第三章

ついにバレた!?

足踏みと共に鳴り響く、地面と、何年も履き続けてボロボロになったスニーカーとの摩擦音。吐息の音が耳を掠める。暗く人一人二人が通れる位の狭い洞窟の中で頼りにしているのは、薄茜色に揺らめく魔法のランプの灯り。凸凹とした壁に手を添えて、自身の進む道先を注意深く観察しながら進んでいく。灯りの途絶えた先を見据えど未だ何も見える気配がない。分かれ道の一つ一つを虱潰しらみつぶしにしている。道に転がるのは背中に槍の突き立ったむくろ。更には何かに潰されてぺしゃんこになった骸や落とし穴、大きなトラバサミに挟まった今にも悲鳴を上げそうな骸や、壁にめり込む斧で両断されたのであろう骸なども転がっていた。そういった分かれ道を踏み越えては何度行き止まりに当たっただろうか。そしてもし先人達がいなければ数々のトラップは自身に降りかかっていたかもしれないと、したくもない想像でいとわしい思いだ。


「ちっ、また行き止まりか」


舌打ちをするシュウは一度通ったむごたらしい道を戻る。シュウは日本にいた頃、人の死骸しがいなどまず見る事などない。どころか両親の葬式そうしきですら死に顔をおがむ事が出来なかった。だがこの異世界に飛ばされ、人の死を身近に幾つも体験する。最初こそ怯えもした。しかし次第に感覚は麻痺していく。今となっては地面に転がるむくろ程度では驚かない。


「くっ」


ぐちゃりと赤黒い何かを踏んでいた。同時に何かのもつが飛び出る。


「……気分が悪くなるぜ」


驚きはしないが、やはり慣れないものは慣れない。無残な死骸しがいを見ているだけで吐き気をもよおしてしまう。

洞窟の中では魔物の気配が感じられない。この暗闇に生息する魔物の一例としてブラッドバットが挙げられるが、こうも何も感じられない事にシュウは不気味に思えてならなかった。魔物の出入りを制限する結界が張られていない事は確認済み。なぜならシュウの固有能力であるスーパーパワーは封じられていない。結界内では使うことの出来ない力を、拳を握り締めることで強く実感するからだ。


「こっちの道は当たっていそうだな」


現在シュウの通る道には骸は転がっていない。わなの発動の跡も見受けられなかった。


「ここは……」


道を抜けると小さな空洞に出た。そこは石室。灯りの規模きぼが小さく、歩き回らなければここが何かの儀式ぎしきり行う場所であると気づかなかっただろう。中央には大きな六芒星ろくぼうせいが何かの白い粉で描かれていて、奥には祭壇さいだんらしきものが位置している。


「何かの斎場さいじょうか?」


シュウは魔法のランプの小扉ことびらを開けて小さな燭台しょくだいを取り出すと、祭壇さいだんに置かれた、両の立派な燭台しょくだいに置かれた蝋燭ろうそくに点火する。瞬間辺りは一層照らされて、空洞内を見渡せるようになった。


「何だ?」


四隅の一角に骸が腰をかけていた。ただその様子に違和感を覚えたシュウは近寄って確かめる。骸の手元の地面には小さく白い文字が記されていた。恐らく六芒星ろくぼうせいを描いたものと同じ材質のもので書いたのだろう。この世界の言葉で書かれていて一見何が書かれているのかは分からないが、すぐにこの異世界での言語補正がかかる。


「我々の研究は間違っていた。我々は禁忌きんきに触れてしまった」


字が震えているところを見るに、死ぬ間際に書いた遺言の様なものだろう。


「研究? 禁忌? 魔物化の事か? という事はやはりここは、魔物化の儀式をする斎場さいじょう


シュウは再び祭壇に寄ると、祭壇上に本のようなものが置かれていた形跡けいせきを見つける。その部分にだけ埃が被っていなかった。恐らくそこに置かれていたのが、エピルカの言っていた例の魔本だろう。


「ん? 何だあのくぼみは。何かこすれたようなすじが何本も入っている」


シュウは祭壇の反対側に赴くと、気に留めた問題の石床いしどこに目を見張らせる。かがんで目を近づけているうちに、ふと祭壇上の裏側に何かの模様もようが描かれていることに気づいた。その模様もようは魔力を込めると発動する術式の様なものに似ていた。


