逮捕される

「……朝だ」


ホヅミは目を覚ました。まるでついさっきまで起きていたかのように頭がえている様だ。ホヅミはぐいっと上半身を起こす。


「リリィ!」


ホヅミは隣のベッドのカーテンを開くとリリィがすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。ホヅミはそっとリリィの額に掌を乗せると、昨晩の高熱が嘘のようにすっかりと引っ込んでいた。


「良かったぁ、リリィ」


ホヅミは安堵の胸を撫で下ろした。

ぐぅ〜。


「そういえば昨日は旅館で朝食を食べたのが最後だっけ」


安心したせいかホヅミのお腹が軽快にお腹が鳴っている。


「ん? 何この良い匂い」


診察室を出るともう一つ先の奥の部屋からカチャカチャジューと物音が聞こえてきていた。そこからは美味しそうな料理の匂いが漂ってきている。それにつられてホヅミは足を運ぶと、そこではカリマが料理の支度したくをしていた。


「おや、見つかってしまったね。実は二人が起きる前にこっそり朝食を用意しておこうと思っていたんだ。私は出張に行かなくてはいけないからね」


と頭を抱えて困った様に笑うカリマ。


「先生、本当にありがとうございます! 私の友達を、リリィを救ってくれて!」


ホヅミは頭を深々と下げる。カリマはそんなホヅミを優しい目線で見下ろしていた。


「リリィくんの事を、大切にしてあげてください。これから先……ずっと。どんな事があっても、見捨てないでください」

「はい!」


しばらくそうしていると次第に焦げた様な臭いが出始めてカリマは慌てる。


「わわっ! ちょっと焼きすぎてしまった! 仕方ない。これは私が食べましょう」


作っていたのは目玉焼きの様だ。しかしこの世界ではまた違う呼び方をするのかもしれない。


「それって何て料理なんですか?」

「おや? この料理を知らないんですか?」

(あー言っちゃった。またややこしくなる)


目玉焼きは日本で知らない者はいないと言われるほどの料理だ。恐らくこの世界でも目玉焼きを知らない者はいないと言われるほどに有名な料理なのだろう。


「もしかしてホヅミさんて、イリッシュ大陸の方ですか?」

「え?! あ、はい、そう、そうです、はい、あはは」

(咄嗟にはいなんて言っちゃったけどイリッシュ大陸ってどこぉ〜!? これ以上質問しないで! もう答えられないぃ〜)

「イリッシュ大陸は鎖国政策さこくせいさくを行っていますからね。なるほどです。私的にはイリッシュ大陸の料理など知りたい気持ちもあるのですが……」


と何か伝統的な料理を知りたそうにしているカリマ。もしかすると趣味は料理なのかもしれない。医者でも人の体を切り刻むから、それに似た切り刻んだりする料理も好きなのだろうかと勝手な偏見を抱いてみたりする。


「い、良いですよ〜」(とりあえず適当な日本の料理教えとけば大丈夫でしょ!)

「では、卵料理などを」


ホヅミはおはしとおわんを手に取った。卵を二つ割ってかき混ぜる。フライパンには油をいて火を通す。食塩を少々溶き卵にふりかけて更に混ぜる。フライパンに流し込む。何層かに分けて卵を折りたたんでいく。


「はい……で、でで出来ました〜これぞイリッシュ流卵焼き〜なんつって…………」


黙りこくったままじ〜っとホヅミの作り上げた卵焼きを見つめるカリマ。その視線にホヅミは冷や汗が流れ出るばかりだ。


斬新ざんしんですね! 本来卵焼きというものは黄身の綺麗な形を守りつつ焼き上げるのに対し、イリッシュ大陸では黄身と白身をかき混ぜる。そして更にあらかじめ味付けをしておく事でそのまま食べる事が出来ると! 素晴らしい! いや素晴らしいですよ! 料理をたしなむ者としてこの様な斬新ざんしんな発想はとても愉快ゆかいですね! 勉強になります」

「あはははは〜それほどでも〜」

(えっ、上手く誤魔化せたぁーっ! ていうかあれ普通に卵焼き言うのね! 確かにね! 目玉焼きなんて目玉を焼いただなんて名前グロテスク過ぎるもんね!)


