婚約破棄をしてきた婚約者と私を嵌めた妹、そして助けてくれなかった人達に断罪を。

しげむろ ゆうき

第1話

「ルナマリア! 何故、貴様はこんな酷い事ができるのだ‼︎」


 三年生の卒業パーティーでそう叫ぶのは、このモルドール王国の王太子殿下であり私の婚約者でもあるハロルド様である。

 ハロルド様は叫んだ後、側にいた私の妹、アンナマリーを愛おしそうに抱きしめる。それを見た私は唇を噛み締める。もちろん扇子で口元は隠しているから誰にも気付かれていない。

 そんな私をアンナマリーは勝ち誇った顔で見てくる。まあ、すぐに両手で自分の顔を覆い泣き真似をし始めたが。


「ううう……私が全ていけないのです。ハロルド様……」

「違うアンナマリー! 優しい君が悪いわけないだろう! 全てこの悪女がいけないのだ‼︎」


 ハロルド様はそう叫び私を憎悪の籠もった瞳で睨んできた。そんなハロルド様の瞳を見て私は理解した。


 何を言ってももう駄目ね……


 私は悔しい気持ちもあったが、それ以上に悲しかった。昔はあんなに優しく微笑んでくれた方が今では、あんな目で睨んでくるのだから。

 それも全て妹のアンナマリーの所為である。アンナマリーは昔から私のものを強請る子だった。駄目だと言っても全く聞かず、狂ったように欲しがり最終的には両親に泣きつくのだ。

 そんな両親、特に母、システィーナはアンナマリーには甘く、何でも言うことを聞いてしまう為、いつも私の物はアンナマリーにいってしまった。


 そして、遂には婚約者にまで……


 私が王妃教育に生徒会活動、そして父、ゲルモンド公爵の仕事の手伝いを死ぬような思いをしている時、アンナマリーはハロルド様に近づきあっという間に落としてしまったのだ。

 しかも、その方法は私がアンナマリーを虐めているという嘘だった。それを信じてしまったハロルド様は段々と私への態度を変えていったのだ。もちろん、私は何度も誤解を解こうとしたが駄目だった。

 それは周りが私がアンナマリーを虐めているのを見たと嘘を言い始めたからだ。要は私じゃなく扱いやすい、アンナマリーや別の令嬢を王妃にしたい派閥が利用してきたのだ。

 私はもう自分だけの手に負えない為、急いでバーバラ王妃様に相談した。しかし、返ってきた言葉は将来王妃になるものとして、自分で解決しなさいという言葉だった。

 だからこそ、色々と手を伸ばして頑張った。だが、それ以上に妹への虐めに関して、ある事ない事の噂が広まるスピードの方が早かった。

 そして、卒業パーティーの日である今日、こういう断罪劇が始まってしまったのである。

 私は周りに視線だけ向ける。

 大半は姉が妹を虐めたという事を信じており、敵視する様に私を睨んでいた。そして、ハロルド様も相変わらず取り巻きと一緒に私を睨んでいる。


 とりあえず、否定はしておかないと……


「王太子殿下、何度もいいますが私は何もしておりません。信じて下さい」


「くどいぞ! 悪女め‼︎」

「……王太子殿下」


「もう、良い……。ルナマリア、貴様との婚約は破棄し、ここにいるアンナマリーを新たに私の婚約者とする!」


 ハロルド様はそう宣言すると、パーティー会場は割れんばかりの拍手が沸き起こった。私は既に来られていたジョージア陛下とバーバラ王妃様に目を向ける。ジョージア陛下はなんともいえない表情でこの光景を眺めており、バーバラ王妃様は冷たい目で私を見つめていた。


