第18話 報告と進展

 リビングの奥へ歩を進み、扉をスライドさせ真誉は仏間に入る。

 無機質な黒みがかった茶色の仏壇は、設置した時から変っていない。

 福圓家は無宗教といっても良いため、祖父母と同じ宗派のもので用意した。

 仏壇中央に位置する神はこちらを見ている。


 その目で那由多をあんな目に合わせた奴らを映してくれれば良いのにと、真誉は思っていた。


 蝋燭に火を灯し、線香を2本刺した。

 線香の色が数cm灰色に変わるまで、真誉はその様子をただ見ていた。


 「父さん、母さん、俺……なゆを守れなかった。」

 歯を食いしばって漸く捻り出した言葉。

 唾を飲み込み悔しそうに恨み言を連ねる。


 「俺は……道を踏み外すかもしれない。それでも那由多だけは助けたい。」

 神頼みしか出来ない今の状況で、真誉は那由多が目覚めるのを信じて待つしかない。

 そんな中出来る事は、夢の中の幻影那由多が言う通りあの人達とやらを奈落へ突き落す事だけ。


 度重なる幻影と、仏壇に誓う事で真誉は堕ちて往く。


 那由多が目覚めるのが先か、犯人を突き止め復讐するのが先か。

 目に見えない天秤は後者に傾き、もう元には戻らないのだろうか。


 夢の中の那由多が何をすれば微笑むのか……


 真誉の行動原理はそこに集約されつつあった。




☆ ☆ ☆


 日中の人通りは多くはないが、朝夕の通勤・通学ラッシュ時間ともなれば人の多さが目立つ。

 交差点の入り口、横断歩道の前で立つ真誉は看板を見ながらもの思いに耽っていた。


 看板には那由多の事故に関する情報提供を求めるというものだった。

 轢いた本人は素直に話しているし、防犯カメラの映像も警察は確認している。

 しかし第三者からの生きた情報は常に求めている。

 カメラだけでは角度の問題もあり、360度の角度を確認する事も出来ない。


 拾い切れない音や匂いはその現場にいたものしかわからない情報がある。

 那由多本人が目覚めるか、後ろから押したと思われるサングラスの人物がわかれば先に進めるのだけれど、それは容易ではない。


 自らの足で事故現場を確認するもので見えてくるものがあるのではないかと、自ら足を運んでいた。


 春夏冬刑事から大雑把には聞いている。

 那由多の足取りを。

 ふらふらとどこから歩いてきていたのか。


 横断歩道から逆算するように進んでいく。

 右に左に曲がりやがて人の殆ど通らない道へと続いて行く。

 裏路地に差し掛かったところで足を止める。


 人が数人集まって何かをするにはここは……


 廃屋になった今にも壊れそうな家。

 警察による規制線が貼られていない。


 真誉はどういう事かと考える。

 強姦の事実を掴んでおきながら現場を特定しないなんて事があるのだろうか。

 既に調べ終わりここはもう解放しても問題ないと判断したのだろうか。


 それにしては解放するのが早くはないか。

 

 真誉は意を決し中へと入る。

 碧や五月七日と何度も行為をしているためその匂いは理解している。

 密閉された空間であれば数日であれば多少なりとも痕跡は残る。


 流石に現在まで匂いが残ってるとは考え辛いけれど、それでももしここが現場であれば何かが残っていても不思議はない。


 「ん?なんだこれは……」


 殆ど埃の臭いしかしないその廃棄物の束……新聞や雑誌、座布団などを除けて行くと見慣れた小さな手帳を見つける。


 真秋はそれを拾い、名前の所を確認しようと表面を見てみる。


 写真や名前のあるべき一面が破かれている。

 パラパラと捲っていき、緊急連絡先等が書かれているところを見てみるが何も書かれていない。

 もしこれが那由多のであれば、緊急連絡先が無記載という事はない。

 

 那由多の生徒手帳には、真誉の携帯番号や会社の番号がきちんと記載されている。

 

 そこから導き出されるのは、ここに出入りをした事のある誰かが落としたもの。

 そして見慣れたとは言っても、そのデザインは真誉が使っていたものとは少し違う。

 真誉達の卒業した翌々年からデザインが変わっている。

 つまり那由多の代からデザインが変更されている。


 そして入学した年度により、赤・青・緑と色分けされている。

 真誉の代は赤、一つ下の代が青、那由多の代は緑である。

 色だけで言えば、四月一日翡翠先輩も那由多と同じ緑である。

 今真誉が拾った生徒手帳は新デザインの緑であった。


 犯人のものかはわからないが、ここに出入りをした事のある人物のものという事になる。

 人から奪ったものを落としていったという可能性も否定は出来ないが、限りなくゼロであろう。


 他にも何かないか探したけれど、誰か人物を特定出来るものはなかった。

 



 そして真誉はある決意をする。

 スマホを操作し検索を繰り返し、目的の場所を特定する。

 今日この足で行けるところにある事を確認すると、一度家に戻りある物を取り出し、目的の場所へと急いだ。



 様々な手続きは必要であったが、どうにか依頼する事は出来た。

 結果が出るまでは日数を要するが、民間人でも可能で良かったと真誉は思った。


 少しヲタク気味な真誉ではあるが、こんな時高度な「鑑定」スキルを持つ者が羨ましいとさえ感じていた。

 鑑定こそ超チートスキルではないかと。

 詳細鑑定まで出来るのであれば、本当の親が誰かだとか、好意を抱いている相手が誰かだとか、初体験の時期や相手が誰かだとかまで確認出来る。


 実は下ネタばかり言っているあの人が童貞だとか処女だとかまでわかってしまう。

 恋愛話に耐えないあの人が実は童貞や処女だとかまでわかってしまう。

 大人しいあの人が既に経験済だという事もわかってしまう。


 そんな高度な鑑定があれば他人を操り放題ではないかと。

 殴り合い以外に於いては最強じゃないかと。


 そのような目線でライトノベルを読む人は少ないだろうけれど、真誉はたまに変な角度から物事を見る事があった。



 「さて、協力してもらわなければならない人物がいるな。」


 電話を取り出し連絡先の中からある人物を開いた。


 卒業してしまうと在校生との繋がりはほとんどなくなってくる。

 真誉が今でも繋がりのある在校生なんてたかが知れている。


 目的の人物へ連絡を取るために「大好加奈」と表記された連絡先をクリックしコールボタンを押した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。


 多分真誉が何を依頼したかわかってしまうでしょうけど、本当にその機関が簡単にやってくれるかどうかはわかりません。

 親子関係とかを証明するわけでもないですしね。


 後輩ちゃんを呼び出す理由は次回をお待ちください。

 

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