そんなこんなでカリマとホヅミは料理を通じて仲を深める事となった。医者というだけで天の上の人だと自ら関わろうとしなかったホヅミにとってはとても新鮮な気持ちだ。



朝食の用意はホヅミの卵焼きとカリマの卵焼きに、木の実をり込んだパン、それから温めた山羊やぎのミルクだ。ただカリマは出張しゅっちょうに行かなくてはならないとの事で、先ほど焦がしてしまった卵焼きだけをその場で平らげると、出かける支度したくを始めてしまった。


「残念です。リリィもカリマ先生とお話したかったでしょうに」

「ああ大丈夫ですよ。リリィくんならまだ起きませんから」

「え?」


ホヅミは疑問に思った。なぜリリィはまだ起きないのだろうか今朝ホヅミが様子をうかがった感じだと今にもリリィは起きてきそうな程に顔色が良くなっていた。


「ああ、ちょっとした睡眠薬すいみんやくですよ。体力をしっかり回復してもらうためにです」

「ああー」


納得のいく理由だった。


「せっかくですからリリィくんが目覚めるのを待って、温め直してから食べてください。一人で食べるのはリリィくんが可哀想です」

「はい」


支度を済ませて頭に黒いハット被ると、かばんかかえてカリマは入口に立つ。


「くれぐれも……リリィくんを」

「はい! …………?」


すると何か言い残したげな雰囲気でカリマは扉を開けるのを躊躇う。


「では」


その一声を皮切りに扉を開けて出ていった。リリィの事に関してはよっぽど心配なのだろう。ホヅミは自分もあの様に親身になって心配してくれる先生が欲しかったという気持ちが心に残った。ホヅミは穏やかな笑みを浮かべてきびすを返す。


「わあっ!? り、リリィ! 起きたの?」

「うん……何かすっごい眠ってたみたいだね……しかもここどこ?」


リリィは眠たそうに目をこすりながら辺りを見回す。


「ん? あっ!? 食事じゃん!! え? これホヅミんが作ったの? え、何何この黄色いの。卵焼き?」

「それはここの家の人と一緒に作ったんだよ」

「へぇーそなの」


リリィは席につかずにつまみ食い感覚でホヅミの作った卵焼きを一口で平らげる。


「こーら。行儀悪いよ? ちゃんと座ってから食べよ?」

「んー、ホヅミんたらママみたいな事言うー」


二人は互いに向かい合った席に着く。


「「いただきます」」


途端違和感に思ったホヅミ。この世界にもいただきますという挨拶は存在していたという些細ささいなことだ。特に気にしても意味はないのかもしれない。


「ん? ホヅミん? 何してんの?」

「あー何でもないよ……ってこれ……冷めてる」

「そっか! ホヅミん知らないもんね!」


と冷めた山羊やぎのミルクを手に取るホヅミを見て嬉しいそうにするリリィ。


「これね、食器の方に術式が篭ってるの。ちょっとした魔力を込めるだけで……ほら! 冷めた料理もぽっかぽか」


手渡された山羊のミルクからは湯気が立っている。


「あ、ありがとう……何かコマーシャルみたい」

「? こまー……何?」

「何でもない、日本の特有の創作物みたいなの」


首を傾げるリリィ。ホヅミは早速教わった通りに他の冷めた料理を温め直す。


「んーっ! 美味しいー!」


特に木の実を練り込んだパンが良い焼き加減でホヅミを満足させていた。


「そういえばホヅミん、さっき言ってたこの家の人って?」

「え? あーそうそう。言っとかなきゃね。私は知らないんだけどさ、リリィの住んでたトト村って所に健康診断とか臨時講習りんじこうしゅうに来てた、カリマ・イエスマンさんっていうお医者さんだよ。リリィの体調を治してくれたのもその人のおかげ」


それを聞いた途端リリィの手からはナイフとフォークが離れて地面にポトリと落ちてしまう。リリィは驚きの顔を見せていた。それもそうだろう。何年も前も昔の先生がいたというのだから。カリマがリリィを大切に思うように、リリィもカリマを大切に思っていたに違いない。いや、そうであって欲しい。


「あ……っく……ふぇっ……」


リリィは口を片手で覆う。目はうるうるとしていて今にも涙が溢れそうであった。


「カリマ先生が……カリマ先生…………カリマ先生!」


堰を切ったように涙が食べかけのパンにポタポタと落ちていく。食事を忘れてしまい、泣くのに夢中なリリィをホヅミは微笑ましそうに見詰める。


「リリィ、パンがびしょびしょになっちゃうぞ」

「ひっ、くっ……だって……だって……ボクにもまだ………………味方がいだんだなぁっでっ……っく……もうじってるはずなのに……魔物の血って……知ってるはずなのに…………うっく…… ひっくっ」


