第10話 コンラッド①
飛竜の始末がほぼ終わったころ、コンラッドの元にアンジェラがやってきた。
「鱗を何枚か頂きますね」
その落ち着いた声になんでもないように頷くものの、胸の内はざわざわとざわめき続けている。
それは門扉をくぐった老婦人姿のアンジェラを見た時からずっと続いていた。彼女を間近で見たくてわざわざ別館に来たのだが、その後起こった事態を考えれば正しいことだったのだと思う。
(スミレ……)
思いがけず再会できたのだと思った。
コンラッドは四十年生きてきて、二度恋に落ちたことがある。
一度目は学生の頃。相手は他校で同じ年の女子学生だった。
二度目は二十代。異国で会った、ずっと年上(しかも子持ち)の女性が相手だ。
子供の頃から側にいて、今も執事を務めてくれている五歳年上のシドニーに言わせると、若い頃のコンラッドは、見掛け倒しのエセ王子らしい。
兄弟のように育ってきたためか、あまりにも容赦ない評価だが、まったくもって否定できない自覚があった。
なにせ幼い頃から女性に揉みくちゃにされてきたせいか、十代の頃は少しばかり女性恐怖症の気があった。恐怖に近い感情を持っている相手から好きだのなんだの言われても、一体どこが? としか思えない。むしろ嫌いでいいから、そばに来ないでくれとさえ思っていたのだ。
父親似の風貌が女性に受けがいいのは理解していたが、騒がれるのは心底苦痛だった。父親自身は、そのスペックを存分に活用していたけれど。
学園に入学した頃には、そっけない態度でいれば周りが距離をおいてくれることに気づき、あえてそうしていた。
同級生のヴィクトリアはお構いなしにグイグイ来ていたが、彼女にはまったくと言っていいほど女を感じなかったので友人になれた。
「あんたは
そう言って妖艶とも言える笑みを見せられたこともあるが、次の瞬間にはかつてないほど二人でバカ笑いしていた。二人並んでいれば大抵の異性は近寄ってこないという点も、お互いにとって利点だったし、何より楽だった。
当時、成績順で二人共学生代表を務めていたのだが、その仕事の中に他校との交流というものがあった。学園の存在自体が社交を深め、人脈づくりをしたり伴侶を探すという目的があるためだ。カレイド学園ではあまり積極的に行っていなかったようだが。
「それじゃつまらないわよ」
会議室でそう言うヴィクトリアに、コンラッドは肩をすくめる。
「そうか? 面倒がなくていいじゃないか」
「あなた、本当にめんどくさがってるだけでしょ」
そりゃそうだろう。
学園内だけでも手一杯なのだ。なぜ好き好んで面倒を増やさなければならない?
だが結局、ヴィクトリアの強い希望と周りの賛成者多数ということで、交流会が行われることが決定した。他校に通うヴィクトリアの幼馴染が、やはり代表を務めている学園があるのでそこがいいだろうと、半ば強引に進められる。
はっきり言ってコンラッドは傍観者に徹する気満々だった。
「リリス学園までは汽車で三時間近くかかるんだろう?」
交流先が随分遠方であることに呆れていると、
「だから、中間で会うんでしょう。小旅行みたいで楽しいじゃない」
と、ヴィクトリアはウキウキした顔を見せる。
近くに他の学園もあるのにと思っていたが、顔合わせで訪れたホテルのロビーで彼女を見た瞬間、全てが変わった。
「アンジェラ! お待たせ!」
ヴィクトリアが駆け寄り抱きしめた少女に、コンラッドは目が釘付けになった。
簡単に結われただけの濡れたように光る艷やかな漆黒の髪、思慮深そうな灰色の目。ほっそりとした首筋に華奢な手足。ヴィクトリアを目にした瞬間、花が咲くように輝いた笑顔はまるで自分に向けられたようで、コンラッドの心臓がドクドクと激しく音を立てた。
ヴィクトリアが華やかな夏の太陽ならば、彼女は秋の夜にひっそりとたたずむ細い三日月のよう。控えめで主張はしないけれど確かにそこにあり、ホッとするような小さな輝きを放っている。
「彼女が私の親友、アンジェラ・ドランベルよ」
「アンジェラです。よろしく」
そう言って握手のために差し出された手を握れば、小さくてやわらかくて温かい。一瞬だけ力を込められて離れた手に、もう一度触れたいとさえ思った。
それは生まれてはじめての感覚だった。
そのとき感じたものをあえて言葉にするならば、
(この人を守りたい)
それが一番近いだろうか。この胸に大切に抱きかかえ、雨風にさらすことなく幸せな光景だけを見せてあげたい。そんな純粋で、傲慢な気持ち。
彼女が自分にだけ微笑んでくれたら、どれだけ幸せだろう。
そしてそれが恋だと気づくのに、さして時間はかからなかった。
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