「もしかすると……」


シュウは見つけた模様に手を翳した。そして魔力を込める。すると小さく青白い光を放った後に先ほど問題視していた石床いしどこがスライドして開いていく。


「なるほどな、隠し通路……な……!?」


シュウは息をするのを忘れたかのようにその場で固まってしまった。石床が開かれると、先ほどまで全くと言っていいほどに感じられなかった魔物の気配が感じられたのだ。いや、シュウが今まで感知したことのあるどの魔物よりも強く恐ろしい気配が空気を伝って流れてくる。魔物と言ってよいのだろうか。それこそ魔王と呼ばれる存在であると。


「何なんだ……やべぇ、マジでやべぇ……ゾクゾクしてきやがる……」


シュウの体はわなわなと震えている。シュウ自身はそれを武者震いであるとは思わなかった。なぜなら気づいてしまったのだ。この隠し通路の先にいる何かは自身など足元にも及ばないであろう事に。


「来る……」


シュウは慌てて先の術式に手を翳し魔力を込めるが石床は閉じない。恐らく別の位置に閉じるための術式があるのだろう。シュウは目を血走ちばしらせてもう一つの術式を探したが、どこにもそれらしきものは見当たらない。


(ちくしょう……戦うしかねぇってか? この化け物とよぉ!)


まだ姿は見えてこない。足音も聞こえてきてはいない。シュウの魔物感知は正確だ。それは今まで何千体もの魔物を感知し対峙たいじしてきたからこそ分かること。


(……俺が死んだら……アルストロメリアは他国に攻撃され兼ねねぇ……かといってここで食い止めなければどのみちアルストロメリアを危険にさらすだけか……)


シュウは後悔していた。己の強さに慢心していた事を。強いと言われる魔物を何体も倒してきた自分ならば何があっても平気だといつの間にか思ってしまっていた。そのつけが今回ってきたのかもしれない。やがて現れるその強大な何かはシュウの呼吸も動作も思考さえもうばっていく。


「……よぉ、おめぇか? 扉の封印ふういんを解いてくれたのは」

「…………おまえは………いったい……」

「俺かい? 俺ぁ」





歩き際にぶつかる白い霧は雲。辺りを見回せば、遠方は白い霧がかかってはっきりとは見えない。下を向けば、数歩先隣が落ちたら即死そくしがけだった。日本ではこういった所には必ずと言っていいほどにガードレールが存在していたが、この異世界ではそういった安全思考が芽生えていないのだろうか。


「はぁ……はぁ」


リリィとホヅミの二人はソウハイ山を登っていた。町にも戻れずエルフの村に帰る事も出来ず、そんな状況の二人はハイシエンス大陸を出ようと決断する。ハイシエンスにいれば顔の割れた賞金稼ぎバウンティ達に出くわす可能性があるからだ。入れ替わる前のリリィならともかく、今のリリィやホヅミも襲われては勝てる見込みがあるかも怪しい。よって目指す場所は大陸境たいりくざかい関所せきしょだ。


(息苦しい……酸素が薄くなってる)


交通用に舗装された山道を歩いているリリィとホヅミ。上へ上へと標高が高くなっていくと、次第に気圧も下がっていき二人の体温を奪っていく。もしもホヅミの体が制服のままであったら、ホヅミがホヅミの体であったら、低体温症でホヅミの頭はおかしくなっていたかもしれないほどだ。


「はぁっ……はあっ…リリィっ……少し…休も?」

「頑張ってホヅミん! あともう少しで着くから」


ホヅミの方は長時間に渡る山登りのせいで息は切れ切れ。対しリリィは運動に慣れていないはずのホヅミの体で元気な明るい顔を向けてくる。この入れ替わりによる補正があまり体に準じないようで、どうしても納得のいかない様子のホヅミである。