最早食事どころではなくなってしまったようだった。


コンコンコン。

するとドアをノックする音がした。


「イエスマン氏! いらっしゃるか?」

「リリィ、ちょっと出てくるね」

「ゔん」


ホヅミは扉の鍵を開けようとするが閉まっていなかった。なのでそのまま扉を開けたその瞬間、扉はホヅミから引き剥がされるように無理矢理開かれた。


「え……と……兵隊さん?」


鉄の甲冑に鉄の槍、武装した兵士が流れる様に家の中に上がり込んできた。その数十五人。リリィも何事かと目を見張っていると、後に続いて入ってきたのは肩章けんしょうをつけた高貴な軍服をこしらえた中年の男性で、ちょび髭が生えておりどこかで見たエのつく人間に似ている様な節が窺える。


「リリィ・パンプキン及びその付きの者! ルノーラ皇帝から捕獲の命が出ている! 神妙にお縄につけ!」


胸を張り見下すような目線でリリィとホヅミに威張る兵隊長らしき男。対し何が起きたか分からないと言った様子のリリィとホヅミ。警戒する二人は席を離れて後退した。


「ここはカリマ・イエスマンさん宅です!どうしてリリィを求めてここに…………まさか」

「そのまさかだ。カリマ・イエスマン殿は快く貴様らの引渡しにご協力頂いた」


ホヅミは驚いた。なぜならカリマ先生を信じきっていたからだ。リリィの体を治してくれたのもカリマ先生のおかげだ。朝共に料理を作りあっていたあのカリマ先生がと、ホヅミは耳を疑った。


「そんな……そんな訳ない……カリマ先生がボク達を……ボクを…………そうだ……嘘だよ……嘘に決まってる! カリマ先生はそんな事しないもん! だってカリマ先生は……」


ホヅミ以上に激しく動揺するリリィ。


「おい、カリマ! どうやらお前は随分ずいぶんと信用されているらしいな!」


肩章けんしょうのちょび髭が呼ぶと、ゆっくりとその姿を現したのは紛れもないカリマ・イエスマンだった。


「何で……何で……あんなにリリィを大切にしてって言ってたのにっ!!」

「ホヅミさん……でしたか? 正直な所、あの話を窺っただけでは信用にするに値しません。しかし正しいにしろ正しくないにしろ念の為お二人共捕獲の必要がある旨を伝えさせていただきました」


ホヅミの知っているカリマの朗らかな笑顔とは全く正反対。冷ややかにせせら笑うその姿はまるべ別人格のよう。


「カリマ……先生! カリマ先生! 嘘ですよね! …………だって先生はいつもボクの事を褒めて」

「魔物をめる言葉など持ち合わせてはいません。魔物は死した時初めてめられるのですよ……よくぞ死んでくれた……と」

「?!…………」


冷徹れいてつ嘲笑あざわらう様にカリマが浴びせたその言葉はリリィの眼前を暗く塗り替えてしまっていく。


「カリマ先生……私はあなたを信用していました。でも……あなたは言ってはいけない事を言いましたね」

「ホヅミさん、もしあなたが本当にホヅミさんで人間という中身を持っているのなら分かるでしょう? 魔物というものは恐ろしい生き物です。生きていてはいけない邪悪な存在なのです」

「リリィは違う! リリィは邪悪なんかじゃない!! ちょっと無鉄砲で、明るくて、天然だけどいざっていう時に頼りになって、隠れてこっそり徹夜して見張り番したり、どこかからともなくたくさん木の実を取ってきて食べてたり、得意な魔法で子供達と遊んだり、泣いている子がいたら見捨てられなくて自分が辛い目に合ってでも助けようとしたり、もう無茶しないって約束もしてくれたし、そんな良いとこばかりのリリィが邪悪なわけないでしょ!!!」


ぎろりとカリマを睨めつけるホヅミ。カリマは無表情で冷たくホヅミを見下ろしていた。


「ホヅミん、ありがとう…………増幅魔法バイリング!」


すると部屋の中で大きな火炎が渦巻き始める。リリィは家が燃えないように火炎を伸縮しんしゅくさせて制御していた。それには兵士達も手も足も出せずに立ち往生している。


「ホヅミん、今のうちに」

「うん…………っ!?」


リリィと息を合わせてその場から逃れようとしたが、次の瞬間体を強烈な電気が駆け巡るかの様に全く手足が動かせなくなって二人共その場で倒れ込んでしまう。牽制けんせいのために出したリリィの火炎も瞬く間に霧散して、二人を守るものは何もない。


