神がおちた世界

兎飼なおと

第1章

第1話

「吠え…声は……こっち…から、聞こえ…るん…だよね?」


息切れしながら隣を並走する赤髪の男に確認を取ると、余裕の表情から無言で肯定が返ってきた。

森を横切るように走る街道を歩いていると、突然斧を持った少女とそれを追いかける魔狼の群れが目の前を横切り、見捨てる訳にも行かずこうして追いかけているのだが

──走り始めて数分

コルトは己の体力の無さを呪っていた。


「おいおい、大丈夫か?無理すんなよ、諦めてもいいんだぞ、なっ?」

「なに…いっ…てんだよ!」


あまりにダメそうな様子のコルトを見かねて諦めを提案してくるが、目の前の助けられるかもしれない命を諦めるなど出来ない。

そんな事は出来ない。

歯を食いしばってひた走るコルト。

……なんかやっぱダメな気がしてきた。


「ごっごめん!!先に…行って……ほしっ」


情けなさすぎて泣きたくなる。

ついでに隣から深いふかい溜息をつかれた。


「しょうのないやつだ全く、頑張れよ」


そう言って男は頭を下げ一気に加速すると、あっという間にコルトを引き離してしまう。


「たの…んだ!!」


男の姿はすでに見えなくなっていた。







──アンネリッタは焦っていた。

最近、村の傍の森で魔狼が出没するようになった。

今までも時々ハグレが迷い込むことはあったが、ここのところ頻繁に目撃され商人に被害も出始めている事から住み着いたのではという話になったのだ。

調査か駆除を教会に依頼したが、辺境な上にこれと言って重要な地域でもないため人員が回ってこない。

村全体で協力して討伐出来ないかと話合ったが、まだ直接村人に被害が出たわけではないのでいまいち反応が悪い。

仕方なく一人で森に入ったのだが、まさかこんなに大量に住み着いているとは思わなかった。

十分に気を付けていたつもりだったが甘かった。

あっという間に囲まれてしまった。

なんとか突破して2,3匹は殺せたが、それで完全に相手を怒らせてしまったらしく、現在こうして追われている状況だ。

こんなところで死ぬわけには行かない。

近々幼馴染に子供が生まれる。

そのためのお祝いを盛大にやろうって約束した。

いつまでもこのまま逃げているわけにはいかない、魔力もそろそろ尽きてしまう。


「あぁもう、クソが!やってやる!」


当然急停止した少女に魔狼の集団も止まり、様子を伺いながらゆっくりと取り囲み始める。

魔狼の数は7。

思ったより少ないが、相手をするには多すぎる。

途中街道に出たときに人がいた気がするが、何匹かそっちに向かったのだろうか。

それなら悪いことをしたと思うが、歩いていれば魔物に襲われるなんて事は当たり前だ。

運が悪かったと思ってもらおう。

斧を持ち直し構えた。

手足に魔力を集中させ、呼吸を整える。

──その時だ。

飛んできた火球が魔狼を1匹焼いた。

驚いて視線を上げると剣を抜いた男が火球をもう1つ投擲するところだった。

魔狼がもう1匹焼けた。

不意打ちで仲間を殺された魔狼の注意が男に向き一斉に襲いかかる。

男はとくに焦りもせず適当に剣をなぐと先ず1匹。

次に横からの魔狼を火球で焼き飛ばし、1匹目の剣の軌道のまま逆サイドの1匹を切り捨てた。

あっという間に5匹の仲間を失った残りの2匹は後ずさり、男が近づく素振りを見せると一目散に逃げ出した。

瞬きのような間だった。

流れるように鮮やかに魔狼を制圧した男に呆気にとられた。


「………」

「………」


お互い無言で立ち尽くすが、男が剣を鞘に戻した事で我に帰る。


「あっ、ありがとう。助かっ」

「相手を選べ」


不愛想にあっさりと踵を返した男に慌てて待って欲しいと声を掛けた。

明らかにめんどくさそうに男が振り返る。


「あんた強いんだな!それでその、助けてもらった礼がしたい!!」

「いらん」

「えぇ!?」


即答で拒否された。

あまりにも迷いのない即答に面食らってしまったが、あんなにあっさり魔狼を撃退した貴重な戦力を逃がすわけには行かない。

魔狼はまだ残っている。


「近くの村に住んでるんだ!食事はあまり豪勢なものは用意出来ないが、屋根付きの寝る場所くらいは提供できる!!」

「いらん」


話はそれだけか?という感じで背を向ける取り付く島のない男の行く手を阻むように立ちふさがってみるが、それでも男は歩みを止めない。

なんか腹が立ってきた。






置いていかれたコルトは酸欠で朦朧としながらも気合で何とか走っていた。

魔力で身体強化が出来れば良かったのだが、放出はともかく肉体に作用させる方面はどうしても昔から苦手だった。

このままでは自分で少女を助けると言ったのに有言不実行になってしまう。

その時、前方から肉の焼ける臭いが漂ってきた。

少女の髪色は一瞬だったが青系だった。

魔狼も火を吹く種ではない。

なら自分を置いて先行した男、ルーカスだろう。

間に合っただろうか。

そう距離は遠くない、最後の力を振り絞って走った。

そして…


「人の親切は素直に受け取ったらどうだ!?」

「押し売りすんな」


何故かルーカスと少女は言い争いをしていた。

呼吸を整えて話しかける。


「えぇと、何争ってんの?」


突然現れたコルトに少女はギョッとし、ルーカスはおぉとこちらを振り返った。


「お早いご到着だ、目標は達成したぞ」

「あぁ、うん、ありがとう。それで何を争って」

「きみ、こいつの仲間!?」


少女がめちゃくちゃ食い気味に寄って来た、ちょっと怖い。


「そっそうだよ。それより、君が無事で何よりだよ。魔狼の数がちょっと多かったから、間に合わないんじゃないかって心配だったんだ。」


笑顔で少女の無事を喜ぶと、両手を取られた。


「ありがとう、ホント助かった!まさに生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだよ!間一髪のところで助けてもらってもう何て感謝したらいいか分からない!でも礼がしたいんだ、今晩泊まるところは決まって、グエッ」

