勇者はいずこに

「すまぬホヅミよ……助けてやりたいのは山々じゃが、ワシらにはあの人間は手に負えん……強過ぎる……それに町の中に入られでもすれば、魔族のワシらはそれ以上追いかけられん」


大椅子には頭に包帯を巻いた村長が居座っていた。その両端で目線を下に向ける付きエルフ。


「私……いったいどうしたら」


ホヅミは無残になったリリィの姿を思い出して泣いていた。

ユーナラ町に向かう途中、慣れない林道を歩いて挫けそうになる自分を何度も励ましてくれた事。魔物に襲われた時、傷をあっという間に治してくれて、魔物から自分を守ってくれた事。リリィが取ってきてくれた魚を焼いて、二人で食べた事。どんな理由があってかは知らないけれど、自分が町に入れなくて野宿することになった時も、リリィがこっそり起きて見張りをしてくれていた事。そんな優しくて強いリリィがあっさり連れ去られて、その上見ている事しか出来なかった自分の弱さに、ホヅミは悔しくてただ涙するしかなかった。


「ひっく…今頃…っく…リリィは……」

「……………………」


考えるだけでも恐ろしい。誰かに助けてもらいたかった。エピルカという貴族の強さは、魔法の知らないホヅミでも見て取れるように理解出来た。おそらくリリィ以上に強い者は、このエルフの村には存在していないだろう。


「どうしよ…っく…このままじゃ…リリィが…リリィが!」

「一つ……方法が無い訳でもない」


その言葉にホヅミは食いついた。


「方法って!?」


泣きそうになりながらリリィを救える可能性にすがるその姿に、村長はこくりと頷いて訥々とつとつと語り始める。


「勇者を……探す事じゃ……勇者ならば、エルフでない人間を、あるいは」

「勇者? でも、いるか分からないんでしょ?」


ホヅミは少し前の村長との話を思い出す。


「いいや……魔王誕生を騒がれている今、勇者もまた存在するはずなのじゃ。だがしかし、その勇者にも偽物が出回っておるのじゃ。勇者の名を語り、私利私欲を満たす下賎げせんやからがおる。勇者と称される者は、ソウルリングと呼ばれる腕輪をはめておる。じゃがワシらエルフは、この村にこもって生活をしておるが故に、その情報についてはさっぱりなのじゃ」

「つまり勇者なら……リリィを助けてくれるかもって事?」

「そうじゃ……しかしお主、探す宛もじゃが、魔物と戦えるのか? 探し回るという事は、エルフの村を一旦出るということじゃ。外にはたくさんの魔物があちこちに彷徨うろついておるじゃろうて」


ホヅミは泣くのを止めた。リリィを助けるために、決心をして立ち上がる。


「村長さん! 私に、私に魔法を教えてください!!」









ハイシエンス王都の外れにある町の大通りにて。


「コラァァ! 思い知ったか! 魔物!」

「ひぃぃぃーっ! お助けぇー!」


筋肉のあまりない体を分厚い鎧で固めている金髪ロンゲの男が、魔物と思われる何かの尻を足蹴りして剣を空に突き立てている。怯える何かは、両手を頭の上で組んで泣きべそをかいていた。採れたての菜果を売る露店が左右にずらりと並び、人通りの絶えない大通りの真ん中で、男と何かは注目を集める。


「この勇者様が来たからには! この町の平穏は邪魔させはしねぇぜ!」

「ひぃぃぃ!!」


勇者という言葉に惹かれ、興味を持った人々が次々と足を止め、男と何かを中心に囲んでいく。


「おお! 勇者だ!」

「皆! 勇者様よ!」


人々は次々に勇者の登場に、拍手喝采はくしゅかっさいを上げる。


(はっはー、これで噂は広まるだろう。この町の長も黙っちゃいないってわけだ。後は俺が町長の家に出向く。勇者様!ワシらの町を守って! となる。ご馳走にありつく。資金としてたんまり金が貰える。最高だ)


