第2話 らしさ

 ──昼休み、屋上。


「なんで教えてくれなかったんだよ~」


 跳ねた前髪を触りながら、麻生は口を尖らせた。前髪が指から離れる度に、ぴょんと上向きに戻る。

 背もあって容姿がいいと、こういう言動が女子にモテる要素になるらしい。俺は常に横に並んでいるからわかるんだ。しかしながら性別関係なく人気があるのは、優しくて性格も男子に好かれるタイプだからだろう。


 この状況で俺が今、あまり責められている気がしないのは、つまりそういうことなんだ。


「悪い。すぐに言えば良かったな」

「いいけどよぅ、大雅が悪いわけじゃねぇーし。でもあいつら、ギッチギチに結びやがったから痕が残った~。最悪ー」


 俺が白い息を吐きながら笑うのを見ると、麻生は嬉しそうに母さんが作った弁当を「うめ~うめ~」と言いながら食べ始めた。

 俺たちはコートを着込み、さらに手袋をはめて、鼻水をすすりながら白い息を量産する。

 だけど、こんなくそ寒い場所で昼を食べるには理由があるんだ。


「何ブーたれてるの? 孝也たかや


 膝どころか、太ももまで主張する野島のご登場。制服の着こなし同様、厚かましく麻生の隣に座る。


「はぁ? 今、笑ってんのがわかんねぇ? やっぱり目ぇ腐ってんだな、化粧濃いし」

「何よそれ、酷ーい。そうだよね! 愛奈まなに妃色?」


 離れた分だけ野島は声を張り、青空の下で昼飯をする成海さんたちに問い掛けた。

 成海さんは俺と一緒でコート、それからマフラーまで巻いて、ちまっとキョトンと座っている。グレーのPコートに淡いピンクのマフラーが、とても成海さんらしくて可愛いと思った。


 理由はこれ。屋上ここには成海さんがいる。


 俺は成海さんがいることを知ってる上で、「あ~、たまには外の空気でも吸って食べてぇな」としらばくれつつ、麻生を寒空の下へと誘い出したというわけだ。


 とはいえ、屋上のドアを開ければ、麻生の開口一番は「さみ~」。しかも連発だったから、流石に次からは断られると踏んでいたけど、予想に反して麻生は嫌な顔一つせず、むしろ四時限目が終わった直後に「屋上行こうぜ」と、キラキラした笑顔で言ってくれるようになった。


「おい、成海さんたちが困ってるだろ? やめろよ」


 野島は麻生の注意をまともに聞かず、人様の弁当を覗き込むと、「ふ~ん、そんな感じなんだ」と品定めでもするように眺め始めた。それから一人楽しげに笑うと、とんでもない言葉を俺たちへ投下した。


「お弁当さ、一緒に食べようよ!」


「え⁉」

「は、はぁ?」


 成海さんと俺が弁当だと⁉

 いや、まぁ……有り難い話ではあるのだが……。


 麻生をチラすると、既に俺へ視線を送っていたようで、目が合った。


「ちょっと何、見つめ合ってるの! 君たち女子の間でなんて言われてるか知ってる? ほら、愛奈~妃色~! こっち来て食べるよ~!」


 成海さんが慌てた様子で、食べかけの弁当箱を仕舞っている。水筒を倒したり、箸を転がしたりと、めちゃめちゃ慌てていた。なのに野島の分まで片付けてあげていて、さらに目を回している。


「待って成海さん!」


 胸の鼓動に背中を押され、俺は自分でも気付かない内に立ち上がっていた。


「俺が行くから!」


 視界に溶けた息の先で、成海さんが俺を真っ直ぐ見つめている。嬉しさで口元が緩みそうだった。


「うん! 俺らが行くから、もう慌てなくていいよ~!」


 そう麻生も立ち上がって叫んだ。

 麻生、勝手にごめんな。ありがとう、まじで感謝する!


「きょ、今日だけな?」

「そうそう、今日だけな」


 麻生は俺に返事をすると、またあっけらかんと笑った。

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