 王都に味方もいない小娘一人で何ができるというの……。もう、沢山よ。


 私は一度目を瞑り覚悟を決めると、ハロルド様に向かって淑女の礼をとり言った。


「婚約破棄承りました」


 そう言った後、私は会場中を見渡し凛とした声で喋る。


「皆様、今回は私でしたが、次はあなた方かもしれませんよ。では失礼します」


 私は最後にもう一度、淑女の礼をとると離れた場所にいて、私を睨んでいる父、ゲルモンド公爵のところに行く。


「お父様、申し訳ありませんでした」

「お前はなんて事をしたのだ……。なぜ、アンナマリーに酷いことをした」

「していませんと何度も言いましたよ。それに、このままですと大変な事になりますよ?」

「……もう黙れ。お前の顔は二度と見たくない」

「……そうですか。わかりました。では、失礼します」


 私は淑女の礼をとると、足早に会場を出る。そして、会場を出てすぐな盛大に溜め息を吐いた。


「はあっ、覚悟はしていたけれど、これからが大変ね……」


 私はそう呟き晴れ渡る青空を見上げるのだった。

 


ゲルモンドside


 パーティー会場の帰り道に馬車が襲われ、乗っていた娘、ルナマリアが攫われてから数ヶ月経った。今、私の目の前には捜索に加わっていた騎士団がいて残念そうな表情で一枚の紙を出してきた。


「ゲルモンド公爵様、残念ながら森の奥にて発見されました」

「……そうか。それで遺体は?」

「野犬が食べたのか、かなり損傷しており、半分も残っていませんでした」


 そう言って騎士団は布に包まれた一枚のハンカチとドレスの切れ端を出す。ハンカチは汚れていたが、我が公爵家の家紋が糸で丁寧に刺繍されており、ドレスもあの日にルナマリアが着ていたドレスに間違いなかった。


「そうか、ご苦労だった。全く、最後まで手を煩わせおって」

「煩わせるですか……」

「何か言ったか?」

「……いえ、では私達は失礼します」


 騎士団はろくに挨拶もせずにさっさと屋敷を出ていく。その態度の悪さに苛立ちを感じたが、今はそれどころじゃない事を思いだし、すぐに呼び鈴を鳴らし、執事を呼ぶ。


「旦那様、お呼びですか?」

「ああ、聞きたいことがある。この報告書に書かれている内容は本当だな?」

「……はい。商人が領地から撤退しております。また、流通も止まってしまっています」

「それでは、我が領地の売上が全くなくなるではないか! 何を考えているんだ⁉︎」

「それが、商人達の言い分は、信用がないところと取り引きできないと……」

「信用がないだと⁉︎ はっ、そういえば私が王宮で仕事をしてる間、この仕事を任せていたのはルナマリアだったか……。まさか、商人達はあいつの肩を持ったのか⁉︎」


 私がそう言った時、ノックもせずに侍女頭が飛び込んできた。


「旦那様! アンナマリー様がまた、お妃教育を投げ出してしまったみたいです!」


 侍女頭の言葉に私は頭が痛くなってしまう。アンナマリーは元々、癇癪持ちだったが、それでも立派な王妃になれると信じていた。

 だが、最近のアンナマリーは私の知っている人物とは別人すぎる。今のアンナマリーはまるで数ヶ月前に皆が言っていたルナマリアそのものだ……。

 だが、アンナマリーはルナマリアに虐められていたと使用人達だって証言している……。叩かれた痣だって、破かれたドレスだって実際に私は見せられた。だが、それすら最近のアンナマリーを見ていると疑わしい。