「あの! ローレンスさん!」

「うるせぇ静かにしろ!」

「でも俺、トイレ行きたいんすよ……何とかしてくれやせんか」

「黙れ!お前は今魔物なの! もう少し我慢してろ。じゃねぇと金払わねぇぞ!」


魔物の着ぐるみを来た者は、渋々ローレンスと呼んだ男にお尻を蹴られているフリを続ける。


「えぇい魔物め! 成敗してくれる」

「ひぇぇえっ!」


と男は着ぐるみを切ると、着ぐるみを着た人間は、切り口から青い液体をこぼす。


「ぐあぁぁぁあああ」


着ぐるみは倒れるフリをした。


「はっはっは、この勇者ローレンス=アサシエイト様が来たからには! この町も安泰あんたいだ」



「おい、町長に知らせろ! この町にも勇者様が参られたぞ!」



(いいねいいね。いい盛況だ)






そこはある大きな屋敷の中にある一室。上座と下座に、ソファが備えられ、その間には大きな大理石のテーブルが置かれていた。

やって来た女の召使いによって、テーブルにそっと置かれた紅茶の香りが辺りを包む。ローレンスはティーカップを手に取り香りを嗜むと、上品に口に添えて一口含む。ティーカップを白い小皿の上に戻したローレンスは笑顔を作り、自身の前に両手を組んで堂々と座る男の顔に目線を合わせる。


「いやぁ、勇者様に来ていただければこの町も安泰ですな」


町長は高らかに言った。


「当然ですとも! それに先程、町の周りの魔物を一通り蹴散らして来たところですよ」

「それは本当ですかな!? いやぁありがたやありがたや」


と笑顔で口髭を生やした中年の町長は、すっかり調子よいローレンスのホラに騙される。


「それでなんですけが、実は、勇者の活動を続けるのに資金が足りていなくてですね」

「ははっ、それはそれはいきませんな」


ローレンスは頭に手をついてとても困り果てた様子を町長に見せつけ、その同情を誘う。ローレンスはちらり、町長が眉を曇らせるのを確認すると、話を続けた。


「それでちょこんと、この町のお金をっすね、分けていただければなぁと思いましてね! 前の戦いで出来た傷が痛むので、休息のために寝床を」

「やや! なるほどそんな事ですか! えぇ、分かりましたとも。資金についてはこのニト町からぜひ出させていただきます。寝床については! この町一のお宿をお使いください。すぐ手配致します」


町長が召使いに向けて指示を出した。


「いやぁ話が分かる方で、この勇者ローレンスも助かります」

「そんな、恐れ多い。私は私の出来る範囲で勇者様のお手伝いをしなければなるまいと思ったのです。どうぞゆっくり体を休めてくだされ」


こうして勇者を名乗るローレンスの一仕事は完遂する。今回の町長はすんなりと承諾したが、中にはそうもいかない町長もいる。そんな時には落とし所を見つけて言いくるめ、資金と称して金をせしめるのだ。ローレンスはそうやって日々を繋いでいた。

町長からいただいた資金の十分の三は、町長の屋敷のすみで待機をしていた、協力者であるラジクが受け取る。


「ありがとうございやす。また、機会がありましたら、声掛けてくだせぇ」


魔物の着ぐるみで汗だくになりげんなりとしていたラジクは、報酬を受け取ると同時に晴れた顔で、スキップをしながら屋敷を離れていった。


「さぁて、この町一の宿とか言ってたな」


ローレンスは町長から貰った簡易地図を見ながら、宿へと向かう。しばらくすると、町長のお屋敷とさほど変わらない大きな建物が見えてくる。


「あそこだな」


ドアを開けるとチャリンチャリン。連動したベルが軽快に音を立てる。


「ようこそ勇者様! ささ、どうぞこちらです」


(この町一ね、まぁまぁって所かな)


既にローレンスの顔を知っていた女宿主に、とんとん拍子に案内されて二階へと上がる。これからしばらく居座ることとなる部屋へと着いた。


「では、ごゆっくり〜」


女宿主が扉を閉めると、ローレンスの肩に入っていた力がすっと抜けていく。


「よっこらせっと」


ブホッ。ローレンスのお尻を受け止める、柔らかいふかふかの羊毛ベッド。ローレンスはそのまま倒れ込んで目を瞑った。





トントントン。

村のあちこちからくいを打ち付ける音が鳴る。エルフたちは村の復興に精を注いでいた。元々人員の少ない中、復興を進めるのはかなりの至難を極めるが、子供達も手伝いながら皆めげずに壊れた建物の修理に取り掛かっていた。そんな中ホヅミは村長の付きの一エルフである女エルフのサーラに付き合ってもらい、魔法の習得に励んでいた。


