第19話 メロディ②

『すごいわね、そんなことまでわかったの。誰にも言ってないのに驚いたわ』


 心底驚き感心したという風なナタリーに、メロディは申し訳なさで縮こまってしまう。だってメロディが口にしたのは『アンジェラ様とナタリー先生って、本当は血が繋がってないでしょう』だったからだ。半分八つ当たりでもあったので、まさか肯定されるとは夢にも思ってなかった。

 一方ナタリーはうんうんと頷いたあと、はたと動きが止まってしまう。


『――ねえメロディ。それならいい方法があるんだけど、興味あるかしら』


 まるで、「特別な宝物」が近くにあったことにたった今気づいたような表情かおをしたナタリーは、自分でそう言った後しばらく考え込んでしまった。


『ナタリー先生?』

 石化してしまったのかと心配になるほどピクリとも動かなくなったナタリーに、メロディは段々心配になってくる。でもその数秒後、晴れやかに笑った顔とその発言に、喜ぶというよりも正直腰が抜けた。

『メロディのパパと、うちのママが結婚すればいいって――、そう思ったのよ』


『結婚? うちのパパと、ナタリー先生のママがですか?』

 心底驚いたけれど、衝撃が去ってみればそれはあまりにも魅力的な話だった。

『考えてみると二人は年が近いのよね。結構お似合いな気がしない?』

『する、かも』

 写真で見たアンジェラは控えめなのに強く美しく、覚えたての言葉を使えばたおやかな印象の女性だ。コンラッドの隣に立って見劣りするなんてことはないどころか、多分見惚れるほどお似合いの二人になりそうな気がする。それはまるでおとぎ話の最後の挿絵を見たときのようで、メロディの胸は痛いほどドキドキした。


『アンジェラママはね、幸せになる権利があると思うのよ。それはもう、世界一幸せにならなきゃおかしいと思うの』


 たくさんの冒険譚の裏を返せば、若い女性には過酷な運命だ。

 そう呟いたナタリーの言葉を、メロディが実感として理解することはできなかったけれど。


『でもナタリー先生。アンジェラ先生はうちのパパのこと好きになってくれるかしら? 先生みたいにパパがかかし・・・に見えるなんてことはない?』

 他の女性ならその点心配はないけれど、ナタリーの母親だということを考えれば心配だ。そう考えるとナタリーがハッとしたように顔を上げ、難しい顔になってしまう。


『……どうしましょう。かかしかもしれないわ』

『やっぱり~』

『でも逆に言えば、メロディのパパがうちのママを好きになってくれるかも分からないのよね』

『えっと、その場合、私だけアンジェラ様の養子になります。絶対私が幸せにするから養子にしてって、死ぬ気でお願いします』

『あー、うん。ママの場合それも有りのような気がするけれど、さすがに旦那様――メロディのパパが泣くわよ?』

『うーん。そうでしょうか』

(むしろスッキリしてくれるんじゃないかしら)


 二人で友達のように、ああでもないこうでもないと計画を立てた。計画の時間を確保するために、鬼気迫る勢いで勉強の課題をこなしたくらいだ。目標があるときの集中力はすごくて、ある意味ナタリーの教師としての優秀さが分かる気がする。


『ねえ、先生。アンジェラ様ってどんな男性が好きなのかしら』

『そうねぇ。俳優さんだとレットとか、サイモンを素敵って言ってたかしら』

『えーっ! おじいちゃんばかりじゃないですか!』

『ちっちっち。それを言うならナイスミドルよ。……あっ! 思い出した。多分ママは金髪の男性が好きだと思うわ』

『金髪? 私みたいな?』

『そうね。もっと明るくてもいいかも。昔から金髪の男性を気にしていることがあったわ。無意識みたいだけど』

『でもパパの髪の色は黒ですよ』

(がっかり)


 とりあえずコンラッドとアンジェラがが顔を合わせざるを得ない状況を作ろうと考えていた時、幸か不幸かナタリーの妊娠がわかり、ひどいつわりで家庭教師を続けることが難しくなった。


『メロディ、これは好機チャンスだわ!』


 色々あったけど、結果的には二人を会わせることが出来た。とにかく会わせて、あとはメロディが二人のいいところをそれぞれに吹き込む「愛のキューピット計画」だったのだが、残念ながら今はそれどころではなかった――。


   ◆


「エドガー様、あのね。私、パパとアン先生に結婚してもらいたいの」

 これはもう、目の前の少年も仲間に引きずり込もうと決意して打ち明けると、エドガーは面白そうに口の端を上げる。

「唐突だね?」

「うん。でもね、私ずっと、アン先生にママになってもらいたくて、ナタリー先生と二人を合わせる計画を立てていたところだったのよ。そしたらパパの初恋の人だって聞いたから嬉しかったの。あとはアン先生のお気持ち次第じゃない? って。――でもアン先生から見ると、多分パパはかかしにしか見えてないわ」

「か、かかしって」

「笑わないで。だって本当よ。他の女の人ならパパを見てうっとりしてくれるのに、アン先生、普通なんだもの。やっぱりもっと年上の方じゃないとだめなのかしら」

 悩まし気にため息をつくメロディを見て、エドガーが面白そうに肩を揺らす。

 それでも彼女の話や計画を真面目に聞き、最終的には協力できるところは協力してくれる約束を取り付けた。


「せめてパパが、金髪だったらよかったのに」

「アン先生、金髪の男が好きなの? ヤバイ、俺のことか」

「絶・対、違うと思う」


 そんな話をしているところにシドニーがやってきて、「旦那様は少しなら幻視の魔法が使えますよ」と言った。その顔が少しだけ悪い顔に見えるのは気のせいだろうか?

 ライラもやってきて「旦那様のコイバナですか?」と目を輝かせているのに、なぜか噴き出しそうな不思議な表情をしているのでメロディは首を傾げた。


 それでもエドガーが、

「ああ。閣下はたしか前は一時期金髪にしてて、外国では暁の狼って呼ばれてたんだよ。写真を見たことがあるけど、野性的でかっこよかったぞ」

 などと言うので、つい考え込んでしまう。


 小さく「アンジェラ様の前では見掛け倒しのヘタレ王子ですからね」とシドニーが囁いたような気がするのは――

(きっと気のせいよね。パパは王子じゃないし、ヘタレでもないもの)


「シドニーは、金髪の頃のパパと外国にいたの? どんなご様子だったの?」

「いえ。外国へは旦那様お一人で行かれていました。私はこちらに残って、必要な雑務をこなす必要があったのです」

 その後間があり、シドニーは何か苦い顔になったけれど、結局何も教えてはくれない。その代わりコンラッドの学生時代のことなどを少し教えてくれた。

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