 その時、私の頭の中である考えが浮かぶ。


 まさか……


「……私はもしかしたら、とんでもない間違いをしたのか?」


 私がそう言って執事と侍女頭を見ると、真っ青な顔をするだけで何も言ってこなかった。だが、それで十分だった。


「……屋敷にいる使用人を全員呼べ。今すぐにだ」


 こうして、私は屋敷にいた使用人を全員呼び寄せ、脅すように問い詰めた。そして、使用人達の証言が全て嘘だとわかり呆然としてしまった。


「……何故だ?」


 私が震える声でそう問いかけると、執事がおずおずと言ってきた。


「そうする様にと命令を……私達はあくまで使用人ですから……」


「……誰に命令された?」

「奥様のシスティーナ様です……」

「はっ? 何故、システィーナが……」

「おそらくルナマリア様が邪魔だったのでしょう」

「……邪魔だと?」

「これは、あくまで私が思っているだけですので本当かわかりませんが、アンナマリー様はもしかしたら、旦那様のお子では……」


 執事は途中で言葉を止めたが、私は理解してしまった。


「あれとまだ通じていたのか……」


 確かにルナマリアは私に似た髪と目の色で、アンナマリーの髪はシスティーナと同じ色だった。ただし、目の色はどちらでもなかったが。


 システィーナは亡くなった祖母と同じだと言っていたから、信じてしまったが……


「そういう事だったのか……」


 私は力なく椅子に座ると顔を手で覆った。

 そして、今更、ルナマリアの言っていた言葉を理解したのだった。



システィーナside


 私は侍女に呼ばれ、夫であるゲルモンドの書斎に呼ばれた。そして入った瞬間、ゲルモンドが私の足元に紙の束を投げてきたのだ。


「ルズベルドに会っていたようだな?」


 そう言われた瞬間、全身に鳥肌が立ってしまったがなんとか平静を装い微笑む。だってバレたら終わりだから。

 それに、もう少しで私はルズベルドと幸せになれるのだ。


 だからいつも通り騙すのよ。アンナマリーさえ王妃になればこの男を消して、ルズベルドを公爵にしてあげられるんだから。

 待っててね、ルズベルド。私はあなたの為ならどんな苦難や痛みだって耐えてみせるわ。


 私はそう思うことで落ち着きを取り戻し、微笑みながら答えた。


「何をお調べになったかわかりませんが、私とルズベルドはそういう関係では……」

「奴が吐いたよ。若い女を紹介して少し金を持たせたらな。正直、もう縁を切りたくて仕方なかったらしいぞ」


 ゲルモンドが私が話してる最中にそう吐き捨てるように言ってくる。私はおもわず目を見開いてしまった。


 そんなの……

 嘘……

 嘘……


「嘘よ! 私を一生愛するって誓ったのよ‼︎」


 私はゲルモンドを睨みながら叫んだ。すると、ゲルモンドは左手の薬指に嵌めていた指輪を取り外しながら淡々とした口調で言ってくる。


「二人の間にアンナマリーという子もいるしな」

「なっ……」


 私は驚いてゲルモンドを見る。ゾッとする程冷たい表情で私を睨んできた。


「全部わかっている。周りから証言も揃えたから逃げられんぞ。今まで奴に貢いだ金品はお前の実家に請求する」


 私はその言葉を聞いた瞬間、下唇を噛みちぎりそうになるぐらい噛んだ。なんせ、そんな事をされたら全てが終わってしまうからだ。

 だが、すぐに私の頭の中で素晴らしい考えが浮かんだ。


「……アンナマリーは王妃になるのですよ。良いのですか?」


 私は最後の望みである王妃という言葉を出す。きっとこの男だって王妃の父親という立ち位置は欲しいだろうと思ったからだ。

 しかし、ゲルモンドは私を蔑んだ目で見ながら鼻を鳴らす。


「ふん、あれには無理だろう。王太子の取り巻きとも遊んでいるんだからな。しかも、既に王妃様もご存知だ」


 私は頭の中が真っ白になってしまった。


