第27話 ダメ人間への道


 梅雨が明けた。


 そして一気に、雰囲気が夏に変わった。


「なんか最近熱いね」


「ですね。半袖がかなり快適です!」


「だね」


 沙希と並んで帰る。

 

 お互いブレザーからすっかりシャツになっていた。


「もうすぐ七月だもんな」


「時間の流れって、早いですね」


「ほんとそうだな。気づけば、沙希と会ってから三か月くらい経ってるんだもんな」


「もうそんなに! やっぱり、楽しい時間は過ぎるのが早いんですかね?」


「確かに、沙希と過ごす毎日は楽しいからな」


「……怜太さんは、素直すぎます」


「そう?」


「そうです!」


 まぁ確かに、嘘は言っていないが。


「怜太さん……手、繋ぎたいです」


「……いいよ」


「やったっ!」


 最近一緒に歩いているとき、手を繋ぐことが多くなったように思う。


 沙希は人肌が恋しいのだろうか。


 それかただ単に、手を繋ぐのが好きなのかもしれない。


「怜太さんの手って、白くて細いですけど、やっぱり男の子って感じがします」


「そうかな?」


「はい! 少しゴツゴツしてます」


「ちょ……沙希くすぐったいよ」


「……ふふっ、楽しいので、もっと触っちゃいます」


「俺の手触るの、そんなに楽しいの?」


「はい! なんというか、安心するんです」


「……そっか。じゃあ、好きなだけ触っていいよ」


「そ、そう言われると触るのが恥ずかしくなりますね……」


 急にぺたぺたと触るのをやめて、委縮する沙希。


 沙希はなかなかに照屋だ。


「ははっ、そうだと思った」


「れ、怜太さんの小悪魔!」


「それはこっちのセリフだよ?」


「っ~~~‼ その余裕はずるいです!」


「俺だって、沙希と触れ合うとき余裕があるわけじゃないよ?」


「そ、そうなんですか?」


「そりゃ、ね」


 俺は異性に対して免疫がない。


 意識しないようにと務めているが、それがかえって余裕をなくしていた。


「……じゃあ私たち、余裕ない者同士ですね」


「……そうだね」


 少し手を繋ぐのが気恥ずかしかったけど、結局家に着くまで手は繋いだままだった。





    ▽





 家について、沙希が掃除機をかけ始めた。


 俺はソファに座って小説を読みつつ、定期的に感謝の言葉を伝える。


「ほんとありがとう」


「ふふっ、怜太さんったら真面目ですね」


 次に沙希が洗濯物を取り込み、畳んでくれる。


「なんだろうこれ……あっ、ぱ……」


「どうしたの? 顔を真っ赤にさせて……って、それ俺の!」


「ご、ごめんなさい! み、見てません! 見てませんから!」


「それは苦しくない⁈」


「ひゃうぅ……」


 ある程度部屋が片付いたら、沙希がキッチンで料理を始める。


 何か手伝いたいなと思い、ふらりとキッチンに行くのだが。


「何か手伝えることある?」


「うーん……大丈夫です! 怜太さんはゆっくりしていてください!」


「わかった」


 俺はまたソファに戻って、テレビでも見ながらたまに沙希の方を見る。


 ……やっぱり可愛い。


 その後、ご飯を食べ終えると洗い物をする。


 これは共同作業だ。


 二人並んで台所で食器を洗うと、次はお風呂。


「怜太さん、もうお風呂沸きましたよ」


「そっか。じゃあ入ってくるね」


「いってらっしゃい!」


 ニコッと優しく微笑みながら、沙希が俺に手を振る。


 俺は軽く返して、風呂に入る。


 そして風呂から出ると、


「おかえりなさい」


 そう言われる。


「ただいま」


「さっ、怜太さん! こっちに来てください!」


「うん」


 ソファに座る沙希のところに行く。


 沙希が髪を乾かしてくれるのだ。


「やっぱり怜太さん、髪綺麗ですね」


「そう?」


「はい! 羨ましいなってすごい思います」


「沙希の方が綺麗だと思うけどね」


「そ、そうですかね?」


「間違いないよ」


「……ありがとうございましゅ」


 噛んだ。


「み、見ないでください! は、恥ずかしい……」


 乙女な沙希の表情を堪能して、沙希に誘導されるがまま沙希の膝の上へ。


「「ふぅ……」」


 ここで一息つく。


 一日の中で最も穏やかな時間だ。

 

 会話もなく、その時間を噛みしめていると、ふと思う。



「……俺、ダメ人間になってないか?」



「そうですかね?」


「なんというか、帰ってから特に何もしてないなって」


「そんなことはないと思いますけど」


「少なくとも、家事は何一つしてない」


「……べ、別にいいんじゃないですか?」


「いや、このままだと沙希がいなくなったときに俺は何もできない人間になってしまうんだよ」


 ずっと沙希がいるわけでもあるまいし。


 これは可及的速やかにどうにかしなければいけないだろう。


 そう思っていると、沙希が優しい表情を浮かべて言った。




「だったら、私がずっと怜太さんと一緒にいますよ?」




 時間が止まる。


 俺は思わず、温かな眼差しを向けてくる沙希に見入っていた。


 時間が経つにつれて、沙希の表情が崩れていく。


 気づけば沙希の顔は真っ赤になっていた。


「い、いや! そ、その、なんというか、え、ええと……忘れてください!」


 沙希が逃げるように、トイレに駆け込んだ。


「……何だったんだろう」


 全く頭が回らない俺だった。

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