「ブリーズ!! わわわぁっ!?……痛っ!?」


ホヅミは何とか魔法の発動にまでは漕ぎ着けたのだが、それがどうも安定しない。今のように、風がホヅミの体を吹き飛ばしてしまう。魔法に大切なのはイメージ。サーラから言われる通りに風のイメージをしたつもりだったが、何度やっても完成しない。魔力が散り散りになっており、まとまりがないのだとサーラは言う。


「違う。もっとこう、風が自分の体全体を小さく包み込むようなイメージで、もう一回!」

「はい! ブリーズ! へ? わわ」


ホヅミは宙を旋回する。一回転二回転三回転と回って今度は頭から落ちそうになり、サーラが慌ててホヅミの体を受け止める。


「す、すみません」

「ふむ……筋はいいんだ。筋は」


サーラはホヅミの魔法の出具合から、ホヅミのしているイメージの推測を立てて、正しいイメージの指摘を繰り返すがなかなか上手くいかない。


「ほうほう、どうじゃねホヅミちゃん。魔法の習得は順調かね??」


杖をついて現れたのは、頭に包帯を巻いた村長。胸前にまで伸びた白い髭を、撫でてはご機嫌そうにホヅミの名前を呼んだ。


「村長さん!」

「村長! 家で大人しくしててください! 傷が開いたらどうするんですか!?」


サーラは慌てて村長の元に駆け寄る。


「何を言っておるサーラ。お主も怪我をしておるではないか」

「こ、これくらい、かすり傷です!」


言われてサーラは右肩を抑える。エピルカの風魔法を受けた際に右肩が大きく切り裂かれてしまったのだ。回復魔法を使える者がいない今、つぶした薬草を塗って包帯で巻くという処置をしていた。


「ほっほっほ。あまり無理をするでないぞ」

「すみませんサーラさん! 私のために」


サーラは自身に謝るホヅミを見て少し頬を赤らめると、照れたように指で頬を掻く。厳格な一面から、愛らしい仕草を見せる。


「いいからホヅミ。修行を続けるぞ」

「ほっほっ。サーラはホヅミちゃんの事を偉い気に入っとるわい」

「村長!」


顔を赤くしてぷんすか怒るサーラを見た村長は、また笑い声を上げた。


突如笛の音色が聞こえる。それと同時に例の位置には、緑色のもやが現れる。ホヅミは警戒して緑色のもやをじっと睨みつけるが、村長は温和に首を横に振った。


「あれはワシの出した使いじゃ」


緑色のもやから現れ出たのは、村長の付きの一エルフである男エルフのシンラだった。


「シンラ、どうじゃった?」


シンラは情報収集に長けた能力を有していた。それも森に住む動物や鳥達の声を聞き分けることの出来るというものだ。


「は! ハイシエンス王都の外れにある北の町ニトに、勇者の目撃情報が入っていました」

「そうか、それでその信憑性しんぴょうせいは?」

「五分五分かと」


立膝をついて前に構えるシンラを見て眉をひそめた村長は、ホヅミの方へと振り向く。


「ホヅミちゃん、行ってみるか?」

「はい!」


ホヅミもそばでシンラの報告を聞いており、村長の言葉に頷いた。


「旅にはサーラが同行するから心配はせんでいい」

「村長! しかし」


その発言にはサーラも黙ってはいられないようだ。エルフの村は先刻以上に百孔千瘡ひゃっこうせんそうな状態である事をサーラは危惧きぐしていた。


「急ぎ旅じゃ。魔法の習得は旅の最中にしても問題はなかろうて」


村長がサーラに視線を送ると、サーラは何も言えずに黙り込んでしまう。サーラも急ぎの旅であるという事は重々承知していた。恩人であるリリィが酷い目に合わされるのは、サーラも耐え難いもの。