「嘘でしょ……」

「学生の事には関与すべきではないと思っていたが、もっと早く調べるべきだった。王族側もこれから動きだすらしい。我が公爵家もお前の実家もただでは済まんだろう」


 私はその言葉を聞き、目眩がして床に座り込んでしまった。だが、そんな私を執事も侍女頭も助ける事はなかった。何故なら彼らも真っ青になり震えて座り込んでいたから。



ハロルドside


 私が執務室で王太子教育の復習をしていると、ノックもせずに泣き顔のアンナマリーが飛び込んできた。

 それを見た私はまたかと思って顔を顰める。


「アンナマリー、またお妃教育から逃げてきたのか?」

「違います! 私の所為ではありません! ハロルド様、あの人達酷いんです! 私をお姉様よりできないって言って虐めるんですよ!」

「……そうか」

「もうっ! そうかじゃないですよ!」


 アンナマリーは怒り口調でそう言うと頬をリスの様に膨らます。私はそれを見て内心イラッとしながらも作り笑顔を浮かべる。


「……ああ、すまない。今度、私から注意しておこう」

「ハロルド様ーー! 大好きです‼︎」


 アンナマリーは私に抱きついてくる。だが最近は抱きつかれることさえ嫌になってきている。


 何故だろう?


 あんなにアンナマリーに恋焦がれていたのに今では憎くなりつつあるのだ。私はそんな気持ちを抑えながら、アンナマリーに言う。


「お妃教育を受けないと私と結婚ができなくなってしまう。私も最近、王位を継ぐために本格的に勉強をやり始めているんだ。だから、アンナマリーも頑張ろうよ」

「……わかりました。では、明日から頑張ります。なので、今日は外に出て買い物をしませんか? 私欲しいドレスやネックレスがあるんです」

「……アンナマリー、もう十分にドレスもネックレスも持っているだろう?」


「何を言ってるのですか! もう、あのパーティーから数ヶ月も経ってるんですよ! 今持っているものはもう古いんです!」


 アンナマリーは眉間に皺を寄せながら私を睨んでくる。前はこんな顔なんか一度もしなかった。いつも、優しい顔だったりルナマリアに虐められて泣き顔に……

 私はそう思っていると、かつて私に微笑んでいたルナマリアの顔を思い出した。


 ルナマリア……。攫われた君は無事なのだろうか?


 私がそんな事を思っていると執務室がノックされ、アンナマリーはあっという間に机の下に潜り込んでしまった。私はそんなアンナマリーを冷めた目で見つめながら、扉の向こう側にいる人物に返事をする。


「何の用だ?」

「陛下がお呼びです。至急おこし下さい」

「わかった、すぐに行く」


 私は立ち上がると、アンナマリーがすぐに抱きついてきた。


「えーー、行ってしまうんですか?」

「仕方ないだろう。陛下からの呼び出しなんだ。君も来るかい?」

「……いえ、今日は疲れてしまいましたのでもう休みます」

「そうか、では、ゆっくり休むと良いよ」


 私は一応、アンナマリーの髪を一房掴み、唇を付けると陛下のいる応接室に向かった。

 応接室には父のジョージア国王に母のバーバラ王妃、そしてアンナマリーの父、ゲルモンド公爵が既に座っており何やら難しい顔をしていた。


「お待たせしました」

「ハロルド、座れ」


 父上は淡々とした口調で言ってくる。だから言われた通り座るとすぐ母上が口を開いた。


「ルナマリアが見つかったわ」

「なっ、本当ですか? それで今は何処に?」


 私は思わず口元が緩んでしまう。あの聡明で美しい立ち姿のルナマリアにまた会えるかもしれないのだ。

 しかし、次に母上が言った言葉に私は絶望に突き落とされてしまった。


「森で見つかったわ。もちろん亡くなった状態でね」

「そんな……」


 私はショックで口元を押さえる。


 どうしてこんな事に……。なんで、ルナマリアがそんな目にあわなければならないんだ?


