DAY1-<2>

 そんな一幕の後。いったん事務所に必要な道具などを取りに戻ってから八幡邸に出戻る頃には、すでに日は沈み始め窓から差し込む日の色も黄昏色になりつつあった。

客間に通されてひと心地ついている東郷に、茶を淹れてきたヤスが戻ってくると困惑げな表情で呟く。


「あの、カシラ……本気でこの家泊まるんスか? 仕事とかどうするんスか」


「ちょうどここ三日は暇でな。せいぜい電話やオンラインでケリのつく仕事だけだ。問題ねえよ」


「で、でも……やめといた方がいいッスよ。わざわざこんなことしなくても……」


「この物件を差し押さえるなら、何にせよ下調べは必要だろ。もしも問題のある物件だったら、返済額に見合わねえで大損こく可能性だってあるんだ」


 東郷のそんな返事に、けれどなおも苦々しい表情のヤス。ヤクザの世界において、下っ端に過ぎないヤスがここまで食い下がってくるなど許されることではないのだが――だからこそ東郷は、鋭く目を細めて続ける。


「そういや来る前も、気分が悪いだとか何とか言ってたな。『除霊師の一族』の勘って奴か? ならそれはそれで、せいぜい頼りにさせてもらうさ」


「カシラ……」


 そんなことを言っていると、別室で作業をしていたコイカワとリュウジがふすまを開けて戻ってきた。

 かん、と襖の閉まる音を響かせながら、コイカワが報告を上げる。


「カシラ、カメラの用意、全部終わりました!」


「一階の居間と風呂場、廊下と仏間と台所、あと便所の前と外の庭。二階の廊下と美月嬢の部屋――これで良かったか、カシラ」


「おう、ご苦労だったな、二人とも」


 彼らに任せたのは、ビデオカメラの設置。今回泊まり込むにあたって、何らかの異変を察知するため家中にビデオカメラを仕掛けて観測することにしたのだ。

 ちなみに美月の部屋については最初は拒絶されたのだが、「夜間、寝ている間だけ」という条件でどうにか納得させた。


「盗聴器の方は」


「とりあえず居間と廊下に仕込みました! でもカシラ、こっちは家主に言ってないんですけど……立派な“犯罪ケイハン”では?」


「何も録れてなきゃデータ消すんだからいいんだよ」


「なるほど、さすがカシラ! へへ、なんか『パラノーマル・ア○ティビティ』みたいでワクワクしますねェ!」


 もちろん犯罪なので、皆さんは絶対に他人の家に無断で盗聴器を仕掛けるのはやめましょう。

 ……それはさておき、コイカワも肩をもみほぐしながら部屋の端に座り、小さなため息をついた。


「にしてもこの家、なんつーか薄気味悪いですわ。電灯は点いてるけど妙に薄暗いし、歩く度にギシギシ床は鳴るし……」


「古そうな家だ、こんなものだろう。極道のくせに気の小さい奴だな、お前は」


「でもよう、リュウジのアニキ。あの仏間とかも――壁にいっぱい、変な痕があったじゃないですか」


「変な痕? なんだそりゃ」


 そんなことを言うコイカワに、東郷は眉根を寄せて問う。


「なんつーか、壁にいっぱい、四角い痕があって。こう……写真の額くらいの大きさのが、いくつも」


「前の住人がなんか飾ってたんじゃねえのか。不思議なことじゃないだろ」


「まあ、そうなんすけど……」


 口ごもるコイカワに、東郷は肩をすくめる。ヤクザのくせに妙に小心者なのは困りものだ。……警戒心が高いという意味では美点でもあるが。

そんなことを考えつつ、スーツの上着を脱いで畳の上に寝転がると東郷は目を閉じた。


「じゃあ、俺は夜まで寝てるからよ。何かあったらお前ら、起こしてくれや」


 言い終わる頃にはすでに東郷は寝息を立てていて。そんな彼を見ながら、コイカワはやや引き気味の表情で呟く。


「よくこんな気味の悪い家で寝られますね、カシラ……」


「そりゃあ何年か前のデカい抗争で白鞘一本で一つの組を潰したっていう伝説の『経極の白虎』ッスから! ……リュウジさんもその時一緒にいたんスよね」


 部屋の端で無言であぐらをかいていたリュウジに話を振るヤス。するとリュウジはこくりと小さく頷いた。


「まだ天川組が前組長だった頃のことだ。その頃はよそのデカい組との抗争の真っ只中だったんだが――あの時のカシラは本当に、とんでもなかった」


 珍しく饒舌に、語り始めるリュウジ。


「カシラ以外にも俺と何人か、若衆がついていったんだが――『お前らまでタマ捨てる必要はねえ』っつって一人で正面から突入してな。結局中に詰めてた組員百人、白鞘一本で全員斬り殺したんだ」


「「……マジっスか」」


 ドン引きするヤスとコイカワに、静かに頷くリュウジ。寡黙な彼は、余計な嘘をつくことのない男――そんな彼が言っている以上、冗談の類ではなさそうだった。


「とんでもない人なんですねェ……いや、もちろん前から“尊敬しミアゲ”てましたけど」


「間違っても寝首をかこうとか考えるなよ。無論、俺が絶対に許さんが――何よりカシラはそういう敵意に敏感な方だ。昔、カシラが寝てる時に他組の鉄砲玉が押し入ってきたことがあったんだが……その時も返り討ちにしたのはカシラ本人だった」


「……間違ってもそんなこと考えないようにしますわ」


 青ざめながら呟くコイカワ。すると、その時のことだった。

 ぱちりと、熟睡していた東郷が急に目を開けて起き上がって、コイカワとヤスは飛び上がって後ずさる。


「ひっ、べべべ別に俺らカシラに何かしようとか思ってないッスよ!?」


「そうですそうです! だからどうか、どうかお助けっ……」


「――おい、お前ら。そこの襖、開けっ放しにしてたか?」


 東郷の指摘に、一同の視線が一斉に、客間と廊下とを隔てている襖へと集まる。

 するとその襖が――わずか数センチほど、開いていた。


「あー、すんません。オレ、閉めたと思ったんすけどォ……ちょっと開いてましたわ」


「内輪の話する時は戸は閉めろっていつも言ってんだろうが。殺すぞ」


 頭をかきながら襖をぴっちりと閉じるコイカワに東郷は小さくため息をついて、再び腕を枕にして横になる。


――そしてその夜。

 家の中に響いた悲鳴で、東郷は再び目を覚ますことになる。

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