自らの刀で受け流して直撃を避けた。


 ユニットと手刀の間で火花が散り、衝撃の大きさを物語っている。


 将人は衝撃の後に反動が来ると予測し、先回りして酒呑童子の背後を取り、袈裟斬りを狙った。しかし、彼女も数手先を読んで将人の一撃を左手一本で受け止めた。


 藤堂兄弟と酒呑童子のサイバーアーツは互いに拮抗し、戦意の高揚が加速するばかりだった。


「やるじゃねぇか! もっと俺を楽しませろ!」


 将人は既に好戦的な性格に変貌しており、サイバーアーツのコントロールが限界に近付きつつあった。


 酒呑童子は一度防御を解いてバックステップで距離を取った。


 その間に裕斗は将人の隣に立ち、体勢を立て直す。


「無駄な抵抗だ」


 酒呑童子は悲しい声を発した。


「暗黒の時代に戻すというのであれば、我々が止める。貴様が機械の身体を持とうが、鬼であることに変わりはない」


「否。酒で酔わせることでしか我を殺せなかったお前たちに勝機はない」


「正攻法でも負けはせん」


「御託は良いからぶっ倒すぞ!」


 急激に将人の語気が強くなっていた所を裕斗は見逃さなかった。


「将人、力に飲み込まれるな!」


「わかってる。けどよ、この感覚がどうしようもなく堪らねぇんだ! もっと戦わせろ!」


 裕斗は弟がサイバーアーツによる出力の不安定さを露呈するところを何度も目の当たりにしてきた。彼も暴走を防ぐことで精いっぱいの状態であるため、弟はいつ好戦的な状態が暴走してもおかしくない。


「今にわかる。その欲に溺れれば悔いが残るぞ」


「うるせぇ!」


 裕斗の想定通り、将人は自由を失って酒呑童子に斬りかかっていた。彼にできることは全力で将人を支える、ただそれだけだった。一定の距離を保たなければ自分まで斬られかねない。暴走を続ける弟を敢えて止めずに倒すべき標的を倒せばいい、そう考えていた。


 潜在能力の高い将人は瞬間的な爆発力で酒呑童子に襲い掛かっていた。その証拠に、彼女のつけ入る隙はないものの防戦一方の状態が続いている。


 裕斗は拮抗した状況をこじ開けるべく混戦の最中に酒呑童子を仕留める斬撃を繰りだした。しかし、その刃は突如として強風を受けた弱弱しい火のように消滅した。それは将人のユニットも同様だった。


 サイバーアーツも消滅し、肉体は無力に等しいものに変化していた。


 裕斗は一瞬の出来事に故障を疑ったが、兄弟で同時にユニットが故障するなど偶然に等しかった。


 将人もまた我に返り、瞳を点にして自らがいかに危うい状況であるかを悟った。


 酒呑童子は好機を見逃さず、強烈な横蹴りを見舞って反撃すると、打つ手を失った将人が宙を舞っていた。


 将人は衝突の衝撃と同時に地面を転がった。


 気付けば裕斗も立て続けに地面へ叩きつけられていた。


 成す術はなかった。


 現想界で唯一の対抗手段を無力化されては、どのような地位にいようとも役に立たない。


 酒呑童子は無慈悲で冷ややかな表情を少しも崩さない。


「サイバーアーツとユニットの相乗効果に頼らなければ、我に勝てぬというのか?」


 裕斗から見た仇敵は彼を嘲るように鋭い目で射貫いていた。


「くっ……!」


 一歩一歩近づいていく魔の手を前に、藤堂兄弟は酒呑童子から受けた一撃が響いて動けない。


「終わりだ」


 屈強な存在だったはずの守護士はその一言で弟もろとも葬り去られる領域に入ったのだと悟った。


 光となったサイバーアーツが酒呑童子の左手に集約され、藤堂兄弟に放たれようとしている。


 その時、銃型ユニットの発砲音が一つ、遠くから空気を振動させて空間を響かせた。


 次の一瞬が経過した時には、遠くから放たれたと思われる極細身の光弾が酒呑童子の左手に命中し、濃縮された光を打ち消した。


 酒呑童子は発動を解除されたことに驚く暇もなく、無傷な右腕で背後から突進してきた存在の刃を受け止めることが関の山だった。彼女が視界に捉えた者たちは、機械のように正確無比なユニットの刃を扱う女性と、中距離からスナイパーのごとく銃型ユニットの光弾を彼女の左手に命中させた少女だった。


「お前たちは誰だ?」


 酒呑童子は怯むことなく彼女たちに問うた。


「私たちは守護士だ。しがない仕事をしているだけのな――」

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