 私は絶望感に包まれながらそんな思いに馳せていると、ゲルモンドの冷たい視線に気づく。私は何故、そんな目で見られなければならないのかわからずにいるとゲルモンドが私に言ってきた。


「殿下、何故ルナマリアはこんな酷い目にあったのでしょうね?」

「それは、馬車に乗っている最中に賊に攫われたのだろう。全く酷い連中だ! 許せん!」


 私は握り拳を作りテーブルを叩こうとしたが、また何故かゲルモンドに睨まれてしまう。おそらくテーブルを叩く行為がマナー的に悪かったのであろう。ここはおとなしく振り上げた拳を下ろすことにした。しかし、ゲルモンドはまだ、私を睨んだまま質問してきた。


「……本気で言っているのですか?」

「何が言いたいんだ、ゲルモンド公爵?」


 私は全くわからないのでそう答えると、母上が溜め息を吐いた後、呆れた口調で言ってきた。


「ねえ、あの日には何があったかしら?」

「あの日は……確か卒業パーティーがありました」

「それだけ? あなたルナマリアにしたことを忘れたの?」


 母上は咎める様にそう聞いてくるのであの日あった事を思い出す。


 もしかしてあれのことか……


「……あれは、ルナマリアがアンナマリーを虐めていたのが悪いのです。婚約破棄はやり過ぎましたが、あれは私なりにルナマリアを思ってやった事です。それに途中で退席したのはルナマリアでしょう? 何故、私の所為になるのです?」


 私は自信満々にそう言うと何故か三人に睨まれてしまう。正直、この三人が何をしたいのかわからなく、首を傾げていると、母上が冷たい目で私を見つめながら言ってきた。


「何が思ってやったことですよ……。あなたがしたことはルナマリアの公爵令嬢という役割を終わらせる断罪よ。つまりルナマリアの将来を潰したのよ」

「なっ……そんな……」


 私はハンマーで頭を叩かれた気分になった。そこまでするつもりじゃなかったのだ。何度もアンナマリーに酷い事をするから、皆の前で注意してやればもう二度とやらないと思ったのだ。


 だから、私は悪くない。


 アンナマリーを虐めていたルナマリアが悪いのだ。私は信念を持ちながらそう思っていると、ゲルモンドが私を睨みながら信じられない事を言ってきた。


「ルナマリアは虐めも何もしてないですよ……」

「はっ⁉︎ 何を言ってるのだ?」

「全部、嘘でした。仕組んだのはシスティーナとアンナマリー、そして、他の令嬢を推したい派閥連中でした」

「な、なんだと……」

「ルナマリアは清廉潔白です。王太子殿下、あなたは学校で生徒会長をしていたはずです。しっかりと生徒達の動きを見てましたか?」


 ゲルモンドはそう言って私を射殺さんとばかりに睨みつけてくる。確かに私は生徒会長をしていたが、当時は周りとの交友関係を増やす為に忙しかったのだ。


「わ、私は生徒会長だけが仕事ではなかった。とても忙しかったのだ」

「でしょうね。生徒会の仕事はほとんどルナマリアにやらせてたみたいですからね……」


 ゲルモンドはそう言って紙束をテーブルに置いた。そこには沢山の領収書や、私がいつ何をしていたのか調べてあり、最後の報告の部分には散財して遊び歩いていたと書かれていた。

 

「わ、私は必要なものを買っただけだし遊び歩いていたわけじゃない!」

「国庫のお金を持ち出してまで必要なものとは何でしょうね……」

「うっ……」


 私は思わず両親を見てしまい後悔する。まるで、重罪を犯した者を見る目だったからだ。私はその視線に耐えきれず思わず俯いてしまう。


 くそっ!何で私がこんな目にあわなければいけないのだ。元はといえば嘘を吐いたアンナマリーが悪いのではないか。

 そうだ、全てアンナマリーが悪いんだ!


