蟹鍋

 水揚げされた蟹は、やはりカジトリが舵取りしている船に積み込まれ、トットリの地へ運び込まれた。


 これまでになく蟹の漁獲量が多かったので、トットリの地はお祭り騒ぎとなった。ウットリ、アゲアシトリ、イノチトリ、ウケトリ、オットリ、カイトリ、カキトリ、カリトリ、カルタトリ、キキトリ、キゲントリ、キリトリ、クミトリ、ケミストリ、ゴトリ、サトリ、シモトリ、シャッキントリ、シリトリ、ダレヒトリ、チリトリ、テトリアシトリ、テントリ、トシトリ、ニンキトリ、ヌキトリ、ネズミトリ、ネットリ、ノットリ、ハエトリ、ヒキトリ、ヒトリヒトリ、ベットリ、ボットリ、ホトリ、ポトリ、ミオトリ、ミトリ、ムコトリ、ムシトリ、メントリ、モノトリ、ヤケブトリ、ヤリトリ、ヤワラトリ、ユトリ、ユミトリ、ヨクブトリ、ヨメトリは、めいめい大漁を祝って踊り始めた。


 踊りに合わせて作曲家アラン・シルヴェストリがファンファーレを演奏し始めると、ますます鳥たちは大盛り上がりである。いつもは気難しく額に皺を寄せている哲学者のラ・メトリも、このときばかりは頬を緩め、上機嫌になっていた。トットリの地を治めるテンカトリ、その跡取りであるアトトリも、満足そうな表情を浮かべている。


 しかし何と言っても一番喜んでいたのは巨漢の鳥たち、すなわちスモウトリ、セキトリ、コブトリ、サケブトリ、ミズブトリ、ヨコブトリである。彼らは、まだ生きている蟹を目にしただけで、文字通りよく肥えた舌からじゅるりと唾液を滴らせ始めた。


 すべての蟹はいったん一箇所に集められた。冷蔵庫のような場所らしく、非常に冷えるが、凍えきってしまうほどではない。


 この冷蔵庫のような場所にはすでに蟹が何匹かいて、そのなかには本物のスコヤカニとノビヤカニもいた。寒さで震える二匹を抱き寄せ、ミヤビヤカニは息子たちと再会できたことをひとまず喜んだ。


 先にイ族とラ族が調理されることになったらしく、次々にイ族とラ族の蟹が調理台へと連行され始めた。ミヤビヤカニはそれを呆然と眺めることしかできなかった。


 他のヤ族の蟹は、イ族とラ族が調理台へと連れて行かれるのを見て、恐怖していた。いつも和やかにしていると評判のナゴヤカニでさえ、故郷の名古屋のことを思いながら恐怖に震えていた。いつも気分が華やかなはずのハナヤカニは華やかな気分になれず、ニコヤカニはにこやかではなく、オダヤカニは穏やかでなく、アザヤカニはちっとも鮮やかでなかった。ニギヤカニは、普段賑やかにしているのが嘘のように、黙りこくっていた。唯一、シメヤカニだけが、いつもの通り、しめやかにしていた。


 調理台へと連行される直前、シハイカニは、ミヤビヤカニにこう言った。「すまなかった。私が支配欲を剥き出しにしたばかりに、こんなことになってしまった。ヤ国に戦争を仕掛けたばかりに、イ族のみならずヤ族までも、一匹残らず鳥に捕らえられることになってしまった。本当にすまない。恨みたいなら、大いに恨むがいい。それだけのことをイ族はやったのだ」


 しかし、非常時においてもミヤビヤカニはあくまで雅やかであった。「ヤ族は、イ族を恨んだりはしない。謝っている暇があるならば、ここから全員が生きて海に帰るにはどうすればよいかに頭を使うのだ」


「いや、もう全員は無理だ。イ族の者はすでに何匹か鍋に放り込まれてしまったらしい。だから、ヤ族だけでも生き延びるのだ。鳥が、われわれイ族を食べている隙を狙って、逃げ延びるのだ」


 これがシハイカニの最後の言葉であった。ミヤビヤカニが「ああ、約束だ」と返答した次の瞬間、シハイカニはぐつぐつ煮立った鍋に放り込まれ、絶命した。


 イ族とラ族はすべて蟹鍋にされてしまい、瞬く間に鳥のお腹に収まっていく。


 この様子を見たミヤビヤカニは、打ち震えた。蟹が次々に加熱され、解体され、鳥の胃に収まっていく様子は、それはそれは恐ろしいものであった。

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