第7話 予感?
アンジェラの提案にコンラッドは「そうですね」と頷くと、彼はメロディに自室に戻っているよう促した。
「でもっ」
とっさに声を上げたメロディは、ふとアンジェラを見て何か考え込むような仕草をする。そしてコンラッドの顔を見た後小さく頷くと一歩下がり、丁寧に礼をした。
「わかりました。部屋でいい子にしてますわ」
数歩歩いたあと「詳しいことは後で教えて下さいませ」とだけ言い起き、すんなりと部屋に向かう。
一瞬窓の外の飛竜を見てゾッとしたような顔をしたので、アンジェラは早めに片付けようと決めた。あんなものがすぐ近くにあるのは、決して気持ちのいいものではない。
それにしても、アンジェラに話すよりも父親であるコンラッドに対する話し方のほうが微妙に距離があるように感じ、アンジェラは内心首を傾げた。
さっきしっかり父親に守られていた時は嬉しそうに見えたのに。
(まあ思春期だから、普通と言えば普通かしら)
自分には経験がないから、そこは推し量るしかないけれど。
メイドはコンラッドに大きなやかんと鍋二つに水を貯めてもらうと、そそくさとキッチンに戻った。火おこしはできるようなので、お茶を用意してもらえるようだ。
「いつまでもホールにいるのもなんですし、どこか部屋に移動しましょう。シドニー、リビングは使えるか?」
「はい。もちろんでございます、旦那様」
執事のシドニーが一礼をすると、コンラッドが頷いてアンジェラに手を伸ばす。一瞬抱き上げそうな勢いだったが、思いとどまったように右手だけを差し出した。
「先生、立てますか?」
「ええ、ありがとうございます」
にこやかに大きな掌に自分の手を重ねて立ち上がる。
水のおかげだろうか。身体の奥に疲労の重みは残っているものの、ずいぶんすっきりとしていた。
なぜかエスコートするかのように手を放してもらえないことを不思議に思いつつ、照れるような年でもないので気付かないふりをしておく。内心では、(昔の素っ気ない王子様はどこ行ったの?)とか、(いつもこんな感じなら、こういうところが、女性に無駄な夢を見せてしまうのではないかしら?)などなど、盛大につっこみを入れていたけれど。
年を取ると丸くなるというけれど、先ほどから奇妙についてまわる既視感に、胸の奥がソワソワしてしかたがない。
それはアンジェラが、自分の前世の記憶に触れたときに近い感じががするからだ。
でも、そんなことはないはず。
彼とは顔見知り以下の関係だったし、唯一の接点であった学生時代には何も感じなかったはずだ。
それは何かの予感だったのだろうか?
◆
「先生、ごめん!」
しばらく話をした後にエドガーがしたのは、それはそれはきれいな土下座だった。
(いやだわ、エドガーったら。ここで土下座なんて通じるわけないじゃない)
極東の国ヒィズルならともかく。
一瞬唖然としながら心の中で盛大にツッコミをいれるアンジェラの横で、コンラッドも「頭を上げなさい」と嘆息する。しかも「ここはヒィズルではない」と続けたので、アンジェラはチラッと彼のほうを盗み見た。
さすが世界をまたにかける実業家だと思ったのだが、彼もまた意味ありげにアンジェラを一瞥する。
(もしかして、わたくしが昔、ヒィズルにいたことがあるのを知ってるの?)
いや、まさか。そんなことはないだろう。
「いや、でも、本当にすみません」
常に自信に満ちたエドガーが小さくなる姿に目を戻し、アンジェラは彼の肩を軽く叩いた。
なぜアンジェラたちがここにいるのか聞いたエドガーに事の次第を教えると、突然真っ青になって頭を下げたのだ。どうやら彼が何か関わっているらしいことは分かったが、子どもの土下座なんて見て気持ちのいいものではない。
(それに私が変な指導をしたようにも見えるじゃない?)
一時期、エドガーの家庭教師をつとめたことがある。
表向きは彼の双子の妹アデルの家庭教師で彼女にも指導をしていたけれど、実際は二人のための特殊な家庭教師だった。特にエドガーはこの国の常識からは桁外れ、もしくは化け物級と言えるほどの魔力を持っている。そんなエドガーを教えられる人材がいなかったのだ。
大きすぎる魔力は心からの影響を強く受ける。
アンジェラは存在自体が特殊なうえに魔力も高かったため、幼いエドガーの力を抑えることが叶った。彼の心の成長に伴い、徐々に開放されるよう複雑な封印を施したのもアンジェラだ。
それはかつて、エドガーの曽祖父がアンジェラにしてくれたことの恩返しでもあった。
エドガーがアンジェラを先生と呼んでいることで、師弟関係、もしくはそれに近いものだったことは想像がつくだろう。
それだけに、あまり奇天烈なことをされてアンジェラがメロディの家庭教師をクビになる事態は避けたいところであった。
(そんなことになったら、ぜったいナタリーに怒られるし!)
ママ、何してるのと説教してくる姿がありありと浮かぶ。やだ、こわい。
「話を戻そう。エドガー。君のご両親の名前を教えてもらえるかい?」
コンラッドが改めて自己紹介をしてから、そう尋ねた。
「はい。父はジョナス・ゴルド。母はヴィクトリア・ゴルドです」
「ああ、やはり」
鷹揚に頷いたコンラッドはアンジェラのほうを見て、
「ではやはり、あなたはあの、アンジェラ・ドランベルで間違いないのですね」
と、静かに笑った。
(あのってどの?)
微かにアンジェラが首をかしげたのに気付いたのだろう。
「リリス学園のご出身でしたよね。私のことを覚えてはいませんか?」
(いえ、覚えてますけど、むしろなぜ貴方がわたくしを覚えてるのでしょう?)
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