「私はアンナマリーに騙されていたのです! 私は被害者ですよ!」


 私がそう言ってゲルモンドを睨む。するとゲルモンドは肩を落とし頷いた。


「……確かに王太子殿下はアンナマリーに騙されていました」

「そ、そうであろう。国庫の金もアンナマリーのドレスや貴金属にいっているんだ。生徒会の仕事だってアンナマリーが私を無理矢理に外に連れ出したんだ! だから、私は悪くない!」


 私はそう言い切った後に確信した。間違いなく自分は被害者として認められると。そんな風に思い、期待しながら三人を見る。

 すると、父上が蔑む様な目で私を見てきた。


「巷での噂は本当であったのだな……」


 私は父上が何を言っているのかわからず首を傾げると、再び父上が言ってきた。


「国民の金を湯水の様に使う馬鹿王子、阿呆子、無能とな」

「なっ、だ、誰がそんな酷い事を言っているのですか⁉︎」


 私は怒りのあまり思わず立ち上がってしまうが、次に母上に言われた言葉で力なく座り込んでしまった。


「国民の大半よ」

「……そ、そんな」

「あなたの馬鹿さ加減に皆嫌気がさしてるわ。だから国民の気持ちを汲んであなたを廃嫡し、第二王子に王太子位を譲る事にします」


 私は母上の言葉が理解できなかった。しかし、三人が応接室を去っていってからやっと状況を理解する。慌てて弁明の為、後を追おうとしたのだが、すぐに応接室の外にいた衛兵達に取り押さえられてしまった。


「何をする⁉︎ 離せ! 私はこの国の王太子だぞ!」

「陛下の命令ですので、しばらくはここで生活して頂きます」

「な、何故そんな命令を?」


 私の言葉に衛兵達は答えず、力任せに私を抱えると応接室に雑に放り投げた。その際、肩を打ったので思い切り睨んでやると逆に睨み返されてしまった。


 後で、覚えていろ。誤解が解けたらお前達は必ず罰してやる。


 私はそう思いながら、閉じられた応接室の扉を睨むのだった。



アンナマリーside


 ハロルドが執務室を去って暇になった私は、何か良いものがないか物色していた。


 全然、宝石がないじゃないの! 使えない男ね。私が来るのがわかってるんだから、何か置いときなさいよ!


 私は苛々としながら、ふと壁に飾られた絵を見る。


 本当、私って最高に美しいわよね。


 私は思わず壁に掛かっている、自分の肖像画に見惚れる。その時、一瞬あの大嫌いな姉の顔が浮かぶ。


 もう数ヶ月経ったのよねえ。おそらくもう死んでるか、娼婦として売られているかのどっちかでしょう。


 可哀想なお姉様……


「くふふふっ」


 最高ね! 目障りな存在が消えるのは! 後は、このままモルドール王国の王妃になって面白おかしく暮らすだけよ!

 あっ、でも、もっと格好良くて権力とお金がある男が現れたらどうしよう……

 いえ、私みたいな美貌を持っていたら他の国の王太子が放っておかないわよね。


 私はそう思った瞬間、急いでハロルドの執務室を漁り地図を探す。そして地図を見て思わず顔を顰めてしまった。


 うわっ、この国小さい……。こんなじゃ私を幸せにはできないわよ。はあっ、私なんでこんな不幸なの?


 私はがっかりした後、地図に描かれたモルドール王国より、倍くらい大きい隣国を見る。そして良い案が思いついてしまう。


 ぶり……ぶら、ぶらく? 何て読むの? まあ、私の美貌があれば文字なんて読めなくても大丈夫よね。

 よし、私の卒業パーティーにこの国の王子様を呼んで、そのまま私を連れていってもらおう! きっと、私の美しさに皆参ってしまってすぐに王妃にしたくなるわよ!


 私はなんて素晴らしい考えを思いついたのだろうと自画自賛していると、執務室にハロルドの側近であり、将来、宰相になるダレンが駆け込んできた。


「あら、ダレンじゃない。なんでそんなに急いでるの? あっ、もしかして私に早く会いたくて急いじゃったの? もう、仕方ないわねえ」


 私はダレンに抱きつく。

 

