転生するたび短命でしたが、今世では40歳の誕生日を迎えられそうです ~過去に2度も求婚されかけていたって――えっ? 嘘でしょう?~

相内充希

第1話 アンジェラ

 アンジェラにとって、大切なものを守るために強くなることなんてなんでもなかった。遥かに年上に見せることだって、十八歳のか弱い小娘では叶わなかったから、そうしただけ。


「血のつながりって、そんなに重要かしら」

 自分が受けたものを誰かに返していく。それは人としてごく自然な行いだと思うのだけれど。


「女って生き物はね、キラキラ光る思い出が一つあれば、けっこう強く生きられるものなんですよ」

 だから――、他人でしかないあなたがそんな顔をする必要はないのよ。


   ◆


 ほんの少し前まで、窓の外に広がっていたのは美しい庭園のはずだった。


「先生、ここ、どこ?」

 さっきまでの生意気そうな表情がすっかり鳴りを潜めたメロディが、無意識なのかアンジェラの服をキュッと握りしめる。

 そのことが、まだ会ったばかりの少女でありながらアンジェラに、この子は保護すべきものという使命感を与えた。

 どんなに大人びたふりをしようと十二歳の少女だ。

 まだまだ大人に守られるべき存在。

 そしてアンジェラは、臨時とはいえこの少女の家庭教師だ。


 今のアンジェラは、メロディからは祖母ぐらいの年代に見えているはずだ。

 ふんわりとふくらんだ白髪、ぽっちゃりとした体形に少し古い型のドレス姿。目じりの皺も深い、「どこにでもいる、人がよさそう老婦人」に。

 アンジェラが実際よりもはるかに年上に見せるのはすでに得意技だが、こわごわと抱き着いてきたメロディは何か違和感を覚えたのか、戸惑ったような目で顔をあげる。見た目に反して抱き心地が悪いとでも思ったのかもしれない。


「いったい何が起こったんだ」

 一方、アンジェラの後ろから覆いかぶさるように外を見つめたメロディの父親、コンラッドも呆然とした声を出してた。

(呆然としてても男前ですこと)

 ちらりとコンラッドを見上げたアンジェラは、その体温を感じる距離に戸惑いつつも、今ケアするべきは娘のほうだと、メロディの背中を優しく叩いた。

 コンラッドの後ろでは彼の執事とメイドが駆け回り、あちこちの窓をのぞき込んでいるのが分かる。


 アンジェラは表向き平静を装ってはいるけれど、脳みそは突如窓の外に現れた光景に、少しでも事態を把握しようとフル回転していた。


 目の前に広がるのは空だ。間違いなく広大な青い空。

 そして狭い庭程度の野原の向こうには緑豊かな山の裾野――というには、少々険しい山肌が見下ろせる。


 仮の結論。どうやら広大な平地にあった邸宅の内――、

「この館だけが、どこかの山の上に移動した?」

 そう呟けば、頭上から「まさか」と返事が返ってくる。

 この国には家を飛ばすほどの竜巻は発生しない。だからいっそ、地震で館の周りが崩れたと考えたほうが自然なくらいだが(いや、それも全然自然ではないが)、どう見てもそこはどこか山、もしくは崖の上だった。その証拠に遥か下方に見慣れぬ街並みまで見える。

 メロディを連れたまま部屋の反対側の窓を覗いてみれば、そこには鬱蒼とした森があり、獣道のような細い道がその奥に続いているのが分かった。


 つい先刻までどんよりとした雨模様だったのに――と、遠くを見てみれば、森の向こうから、何か鳥のようなものがこちらに飛んでくるのに気付く。否、その黒い影は、どうみても鳥ではなかった。

「飛竜」

「なにっ?」

 アンジェラの呟きにコンラッドが訝しげに聞き返してくるが、説明をしている余裕はない。

「飛竜です。人が襲われかけてます。助けないと!」


 今、国では存在しないはずの真っ黒な飛竜が、大きな翼を広げて誰か人を追いかけていた。

「助けるって――おいっ」

 制止の声など無視だ。今は人命がかかっている。

「あれはまだ子どもです! 旦那様はメロディを守ってください!」

 万が一の時でも彼なら戦えるはずだ。


 ドアを大きく開けると、アンジェラはとっさに執事にドアの固定を命じ、外に飛び出した。


解錠リ・ラプン。大地の弓よ、天空の矢よ、わが手に」


 アンジェラは自分の武器の一つを呼び出す。ここがどこだかは分からないけれど、自分の一部でもある弓矢はきちんと手元に現れてくれた。

(ということは、ここは元の場所ときちんとつながっている?)

 周りの風景から異世界に飛ばされた可能性を考えていた。

 武器を召還できなければその辺の石でも枝でも使って応戦つもりだったが、やはり手に馴染んだ愛器は心強い。


 アンジェラの弓は弓でも、特殊加工を施した十字弓だ。それに力を注いだ矢を設置すると鋭く指笛を吹き、逃げる者の注意を引く。


(よし、気付いた)


 彼、もしくは彼女がこちらに走り出したのを確認し、アンジェラは飛竜に照準を合わせる。走ってきたのはまだ若い男性だった。

「中に入って」

「恩に着る!」


 何か懐かしさを感じた心を無視し、目の端で彼がドアに飛び込む瞬間、ギリギリまでひきつけた飛竜に矢を放った。

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