「うるさいぞ」


少女にまくし立てられドン引きしていたところをルーカスが無理やり少女を引き剥がす。

助かった。

顔も近くてちょっと困った……。

首根っこを捕まれて引き剥がされた少女はちょっと落ち着いたのか、申し訳なさそうにこちらを見つつ、ルーカスを軽く睨んでいる。

そんな少女をどこ吹く風で受け流してるルーカスは乱雑に少女を投げ捨てた。


「コルト、こんなのほっといてさっさと街道に戻るぞ」


諦めない少女はさらに縋りつく。


「待ってくれ!礼だけでも!」

「しつこい」


迷惑そうに少女を乱暴に振りほどこうとするので、コルトも慌てて二人のあいだに入る。


「落ち着いてよ!そんな邪険にすることないじゃないか」


必死に宥めると可哀そうなものを見る目で見下ろされた。

なんでだ。


「……あのな、そんな暇はないだろ?」

「……そうだけど………」


ルーカスは本日2度目の深いため息をついた。

でもこんな必死そうな少女を、暇じゃないので!とそのまま捨て置くのはどうかと思う。

話を聞くくらいの時間はあるのではないだろうか。


「弱っちいくせに一人で森をうろついて追い回されてるようなアホだぞ。絶対これの残党狩りを手伝えとかそんなんだろ」


少女がしゃがみ込んで頭を抱えた。

当たってるらしい。


「凄いね、よく分かったね」

「なんで分かんねぇの!?」


行くぞ、とルーカスが引っ張るがコルトは踏ん張って抵抗する。

少女をこのまま森に一人では放っておけないし、残党がいるならきっともっと多くの人が困ってる事になる。

そんなの見過ごせない。

だが、この薄情な連れはそんな理由では納得しないだろう。

今も勘弁してくれという顔でこちらを見ている。

コルトは少女に向き直った。


「あのさ、僕たち来たばっかで今夜泊まるところがないんだ。魔物退治と引き換えにしばらく泊まってもいいかな?」


今度はルーカスが頭を抱えた。


「魔狼退治引き受けてくれるのか!?」

「ほっとけないしいいよ」

「ありがとう!泊まるところは任せてくれ、村にいくつか空き家がある」


目を輝かせて元気になった少女にコルトは手を差し出す。

抵抗なく手を取って立ち上がった少女の案内で、村を目指すことになった。

倒した魔狼はあとで回収するとの事で、一度街道に出る。


「僕はコルト、そっちのイライラしてるのはルーカス。僕たち旅をしてるんだ」

「私はアンネリッタ、みんなアンリって呼んでる。タビ?商人の一種か?」

「…えぇと…それは……」

「俺たちは捨て子なんだよ、どこにも馴染めねぇから色々歩き回ってんだ」

「あぁうんそうなんだよ!」

「あぁ、ナガレか。なんで教会に保護してもらわなかったんだ?」

「人里離れたところに捨てられたからな」

「よく生きて来れたな」


滑らかに嘘が飛び出るルーカスに関心していると、ひっそりとどつかれた。


「それにしても強いな、魔狼の群れをあっさり倒すなんて。上級討伐員だったりするのか?」

「違う」「ジョウキュウ…トウバツイン?」

「えっ?知らないのか!?どっから来たんだよお前ら」