 まあ、今日は私も機嫌が良いし、久しぶりに相手をしてあげようかなあ。そうだ、将来、騎士団長になるサージハルとも遊んであげないとね。だって私は皆の天使だものね。

 はあっ、本当に私って罪作りな女ね……。


 私はそんな事を思いながら、ちょっとくらいならこの執務室でも楽しませてあげようと思い、ダレンの服に手をかける。

 しかし、すぐにその手を叩かれてしまった。


「痛っ、何するの⁉︎」

「うるさい……」

「痣が絶対できたわよ!」

「うるさい……」

「絹の様だって言われてた手に傷ができたらどうしてくれるのよ!」

「うるさい! 君の所為で全て終わりだ!」

「知らないしうるさいのはあんたよ!」


 私は思い切りダレンの顔を睨んでやると、ダレンは驚いた顔で私を見てくる。更に怒りが収まらない私は近くにあった文鎮で思い切りダレンの頭を殴ってやると、ダレンは頭から血を噴き出しながら倒れてしまった。

 私はそんな倒れたダレンに持っていた文鎮を投げつける。


「汚いわね! 手とドレスが汚れたじゃない!」


 信じられない! 将来、王妃になる私にうるさいって何様よ!


 私は怒りが収まらないまま、執務室を飛び出す。すると目の前にはサージハルが立っていた。私はすぐにサージハルに駆け寄り、執務室を指差す。


「今、ダレンに殺されそうになったの! 怖かったわ……」

「……どうせ、嘘だろう」

「えっ?」

「全て嘘だと聞かされた。そして私とダレンは今さっき廃嫡された。おそらく殿下もな」


 サージハルはそう言うと、いつからいたのかわからなかったが、衛兵達が私達を取り囲んできた。しかも、敵意の籠った瞳で私を見てきたのだ。


「何、なんなの? 私は将来王妃になるのよ! 離れなさいよ‼︎」


 私がそう叫ぶが、衛兵達は私とサージハルをあっという間に紐で縛ってしまった。正直、何でこんな酷いことをされるのかわからなかった。なんで自分がこんな目にあわなきゃいけないのか。

 そこで私は気づいてしまう。


 これって、隣国の王太子が助けに来てくれるのかも。だって劇にこういう展開があるものね。助けに来てくれた王太子が言うの。

 真実の愛を見つけたって。


「くふふふっ、待ってます。私だけの王太子様」


 そして、私は少しの間だけこの劇に付き合うことにしたのだった。



バーバラside


 正直、今の状況はまずすぎる……。

 まさか、あの日の騒動からここまで大きくなるとは思わなかった。卒業パーティーで息子ハロルドは馬鹿な行動をしてルナマリアと婚約破棄宣言をしたのだ。

 この時、私はハロルドの馬鹿さ加減にも苛々したが、それを止められなかったルナマリアの能力の低さにも怒りが沸いてしまった。

 だが、それが悪かった。

 ルナマリアは卒業パーティーを途中で退席し、その後、何者かに攫われてしまったのだ。あの時、声をかけて引き止めるべきだった。そうすれば、ルナマリアは攫わられずに済んだ可能性があるのだ。

 せっかく王妃教育もほぼ終わり、一番王妃に近い存在だったのに惜しい人材を失ってしまった。もう、無事に戻っても攫われたとなれば王妃にはなれないだろう。

 仕方なく、ルナマリアの妹、アンナマリーに王妃教育をし始めたのだが、これが酷すぎた。勉強のべの字もできないし覚える気がないのだ。正直、ルナマリアと同じ血をひいた姉妹なのかと疑うぐらいだった。

 そんなアンナマリーに頭を抱えていると、王都に色々な噂が流れ始めたのだ。ルナマリアは色々知りすぎているから、都合が悪くなった王家が消したと。

 更に、王家や貴族は国民から税を沢山取り、甘い汁を吸おうとしてるから気をつけろという根も葉もない噂も。

 だが、国民は信じ始めた。

 なんせ、馬鹿な貴族の生徒やハロルド達がかなり前から散財していたからだ。しかも、国庫にまで手を付けていたのだ。それも隠れながらやっていた為、私に報告が来るのが遅かった。