「ほら! 見えてきたよ!」

「え? どこ?」


視力でも体の能力にはじゅんじてくれないようだ。更にもう少し歩くとやっとホヅミにも確認が出来た。先の上方には何やら大きめの建物が見える。


「ん? 何このにおい?」


ホヅミの鼻を掠めるのは硫黄いおうのにおい。放屁ほうひにも似たにおいだ。前にいるリリィがした放屁ほうひなはずもないので、可能性としてはもう一つだ。


「あれ? ホヅミんもしかして分かるの?? もしかして元の世界にもあったのかな?」


町にもエルフの村にも戻れないこんな状況でソウハイ山を登る際に妙に楽しそうにしていたリリィ。その理由が今はっきりとする。




「リリィの言ってた素敵な場所って……」


到着したその第一目的地は硫黄のにおいがかすかに立ち込める旅館だった。ご丁寧ていねいに看板にはこの世界の文字で天然温泉と書いてある。


「やっぱりホヅミんも知ってたんだね! 温泉! 実はボクずっと行った事がなかったからとっても楽しみだったんだ!」


うきうきと包みかくさずよろこぶリリィの隣であまり良い顔をしないホヅミ。


「本で読んだだけでさ、1回真似してみたい!って思って火炎魔法と組み合わせて水を温めてみたの。でも家に火がついちゃって、火遊びはいけません! ってママに怒られちゃった……あれ? ホヅミん? もしかして温泉嫌いだった?」

「え?……いや……その……」


不安げに迫るリリィに対して言葉が出ないホヅミ。ホヅミは温泉が嫌いという訳ではない。むしろお風呂好きで、温泉にはあこがれていた程だった。しかし入りたがらなかったのは人の目があるから。温泉というのは商売のために公衆の場として利用されている所が多い。故に温泉を利用するならば誰かと入らなければならないのだ。ホヅミは自身の体を誰かに見られるのが嫌で嫌で堪らなかった。


(そ、そういえば私……リリィにほんとの事言ってない!? あれ? でも気づいてるよね? さすがに……あれ、じゃあ私男と思われてるの? 男と思われてて私が女言葉使ってるという事は……オネェって思われてる?)

「リリィ、温泉入るの大丈夫なの?」

「え? どうして?」

「だ、だってほら私……お………男………の……体だよ? リリィだって……男湯は嫌でしょ?」


もしも体が入れ替わっていなければホヅミ一人が入浴をこばめば済んだであろう。しかし今は違う。リリィには可哀想だけれど、仕方がない。


「何言ってんの? ホヅミん、疲れて変になっちゃった? あはは!」

「え? いやだから、私の体」

「いいからいいから、早く行こ? 極楽極楽ごくらくごくらくレッツゴー!」


ホヅミはリリィに手を引っ張られながら旅館の中へと入っていく。


(え? どういうこと?)



旅館の中は木造で、少々年季の入った宿屋に似ていた。カウンター越しには誰もいなくリリィが明瞭めいりょうな声で挨拶をすると、奥の部屋から驚いた様に旅館の主が足早にやって来た。


「申し訳ありません。最近山の麓に住み着いた魔物のせいで客足が途絶えていたものですから」

「ん、あーそれ倒したのボク達だよっ」

「お嬢様方がですか!? これはこれは、何とお礼を申したら良いか」


気のいい男の店主は丁寧ていねいな振る舞いで二人をもてなしていた。服装は民族衣装の様で、首周りには謎のトライアングルの模様が目立つ。高貴な紫色を選んで、鼻の下には黒いちょび髭が生えていた。


「お代っていくらなの?」

「いいえ恩人方からお代などいただけません。おかげで営業が再開できます。どうぞ存分に満喫まんきつしていってください」


店主は深々とお辞儀をする。


「ほんと!? だってさホヅミん。行こっ!」


ホヅミはリリィに再び手を引っ張られて渡り廊下へ進んでいく。


「リ……リリィ! 待って、ちょっと待って!」

「何?」

「リリィだって、体見られたくないでしょ? だから考え直そうよ」


リリィはホヅミの発言に首を傾げると、何か思い当たったようににやりと笑う。


「ははーん……もしかしてホヅミん、胸がない事気にしてる? ふふふ、大丈夫だよ。ボクの住んでた村にも胸がない子とかいたよ? それに店主さん客足が途絶えてたって言ってたし、誰もいないから大丈夫だよ」

(ま、待って……これ……バレてないっ!? 私が体が男なのバレてないっ!? 何で? おかしいでしょ!? え? 普通に変でしょ!? えーっ!?!?!?)