「ようやく麻痺毒が効いてきたようだな。カリマ」


ホヅミもリリィも体中の筋肉がつってしまったように、どんなに動かそうとしてもピクリとも動いてはくれない。


「何で……リ、リィを……?」


辛うじて出す事の出来る声を絞り出してホヅミは問う。


「リリィという者がその強大な力を用いてハイシエンス王都を滅ぼした事は知っている。陛下へいかはその大きな力をお求めになっているのだ」


つまりリリィを兵器として軍事利用しようとしているのだろう。けれど今のリリィはホヅミの体と入れ替わってしまっている。もしつかまったとしてリリィの体を上手く使いこなせずに見切りをつけられればそくころされてしまうだろう。


「どうもそちらがリリィという者らしいな。まあどちらでも構わんが……我々の用のあるのはその肉体だ」


肩章ちょび髭が指示を出すと二人ずつ兵士がリリィとホヅミの元に寄ってくる。ホヅミの両腕は後ろに回して封魔錠スペルオフをかけられて、リリィの両腕もまた同じようにされようとしている。


下位火炎魔法ジェラ!」

「うわあっちちち」

「ぎゃあっ!」


リリィは火炎魔法を放ち、兵士二人を後退させる。


「入れ替わり……と言ったか。確か王都を滅ぼしたのは火炎魔法を使っていたと聞いた」


肩章のちょび髭がゆっくりと這いつくばったリリィの元へと歩み寄ってくる。兵士は先ほどの魔法で警戒心を高め、リリィに槍を向けて威嚇いかくしていた。肩章のちょび髭はその兵士達を抑える様に手振りする。


「人間の体ではあの様な強大な魔法は使えない……貴様がリリィだな?」


しゃがみこんでニヤリと邪悪に笑むちょび髭。リリィの目には以前苦戦を強いられ挙句あげくの果てに捕まり、指の骨を何度も折る拷問を繰り返してきたエピルカ=シエンスの影が重なって見えた。震えが止まらない中で負けじと睨みをきかせて肩章ちょび髭を見上げる。


「確かマリィとか言ったな……貴様の母親は」


頭の中が真っ白になったリリィは開いた口が塞がらない。


「ま……ママ? ママに……何を……」

「何もしちゃいない。身柄みがら拘束こうそくしているだけだ。もとよりあれを餌に貴様をおびき出すつもりだった」

「生き……てるの? ママが……ママ」


衝撃しょうげきの事実にリリィはこんな状況にも拘わらず胸が高鳴る。肩章のちょび髭がその様子を見て、無抵抗である事を確認したところで兵士達に合図あいずをした。リリィの両腕も背中で固定。封魔錠スペルオフをかけられる。


「ママに……ママに会わせて!」

「ああもちろん」


こうしてリリィとホヅミの二人はルノーラ帝国の兵隊に捕まってしまう。カリマ宅から連れ出される間際まぎわ、ホヅミはちらりとカリマを睨んだ。よくも騙してくれたなと、精一杯の念を込めて。しかしその時のカリマの表情は先程の様な冷たい表情でなかった。何かを悔やんでいるように下唇を噛んでいる。


『リリィくんの事を、大切にしてあげてください。これから先……ずっと。どんな事があっても、見捨てないでください』


そう言った時のカリマの面持ちに似ている気がしたのであった。



カリマを残し、一行はイルミナ入口の大門へと向かう。天気は薄暗く、雨が降りそうにも見える曇り空。その中でも貿易の街というのも名ばかりではなく、朝から人々の交流が盛んの様に見受けられる。そんな人々は一行を目にすると、物珍しそうに視線を動かす。特に不穏ふおんな空気を感じ取って、リリィとホヅミには注視していた。

リリィとホヅミは封魔錠スペルオフを後ろでかけられた上で、更に万が一逃げられないようにと腕ごと胴体を縄で縛り上げられていた。その後カリマに兵士へ解毒薬が手渡される。リリィとホヅミがそれを飲まされてすぐに動ける様になると、二人の縄を兵士がしっかりと掴んで、その兵士や他の兵士らを肩章のちょび髭が往来おうらいを堂々と引率いんそつする。

彼ら兵の拠点きょてんであるルノーラ帝国というのはルノーラ大陸に存在している。それはハイシエンス大陸とは別の大陸であり、リリィが行こうとしていた大陸とは真逆の方角に面していた。そんな遠い所からこのイルミナまでやってきたのだ。それもカリマの通報から一日と経っていない。もしかするとイルミナ付近もしくはイルミナ元々滞在たいざいしていたのかもしれない。