またルーカスにどつかれた、ごめん…。


「あんまり街には寄り付いてねぇ、だから仕組みもよく分かってねぇ」

「お前らホントは盗賊だったりしないか?」

「魔物の群れにぶち込むぞ」

「悪い悪い、討伐員ってのは教会所属の魔物専門の狩人だよ。強いやつは教会直属になってかなりいい暮らしが出来るって聞いてる。そんだけ強けりゃいけんじゃないか?」

「人材不足だろ」

「2年前の大戦でここら辺の強いのが大体死んだんだよ」


ドキッとする。

ルーカスを見ると真顔で正面を向いていて感情が読み取れない。

だがさりげなくルーカスがコルトと場所を入れ替えてアンリの隣になるような配置になった。


「壁の悪魔ども、砦ぶっ壊して生き埋めなんて酷ぇ事しやがる。……村の奴らも何人か駆り出されたんだが、帰ってこなかったよ」


悔しそうに唇を噛むアンリ。


「アンリも誰か帰りを待ってたの?」

「……両親と旦那がいた」

「………そっか、不躾だったごめんね」


素直に謝ると気にするなとアンリは薄く笑う。

空気を読まないのはルーカスだ。


「壁の悪魔ってなんだ?」

「知らないのか!?ホントどっから来たんだ。壁の悪魔ってのは東にいる邪神を崇める異端者連中のことだ。巨大な壁の向こう側にいるからそう呼んでる。大昔の教会の偉いやつらがなんとか封じ込めたんだってさ。それ以来こっちに攻めてくんだ」

「じゃあ2年前の大戦っていうのは」

「悪魔どもの大規模な駆除作戦だよ。結果は砦を1つと中級以上の討伐員を大勢失った。魔物との戦いもあるってのにさ………」

「………………」

「魔物専門のやつを人間の戦争に突っ込むとかバカだろ」

「なに言ってんだお前!あいつらは悪魔だ、人間じゃねぇ化け物だ!邪神崇めてこの世界を壊そうとしてる化け物だ!みんな家族を守るために戦ったんだ!」


本気の怒りを見せるアンリのあまりの剣幕に驚いた。


「……ごっ、ごめんなさい!僕たち何も知らないのに適当なこと言って……本当に、ごめんなさい」


コルトの必死に謝る様子に、アンリも怒りが冷えきまりが悪いのか、こちらこそごめんと謝った。

余計な一言のルーカスも流石にばつが悪かったのか、大人しく謝っている。


「その様子だと西の大陸のほうとかから来たんだろ、なら知らなくてもしょうがないよな」

「…あぁっ、うん!……そうなんだ!」

「西は逆に人型の魔物の襲撃が多いって聞いてるな」

「えぇと、うん!そうだね!」

「そのせいで親無しが結構いる、俺らもその口だ」


挙動不審をアンリに怪しまれる前にルーカスが入ってきてくれて助かった。


「そっかお前らもか。……一緒なんだな」


全く違うので物凄く申し訳ない。

ただ勘違いを訂正するわけにもいかないので、村に行くまでの間怪しまれないかそればっかり気にしてしまい、ルーカスに情けないものを見る目で見られてしまった。

相談せずに勝手に村に泊まると決めたのは失敗だったかもしれない

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