リリィはクスクスと笑うとホヅミの手を引いて異世界文字で女湯と書かれた札のある側の更衣室にずかずかと入っていく。





(嘘でしょ……)


ホヅミは呆れた様に呟いた。リリィとホヅミは岩に腰掛けて肩まで温泉に浸かっていた。夕焼けを映す温泉には人がいない。代わりに大勢のさる達がキーキーと鳴き声を上げながら湯浴みに来ている。


「何で気づかないの?」

「ふぇ? 何が?」


着替えという通過点をしっかりと通ったはずであるのに、リリィは体の異変に何一つ疑問を持っていないようだった。


「にしてもおさるさんいっぱいだねぇ」

「…………………………そだね」


リリィのあまりの鈍感どんかんさと言えるのか純粋じゅんすいさとも言えるその無知さにホヅミは小さく返す事しか出来なかった。


(まあでも……ほんとの事言わないで済むなら……それに越したことないかな……言ったら絶対嫌われるよね……きっと……日本にいた時みたいに……)


お風呂に入りながら思う過去と今。世界は変わったけれど、人の質は同じなのかもしれない。ハイシエンス王都で目にした奴隷や、魔物だからとリリィを追い出した人達を見れば分かる。きっとこの異世界は形や存在こそ違えど、日本と本質は変わらないのだと。


「キキーっ!!(あーいい湯だな)」

「キュウイッ!キュウイッ!(そろそろ上がりましょうかね、アナタ?)」

「キキキキキー!!!!!(そうだなオマエ)」


温泉に浸かっていた猿のうち二匹が立ち上がる。すると二人の目にはある光景が映った。


「「……………」」


その二匹の猿はおすめすだという事が分かった。なぜならまたについているものが違っていたからだ。ホヅミは何となく見流していた。だがリリィは違った様だった。

バシャアアン。

リリィは急に立ち上がった。


「え? どうしたのリリィ?」

「もしかして………」


リリィは自分の下半身に視線を移す。


「え………ほ……ホヅミんは女の子で……ボクも女の子で……でもここは男の子で……猿は……ああだよね……ああ……あれ?………あれれ?……」


『だ、だってほら私……お………男………の……体だよ? 』


リリィの脳裏のうりにはホヅミの言葉が再生される。


「ご、ごめん……ボボク……ちょっと逆上のぼせちゃったみたい……」

(え? そこで気づくの!? え、ちょっ……やばいやばいやばい!)


リリィの顔は湯のせいか恥ずかしさのせいか血が上り真っ赤に染まっている。明らかな動揺を見せ、カクカクとした足取りで温泉から出ようとするリリィ。


「待ってリリィ! 違う……違うの………実は」





ホヅミはリリィに全部話した。いつか言わなくちゃいけない日が来るのだろうと。日本で今まであった出来事、自身の事。きっとこんな事を話せば嫌われてしまうだろう。今までだって、ホヅミが本当の女だと思っていたからリリィは仲良くしてくれていたに違いないと。ホヅミは謝罪しゃざい感謝かんしゃの気持ちをり交ぜて話していった。


「あーそゆことね」


その呆気ない返答にホヅミは何も期待する事が出来なかった。もしこれで嫌われたなら仕方ないだろうとさえ思う。入れ替わりがなければ、と思う。今すぐにでもここから立ち去りたい。真実を知ったリリィの顔を見るのが怖い。日本にいた時の自身を見る冷たい視線と同じであったならばとホヅミは考えてしまう。


「ねぇホヅミん」


いつの間にか顔は下に向いていた。見上げる事も出来ない。ホヅミは水面に落ちる水滴を薄目で眺めながら、死刑執行しけいしっこうの時を待っていた。


「こっち見て!」


なかば怒るようにリリィはホヅミの顔を自身の方に向けた。ホヅミはそれでも目を合わせられずに背ける。


「ホヅミん……」

「……………………ごめ……ん…」


リリィは何とかホヅミと目を合わせようとホヅミの視線に顔を持っていくが、ホヅミは目を閉じてしまう。


「そんなに……ボクの事信じられないの?」

「…………え?」

「ボクってそんなに酷い奴かな? ホヅミんの事いじめてきた奴みたいにさ」


『キモいんだよオカマ!』

『お前がいると空気悪くなんだよ』

『マジで臭ぇから近寄んな』

『あいつ人間じゃねぇよ』


ホヅミにはどこにも居場所がなかった。どこへ行ってもそこには誰かがいて、誰かが縄張りみたいに決めて、誰かは自分を追い出そうとする。正直に話しても、誰も分かってくれない。奴らにとってはただの異端者いたんしゃで、気味の悪い存在だった。


(私は人間だよ)