「ねぇ、もしかして歩いていくの?」


リリィが問う。肩章のちょび髭はそれを聞くや、嘲った様な薄ら笑いで返した。


「そんな訳がなかろう。今向かっているのは、我々が空間魔法を行えるだけの広い平地だ」


リリィは聞き慣れない言葉に眉を顰める。


「何なの、その空間魔法って」


塾での授業は全て修了している訳でなく、リリィの知らない魔法だった。そもそもリリィは独学な面が多く、ある面では人よりも博識であったり、ある面では知識をあまり持っていない。


「リリィと言ったな。聞いておるぞ。その齢(よわい)で村から追放されたのであったな。学業課程を修了しても居ないのだ。知らないのも無理はない。よかろう、歩きながら話してやる」


肩章のちょび髭が言うには、空間魔法とは以前から研究されていた魔法で、貿易に伴う人や荷物の大移動に利用される魔法らしい。術式は既に完成しているようで、予め目的地の照準となる術式をその地に記し残して置くことでいつでも移動可能というものだ。カリマから通報を受けてから一日と経たずにリリィを捕まえに来る事が出来たのも、その空間魔法のお陰であった。


「つまりどこでも○アみたいな?」

「は?」「へ?」


肩章のちょび髭の気の抜けた声とリリィの腑抜けた声が重なる。その二人の反応にホヅミは少々慌てた様子だ。


「ホヅミんの世界にもあるの?」

「え、えっ!? いや、あるっていうか、ないっていうか……創作物っていうか…あはは」


某アニメの○ラえもんに出てくるものがつい口に出てしまう。色々と世界の勝手が違うので、あまり深く言わない方が良いだろうとホヅミは笑って誤魔化した。

入口の大門は昨夜とは違い、完全に開き切っていて風通しの良い光景だ。付近に来ると、ホヅミの目には見覚えのある門番が映る。門番もホヅミに気づくと、その表情を険悪けんあくなものに変えてこちらを睨みつける。ホヅミは手の一振りでもしたいところであったが、その表情を見て何とも目の合わせづらい心境へとすぐに変化した。恐らくルノーラの兵らを通す際に事情を知ってしまったのだろう。早く通り過ぎてしまいたいと浮き足立つホヅミだが、先導の肩章のちょび髭は一定の早さで歩いているために門番の冷たい直視は避けられない。

ようやく門を出ると、昨夜はよく見ていなかった草原が広がっていた。門外には一風変わった兵装をしている者が二名構えている。赤いガウンの下には露出の多く薄い鉄鎧を着用していて身軽そうだ。


「では準備に取り掛かれ」

「「はっ!」」


肩章のちょび髭が指示を出す。一行は円陣を組むように一箇所へと集合し、門外に待ち伏せていた二人の兵士が何やらブツブツと唱え始める。


「隊長! 西方から何かが接近しています!」


一人の兵士が肩章のちょび髭に報せる。そしてその場にいるルノーラの兵が揃って西方の上方へと体勢を整えた。


「あれは……野生のドラゴンか?」


ホヅミやリリィもその方に顔を上げる。空を飛んでいるその姿にホヅミは一縷いちるの希望が見えた。


「おーい!! リリィぃー!」


厳威げんいな存在感とは裏腹に軽く幼い声を上げるその竜は忘れもしない、リリィの助けた五頭竜のゴズだ。


「貴様の知り合いか? ……ふっふっふっふっ……助けに来たという訳だな」


肩章のちょび髭はリリィを一瞥いちべつすると、余裕のある笑いを零す。兵士達が動揺を見せる中、堂々たる姿勢でゴズに向き合っていた。


「ゴズ! 私達を助けに来てくれたのね!」


期待を乗せた声でホヅミが言う。ゴズはその大きな翼をばたつかせて、ゆっくりとホヅミ達の前に降りる。草は激しくなびいて、その大きな足や爪、尻尾に押し潰される。


「何言ってるんだ? オレはリリィに見舞いの木の実を届けに来ただけだ」


するとゴズはふっくらとした自身のお腹を手で抑え、中身を押し出すようにして何かを吐き出していく。液にまみれてぬるぬるになった大量の木の実をホヅミ達の前でたくさんと積み上げる。