そしてホヅミの出発の時を迎える。村の復興作業に立ち入っていた者は、皆ホヅミの出発前を見送るために作業の手を止める。荷造りはサーラがあれやこれやと用意してくれていた。ホヅミとサーラの二人は、蔓で編まれた籠を背負い、村長の前にて立ち並ぶ。ホヅミは荷物の他に、サーラから小さな短剣を手渡されていた。日本でいう包丁に近くて、これで身を守れと言われた時には、ホヅミは笑みが引きる。

サーラはというと刀身の狭い、軽量性のある長剣を腰に差していた。軽量性のあるといっても、興味本位で持たせてもらったホヅミにとっては、随分重い様に感じられる剣であった。


「それではお主達。くれぐれも気をつけよ。もしあのエピルカという貴族に遭遇した場合は、交戦をせずすぐに逃げ帰るのじゃ」


これからサーラとホヅミが向かうニトの町は、歩けば半日で着く距離にあるという。つまり朝である今から向かえば、夕暮れ時に着くほどの距離だ。ホヅミにとっては長距離でも、この世界に住む者にとってはそれを近いと言うのだ。ホヅミはリリィと歩いたあの一日をしみじみ思う。


「では、行って参れ」

(待っててねリリィ。絶対助けるから)


ホヅミは心で固く決意をすると、サーラと共に背を向ける。


「おーい!必ずリリィ様を救ってきてくれよ!」

「お姉ちゃんを助けてよ!」


エルフは大勢が連れ去られている。それを踏まえた上でリリィだけを助けにいく旅路であると、サーラも生唾なまつばを飲み込んでの同行であった。ホヅミもエルフ達を助けてあげたい気持ちで山々だが、今はリリィの身を案じるしかない。

村長の言い方だと勇者は人で、人はエルフに対して偏見の目を向けている様だ。だがホヅミは勇者ならばエルフ達も偏見ないだろうと考えていた。あわよくばエルフ達の奪還もお願いするつもりである。



サーラがホヅミの前で笛を吹くと、緑色のもやが現れる。

サーラが先導をし、ホヅミとサーラの二人はもやの中へと姿を消した。





ホヅミはサーラの先導のもと、凸凹でこぼことした道を上り下りと繰り返している。リリィと歩いた道のりを思い出させる、緩急の激しい道のりだ。しかしどうもホヅミにはどれも同じ道に見えてならない。サーラは今自分達がどこにいるかはっきりと理解しているというのに。

川のせせらぎが聞こえ始めた頃。サーラから指示があった。


「少し、水を飲んでいこう」


サーラについていくと、透き通る流水が道を横切っている。サーラは両手を揃えて水をすくい、口に添える。ホヅミも真似をして水を口に運んだ。冷たい水はすっと体に染み渡る様で、とても飲みやすいものだった。


「美味しい」

「ここの水は、ソウハイ山の頂きから湧き出た水が流れてきているものなんだ。水が美味しいのはこの辺りの森がまだ平和な証拠さ」

「まだ平和?」

「そう。最近では、魔族の魔物化が進んで、そいつらが森を、山を荒らすんだ」

「へぇー」


ホヅミはもう一度水を掬って口に運ぶ。


「言い換えれば、この付近に魔物は少ないって事さ……この辺りで少し休んでいこう」


サーラは岩陰を指す。岩に腰掛けたサーラとホヅミは荷を傍におろした。


「涼しくて気持ちいい」


ホヅミが口をこぼす。サーラは籠の中からエルフの森で採れた木の実を取り出すと、そのままガブりとかじりついた。陽の光を葉っぱたちが遮って、緑色のショートにはその影が映される。風に靡くとキラキラ細やかに光が反射して、思わず魅入ってしまうホヅミ。サーラはその視線が、自身の口にする木の実へのものだと勘違いをする。


