第31話 奇襲と逃走

 灰色の世界は着実に現実世界中心地を侵食しつつあった。


 藤堂兄弟が廃墟と化した商店街にたどり着いた頃には、野生の電妖体が蔓延り始めており、人間どころか守護士すら生存が危うい地帯と化していた。この地を踏み込めるのは、守護士と電妖体だけだ。

 

 二人は迫りくる怪物をそれぞれの刀で斬り伏せ、目的地となる小さな廃ビルで足を止めた。


「兄貴、酒呑童子の本拠地はここだな?」


 将人が聞くと、裕斗はただ頷いた。


「守護士の反応が消失した範囲と効果を考慮すると、ここしかありえない」


「やられる前にケリを付けようぜ」


 将人はサイバーアーツの発動で感情が高ぶっており、はち切れんばかりに理性を押さえようと意図的に笑みをこぼしている。


 一方で理性を保っている裕斗は冷静で、常に数手先を呼んで高速化された思考を回転し、これから予想される展開のパターンを張り巡らしていた。


 裕斗は通信端末のレーダーで電妖体の存在が確認できたことを知ると、この場の雰囲気には相応しくないほど意気揚々としていた。


「お前は二階から攻めろ。俺は退路を断つ」


「任せろ!」


 将人は一気に跳躍し、刀型ユニットで窓ガラスを裁断しながら室内へ侵入した。


「さて、行くとするか」


 弟を見送った裕斗はスタスタとビルの階段を上り、歩みを進めていく。


 二人は目標を討伐するべく二手から侵攻し、一気に討伐を開始した。


 他の守護士は呼ばず、守護士協会の上層部の関係者すらも引き連れない。標的はそれだけ重要な機密情報であり、兄弟の存在を脅かす鬼だとみなされていた。


 その脅威を静かに討ち取るため、裕斗は光学迷彩のサイバーアーツを発動し、気配を消しながら暗闇に紛れた。


   ▽


「さすがは協会のトップですね。目的のために手段は選ばないとは……」


 修司と朧が立つビルの一室には陽光に降り注ぎ、更に刀を持った守護士の影が濃く長く伸びていた。


 周囲は斬られた窓ガラスが散乱しており、精緻で古ぼけた退廃美を増大させるものだった。


「お前らが鬼の末裔か」


 将人は強者と戦えることを嬉々として笑みを浮かべていたが、修司たちは動じず、寧ろ冷静さを深めていた。


「もし、その問いかけにわたしたちが認めたらどうなるのですか?」


「そりゃあ斬るしかねぇな。オレと兄貴はずっとお前たちの首を取るチャンスってもんを待っていた。今がその時だ」


 将人は刀を構え、まっすぐに鬼の末裔であると思われる二人から視線を外さなかった。


「わたしたちを殺しても何の意味もありません。それどころか、あなた方に対する不利益が増すだけです」


 朧が修司より前に出ると、将人は何かを確信したかのように笑みを浮かべた。


「女を盾にしてだんまりを決め込むのか? 酒呑童子さんよ?」


「……」


 修司は答えなかった。


「相手ならわたしがします。修司様に手出しはさせません」


 将人にとって修司は、朧を犠牲にして自らの手を汚さずにすべてを終わらせようとする薄汚い鬼であると認識している。電妖体の祖はこんなにも卑しい悪鬼なのだと、そう思っていた。


「オレはお前の後ろにいるおっさんと話がしたいんだよ。さっきからどうして喋ろうとしない?」


「……」


 修司の表情は変わらなかったが、将人の目には彼が視認できないはずの存在を視線で追っているように見えていた。


 わずかな異変を捕らえた将人は修司の行動の真意に気付いたものの、完全に理解するには時間が掛かり過ぎた。あまりにも長すぎる一瞬だった。


「——お前っ!!」


 焦燥に満ちた将人が修司の身体へ刃を貫こうと踏み込むよりも先に、修司は懐から拳銃型のユニットを取り出して銃声を鳴らした。


 将人は吠えた撃鉄に構わず修司を斬り伏せた――ように見えた。その一太刀は空を切るだけだった。


「……!?」


 将人は思わぬ肩透かしを食らい、崩れそうな体勢を何とか堪えた。即座に振り返ると修司どころか朧の姿も消えていた。


 将人の視界には、退路を断つはずだった裕斗の姿が見えただけだった。


 裕斗の利き腕は出血しており、先ほどの修司の流れ弾を浴びた形となったことは言うまでもない。


 裕斗の出で立ちを見るに、完全に制御していたはずのサイバーアーツを逆に制御されてしまい、発動を解除せざるを得なかったようだ。


「兄貴!! 大丈夫か!?」


 将人は兄に駆け寄るが、本人は冷静な表情を貫いていた。


「腕を掠めただけだ。心配ない」


 逃げ場のないビルの内部で挟み撃ちを決行するはずだった。特に裕斗の光学迷彩はほぼ見破られることなく奇襲を成功させ続けていた。それにも拘らず、修司たちには歯が立たなかった。


「奴ら、逃げ足が速すぎるぜ」


「俺の奇襲を見破るとは、やはり酒呑童子と言ったところだな」


「感心している場合かよ。で、こっからどうすんだ?」


 裕斗は通信端末を取り出して電妖体の反応を示すレーダーを開いた。


 二つの赤い点が明滅し、彼らから遠ざかろうとしている。


「追うまでだ。この魚を逃してはならない」


「わかってる。すぐに追いつくぞ」


 裕斗の全身を循環する呪粒子がいち早く彼の腕を止血させた。それを確認した将人はすぐさま通信端末を確認し、ビルを飛び出した。


 すべては阿吽の呼吸だった。コミュニケーションを取るまでもなく、実行すべきことは目に見えていた。


 立て続けに裕斗がビルを離れ、激走を開始した。


 戦いの舞台は間もなく、現想界の深部へと突き進んでいくことを彼らはまだ知らない。

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