「げっぷ……ほら、見舞いのシナだぞ?」


それを見る兵士達は不快な表情でそれを見届ける。肩章のちょび髭は無表情だ。そしてホヅミはというと、不快にがっかりといった態度を越えて、わなわなと拳を握り締めている。


「オレの大好きな木の実だぞ? 食え食え」


屈託のない無邪気むじゃきな調子でゴズは言う。しかしその言葉で更にホヅミの琴線きんせんでなく、全く別の逆鱗げきりんに触れてしまったようで、ゴズはその事に気がついていない。


「オレのせいでリリィが熱を出した。だからそのおびだ。受け取れ」

「受け取れるかぁ〜っ!!!!!」


ホヅミが叫ぶ。その声にゴズもぎょっと驚いて昨夜のように身を屈ませる。


「な、なんだよ。今度はオレ、何も悪くないだろ?」

「は!? あんたはどんだけ常識知らずなの!! 普通飲み込んだものを見舞い品として届けるか!!見なさいよ! あんたが飲み込んでたせいで少し消化されてドロっとしてるじゃないの! こんなものをリリィに食わせるつもりだったの!」

「ひぃっ!」


ホヅミの凄まじい剣幕に怯んだゴズは尻込みをする。


「ったく、有り得ないって」

「……あの……オレ、どうすればいい?」


ゴズは泣き目で兵士達に助けを求めるが、兵士達は苦笑いで顔を見合わせる。


「……あの……」

「何?」


恐る恐るとゴズは神経を逆撫さかなでしないような声色こわいろでホヅミに訊ねる。


「オレ、どうすれば」

「状況見て分かんないの!! リリィも私も手錠嵌められてるの! 捕まってるの! 私達を助けなさいよ!」

「はいいっっ!!!」


言われてゴズはびくんと体を硬直させる。少し間を置いて心の整理をつけてから改まって兵らに視線を移す。


「お前ら! よくもリリィと………リリィと……えと…」

「ホヅミよ!」

「ホヅミを捕まえてくれたな!! 解放しないと、痛い目合わせるぞ〜」


幼い声のゴズの迫力に欠けた脅し文句。ホヅミにやらされているような感覚で今一気持ちの篭らない威嚇で、兵士達に凄む。兵士達は槍を構えるが、意外にもそれを制したのは肩章のちょび髭であった。肩章のちょび髭がニヤリと笑むと、リリィが横から踏み込んで叫ぶ。


「待って!」

「リリィ! 良かった、元気になったんだね!」

「ゴズ、お願い。ここは見逃して」


またもやホヅミにとって意図外れな発言をするリリィ。


「リリィ? 何言ってるの? このままじゃ私達連行されちゃうんだよ?」

「ホヅミん! ボクのママが捕まってるの! もし何か騒動そうどうが起きたら、この人達に何かあれば、ママがどうなるか……」

「そういう事だ。ドラゴン殿、お引き取り願おう」


肩章のちょび髭は嫌らしい笑みを浮かべる。

浅はかに助かろうとした自分が恥ずかしい思いのホヅミ。ここで大人しく捕まらなければどうなるかなんて考えれば分かることだろうにと身勝手な自身を心で叱咤しったする。そして同時にルノーラという国に怒りを覚えた。


「でも……リリィはどうなる? リリィを殺すのか? もし殺すつもりなら……」

「心配いらんよ。帝国の繁栄はんえいのために協力してもらうだけだ」


一瞬見せた殺気にものともしないで肩章のちょび髭がなだめる様に話す。だがその気遣きづかいは反対にホヅミの疑念を煽っていた。

ゴズは再び空へと飛び上がる。その大きな巨体は直に空の点となって、彼方かなたへと姿を消した。


「隊長! 空間魔法の準備じゅんびが整いました! いつでも転送開始出来ます」

「そうか、ならばいざ帰らん! 我らのルノーラ帝国へ!」


肩章のちょび髭が号令ごうれいを出すと、一行を取り囲む六芒星の魔法陣が光り始める。魔法数式の羅列られつあみの様に空間を球体状に取り囲み、そして圧縮。あっという間にその場から一行は姿を消した。





転送先で一行は姿を現した。何もない空間から小さなホヅミ達を形成するように、そして次第に大きくなり等身大となる。

そこはルノーラ帝国の正面。ハイシエンス王都と同様、周囲は壁で囲まれている。更にはその強度を高めるために分厚いはがねが用いられていた。そう、ここは別名鋼の要塞都市ようさいとし。いかなる魔族も魔物も通さない、この世界での先進国である。

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