「ホヅミも食べな。そのかごに入ってる」


我に返ったホヅミは、自分の荷から木の実を取り出そうとした。けれど荷を漁っても漁っても木の実はどこにも見当たらない。


「あれ? ないよ?」

「何? そんなはずは……」


蓋のない籠とはいえ、落としたならばいくらホヅミでも気がつくだろう。ふと細長い何かが籠の中に入っていた。


「何これ?」


それは芯だけを残して、実を何者かによって食い散らかされた後の木の実だった。ホヅミはそれを手に乗せて呆然ぼうぜんとする。


「ぷすっ……っっっ……ホヅミ、それはたぶん猿の仕業だ……ふふふ」


笑いを堪えるサーラ。サーラはホヅミを不憫ふびんに思って、自分の籠の中から木の実を取り出すとホヅミに差し出した。


「アタシのをやるよ」

「い、いいの?」

「いいよ。食べないと疲れるだろ?」


ホヅミはサーラから実のある木の実を受け取り、実のない木の実を籠に戻す。


「ありがとう……ございます」


思わず声の小さくなるホヅミを見て、サーラは微笑ほほえむ。村長に付いている時や、魔法の特訓をしてもらっている時、今思えばサーラはずっと強ばった表情をしていた。今ほど表情のゆるんだサーラを見たのは初めてだろう。そう思うとホヅミは少し嬉しくなった。


「なぁ、そういえばホヅミ、目の色が……変わってないか?」

「え?」


サーラから言われるが、ホヅミは何の事だか分からないでいた。


「今朝に、魔法の練習をしていた時は紅かった……様な気もしたんだが」


ホヅミの入る、リリィの体のひとみは緑色だ。


「目の充血とかじゃなくて?」

「じゅ、充血? ……充血か……」


納得のいかない面持ちでしばらくホヅミの目をじっと見つめるサーラ。ホヅミは木の実にかじりつこうとするも、サーラの視線に気が散ってなかなか動けない。


「サーラ、食べにくいよ」


言われてサーラはごめんごめんと手を立てて、岩に背を戻す。



両とも木の実を食べ終わると、サーラは立ち上がって特訓だと息巻く。ホヅミは食べたばかりであまり動きたくない気持ちであったが、リリィの事を思って力を湧き上がらせる。


「それじゃあやってみろ。よくイメージするんだ。小さな風の渦が、自分の体の周りにまとわりつく様に」


目を閉じすっと空へと手をかざし、サーラに言われた様に心の中で小さな風の渦のイメージを整える。


「落ち着いて、しっかり優しく呼吸をするんだ」

「すぅ…はぁ…すぅ……下位風魔法ブリーズ!」


詠唱と共にホヅミの体をくるくると風のうずまとわりつく。その風によってホヅミの体が吹き飛ばされもしなければ、その風は散失もしない。


「そう! そのままて風の渦を凝縮ぎょうしゅくして、伸ばした右のてのひらに集めて!」

弾丸ショット!」


ホヅミの体を纏う風は、小さな風のかたまりとなって掌にまとまる。あてもなく宙にかざしていた右手を一本の木に向けると、サーラに教えられた様に、風の塊と掌の間で瞬間的に空気を破裂させるイメージを持つ。すると風の塊は、右手を差し向けた一本の木に物凄い速さで向かっていった。一本の木にぶつかったかと思うと、丸い円を形取る様に木の一箇所はジリッと音を立てて、一瞬にして削り飛んでしまった。木には風穴かざあなが出来ている。


「出来た出来た!」


小さく飛び跳ねて喜ぶホヅミ。


「やるじゃないかホヅミ! 今のがブリーズの応用、ブリーズ・ショットだ」

(この分なら良いかもしれないな)



「そろそろ実戦だな」


ホヅミの素早い成長に感心するサーラはそんな事を言い出した。


「それは待って!」


サーラの発言にはホヅミも慌てて拒否反応を見せる。ホヅミの中には一つ腑に落ちない事があった。朝にどれだけ行っても出来なかった魔法であったのに突然出来てしまう。ホヅミは何かを大きく変えた訳ではない。偶然出来ただけの可能性もあると。


「大丈夫さ! でも実戦の前に、もう一つ会得してもらうよ」

「もう一つですか?」


急な実戦ではなくホヅミは安心した。


「ブリーズの応用魔法が出来たんだから難しい事じゃない。そのブリーズを使って、攻撃を躱す練習をするんだ。最初にコツを教える。慣れてきたらアタシが魔法をホヅミに向かって撃つから、ホヅミはブリーズを唱えて魔法を躱すんだ」

「は、はい!」


突然と出来るようになった魔法。ホヅミはその理由はどうあれ嬉しい気持ちには違いなかった。その理由はどうあれ。


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