 そしてゲルモンド公爵の報告である。

 私は今回の件でどれだけの貴重な時間を無駄にしたのだろう。これも全て馬鹿な息子ハロルドの所為である。


 もっと早くハロルドは廃嫡して、第二王子のジェラルドを繰り上げておけば良かったわ。それにあの時、ルナマリアを引き止めて保険として手元に置いておくべきだったわね。そうすれば、王妃問題は解決できたのに……


 私はそう思いながら王妃候補を選んでいると、真っ青な表情を浮かべた夫のジョージアが私の執務室に入ってきた。無能なジョージアがこんな表情をしている時はろくでもないことをした時である。

 私はジョージアを睨みつけると、怯えた表情になりながら喋りだした。


「貴族がブラクルー帝国に逃げ出してる。しかも、貴重品も根こそぎ持って出ていってるらしい」

「何ですって⁉︎」


 私は驚いて立ち上がると執務室の扉が勢いよく叩かれ、宰相の切羽詰まった声が聞こえてきた。


「王宮の前に沢山の平民が集まって金や食料を返せと騒いでます!」

「どういうこと⁉︎」


 私は急いで宰相を執務室に入れ説明させる。

 どうやら、貴族が自分の領地の資金や食料などを根こそぎ持ち出してブラクルー帝国に向かって行ってしまったらしい。

 するとゲルモンドも執務室に入って言ってきた。


「商人や職人はホワイト共和国に一斉に移動し始めてます。もしかしたらどちらかが仕掛けてくるかもしれないですね」

「まさか⁉︎ だってホワイト共和国はうちと友好関係を結んでいるし、ブラクルー帝国は私の親戚が治めてるのよ?」

「ホワイト共和国との友好関係を結んだのは娘のルナマリアです。そしてブラクルー帝国を押さえ込んでいたのはルナマリアの後ろ盾にいたラングモンド辺境伯です。もしかしたら噂が双方に流れたのかもしれません……」

「な、何ですって⁉︎」


 ホワイト共和国はルナマリアを王家が消したという噂を鵜呑みにしてこの国に攻めてくるって言うの?いや、実際、婚約破棄に散財、そして攫われた件を繋げてしまうと……


「……もしかして、ルナマリアがハロルド達の散財を注意していたみたいな噂が流れている?」


 私が恐る恐る聞くと、ゲルモンドは感情のない瞳で私を見ながら頷いた。


「ルナマリアが王家や貴族の生徒に色々と注意をしていた噂はかなり入ってきています」


 私はそれを聞き愕然とした。噂が信憑性を持ち出している。こちらを攻める口実ができているのだ。


 どうすれば良い?


 私は周りを見る。ジョージアは役に立たない。内政じゃないから宰相や他の連中も無理だ。ゲルモンド……ゲルモンドがいるじゃない!


 私の瞳に希望の火が灯る。


 外との交流も行うゲルモンド公爵家ならいけるじゃない!


「ゲルモンド公爵、この問題を解決する為に力を貸しなさい」


 私はこれで大丈夫だとほっとしていると、ゲルモンドは首を横に振る。


「……残念ながら、無理です」

「何故よ⁉︎」

「私の頭の中はルナマリアへの贖罪でいっぱいです。正直、何も思い浮かびません……。今日、ここに来たのも公爵位をお返しする為です」


 ゲルモンドはそう言って力なくフラフラと執務室から出て行ってしまった。もちろん、そんな事は許せない私はゲルモンドを追いかける。


「待ちなさい! これは王命よ!」


 私がそう言って呼び止めるとゲルモンドはゆっくりと振り向く。その瞬間、私は思わずヒュッと息を呑み込み後ずさってしまった。何故なら、死人の様に濁った瞳でゲルモンドが私を見てきたから。

 私が何も言えずに固まっているとゲルモンドは何も言わずに去っていってしまった。私は呆然としてしまいながら呟く。


「誰に相談すれば良いの……」


 しかし、その言葉に答えられる者はその場にはいなかったのだった。


 

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