『男のくせに私とか言ってんじゃねーよ』


「だって……気持ち悪いでしょ?」

「ホヅミん!!」

「えっ?!」


急な大きな声にホヅミはハッとなって驚く。そっと振り向いたそこには悲しげで、優しげな視線を自身に向けるリリィがいた。


「気持ち悪いわけないでしょ」


リリィの目元からは涙の筋が通っていた。今までにこんな表情を自身に向けてくれた人はいない。


「ボクも話したよね。魔物と人間のハーフだって事。でもホヅミんはボクといると幸せだって言ってくれた」

「………………」

「ボクも君といると幸せなんだよ」


リリィはそう言うと、ホヅミの中にある何かが砕ける。


「あれ? ホヅミん……笑ってる?」

「え? ………だって、嬉しいんだもん」


ホヅミが嬉しそうに笑顔を見せる。リリィには初めてホヅミの笑顔を見た様に感じた。リリィもその様子に安心して微笑む。

ホヅミはずっと言って欲しかった。ずっと誰にも言って貰えなかった。自分の存在を認めてくれる言葉。ホヅミは疑心暗鬼に囚われていたのかもしれない。素敵な友達が近くにいた事にすら気づかず疑ってしまっていた。ホヅミは申し訳なさと感謝の気持ちに包まれる。


「つまりさ、今のボクみたいって事だよね」

「え?」

「ほら、ボクって一応女だし……そんなボクが男の体に入ってるみたいな」


リリィは空に手をかざして、自身の体を眺めながら言う。


「ボクだって自分の事ボクって言ってるけど……一応女だよ? ずっと男扱いってのもどうだかね」

「……うん……」


客観的に理解をしようとするリリィ。もし日本でこんな素敵な友人と出会っていたら、人生がどれだけ変わっていただろうか。そう考えてしまって止まない。後悔をしているわけではない。きっと見るに忍びないと神様がこの異世界に自分を飛ばしてくれたのだから。


「みーんな中身がほんとなんだよ……人も魔族も………………………魔物も……」

「そうさ……人も魔族も……もちろん魔物だって見た目で決めつけちゃならねぇ……嬢ちゃん達……よぉく分かってんじゃねぇか」


渋い声を響かせて温泉の中から出てきたのは謎の生物。


((……何かいるっ……))


「どうしたぃ? はと豆鉄砲まめでっぽう食らった様な顔をして。俺の顔に何かついてるってかい?」


なぞの生物は二人に向けてぎらぎらと眩しい流し目をする。


((いや、犬の耳と豚の鼻と太くて黒い眉毛がついてます))


白い毛に包まれたそいつはだんだんと二人に距離を詰めていく。


「こう見えても俺ぁ、こいつらと風呂に入りに来ただけの……ただの猿」


((嘘をつけ!))


と堂々と三本ある内の親指?を突き立てて後ろにいる大勢の警戒した猿達を指す。


「あの、こちら女湯ですけど……」


とリリィが淡々たんたんと告げる。


「何言ってるんだ嬢ちゃん? 俺ぁ猿だぜ? 猿ならおすめすも関係ないだろう? 中身が大事」


と見ての通りと言わんばかりに立てた親指を突き動かして再び猿達を指す。すると猿達を余計に刺激してしまった様で一匹の猿がなぞの生物の親指に噛み付いた。


((いや、猿めっちゃ警戒してますけど))

「リリィ……出よ?」

「そうだね」


二人は入口の方まで歩いていくと足元で声がした。


「ちょいと待て嬢ちゃん達」


猫が直立したような背丈せたけのそいつに二人は嫌そうな視線を向ける。


「体、洗い忘れてるぜ? 俺が綺麗に洗ってやろうか?」


と石鹸を片手に流し目ウインク。癇に障ったリリィは謎の生物の耳を鷲掴みにして反対の男湯の方へ放り投げた。


遠慮えんりょします!!」


遠くで水が割れる音がしたのを聞き取ると、パンパンと手を払ってリリィはホヅミに向き直る。


「お風呂から出たら体を洗わないとね」


二人は付属ふぞく石鹸せっけんを使って体を洗い始めた。こうして謎の生物は無事に撃退される。


「ていうか……………………あれ何?」

「さあ」


ホヅミは引きった表情で訊ねるが、さも何もなかった様に落ち着き払ったフリをするリリィは軽く流した。

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