第2話 [旅のはじまり]

[旅のはじまり]



ホーム先端で、入線してきた車両を待っていた私を

重々しいレール・ジョイントの音と地響きが通過する。


往き過ぎる車両を目で追いながら、心は既に東北路の旅へと。



高揚していた気持ちに、駅員のアナウンスが上野らしい雰囲気で。



....寝台特急はくつる81号、青森ゆきとなります、電車到着しても

ドアに触れないでください、ドアは自動で開きます。

この列車は全車指定席です、指定券寝台券お持ちでない方

車内にお入りにならないで下さい..



と、にぎやかで句読点を打てないような語調で独特のアナウンスが。

これも上野らしさを感じる。



出発時刻まではまだ間があるが、正統な夜行特急らしく余裕を持った入線。

よい雰囲気である。


もっとも、上野駅の主役が583系、485系であった当時は

特急列車の往来が多かったためにそれほど余裕のある入線時刻ではなかったようだが。




-----「メモ 形式番号」-------

さて、先程から583、485などと言っているこれは、列車の形式名称の事で

国鉄時代に決められた分類に従って決められた呼称。

三桁の番号のうち、最初の数が電源形式、次が用途、最後の数は製作番号。

583、といえば交直流、特急用電車で、2番目に製作された、という事になる。

なぜ3なのに2番目か、といえば、通常1から始まり、次が3になり

偶数形式はその編成に含まれるからで、583の前には581系がある、という事になる。

---------*-----------





8月半ばの上野駅地平ホームは暑く、夜9時というのに涼しくなる気配もない。

階上を高架ホームに塞がれた形の行き止まり式ホームだから、風が抜けて行かない

こともあるのだろう。


作業服姿にヘルメットの職員が、暑そうな顔をして歩き過ぎてゆく。






[あの頃のように]



綺麗に磨かれたプラットホームの滑らかな感触を靴裏に感じながら車両の方へと歩く。

迫力のあるフェイスのクハネ583がその姿を見せる。



正面、中央には列車名表示、イラストと文字で「はくつる」とある。

この表示も国鉄時代、当初は文字だけであった。

如何にも官製、というイメージだったが、後に絵入りのマークとなった。


本来は他の列車と連結するために正面は扉構造で、中央で分割されるようになっていた。

しかし、もともと13連の列車であったため使用する機会が無く

東北の厳寒に乗務員が耐えかねたためにこの扉は埋められた、と聞く。

新製当時からこの扉、裏側からガムテープで塞いであったようであるから

隙間風の侵入がかなりのものであった事が伺われる。


高速で進行する車両の先端がほぼ垂直の壁で、そこにスリットがあれば

まあ、換気口になってしまうであろう事は容易に予測できるが

乗務員の作業環境より、効率を優先したあたりも当時の雰囲気を思わせる。

その時代、日本全体が経済発展に突っ走っていた頃。

もとより寝台で夜間に移動する列車がなぜ平日に多数往来していたかと言えば

利用者の多くが用務、会社などの出張などの用途であり、昼間は仕事、移動は夜、

というスケジュールを当然と受けとめていたようなその頃、モーレツ、と言われた時代

背景があっての事である。


この車両、583系もまた世界に例のない寝台/座席兼用列車であり、

昼間は座席列車として働き、夜は寝台列車として働くという

その時代、経済効率の追求から生まれたアイデアの結晶のような車両であり

日本経済を支えた存在のひとつである事はやはり事実であろう。

そして、役割を終えた今、静かな余生を送っている彼らに

往年の輝きを思わせる舞台、それが「はくつる」仕業だ。


堂々たる編成で上野駅14番ホームに停車している583系はくつる81号。

彼に華やかなフラッシュが焚かれている....


クハネ583、先頭車両の次は電動車モハネ583だ。



この編成では一両だけグリーン車、座席車両が連結されている。

新製当時、A寝台を製作するかどうか考慮したが

昼間時にボックス席では昼行特急としては見劣りがするという理由で

オールモノクラス、B寝台として製作されたと聞く。

上等車両は座席車として製作されたが、

近距離客などの飛び込み使用などもよくある話だ。

寝台料金よりもグリーン料金の方が安いからだが、もちろん寝台は二重使用が

できないので座席車を連結する事はその点、好ましく思える。

後のJR西日本「きたぐに」なども583系だが、急行、という事もあってか

A寝台車に改造された車両が使用されているが、寝台高さが確保された2段式寝台

となっている。






-------[メモ]----------

[クハネ、モハネ]


これも国鉄時代の客車区分で、「ク」は運転台のある車両のこと。

「ハ」は等級で、普通車のこと。

イ・ロ・ハで3番目。

「ロ」がグリーン車。では「イ」は、と言えばこれは皇族などの貴賓車に使われた等級。

最後の「ネ」は寝台車の事。「寝る」の意味だろう。

このような解りやすい分類記号がいろはにほえどちりぬるを、

という日本的な順序なのはいかにも古式ゆかしい感じがし、

今となっては古くて新しい。

--------*----------





全車指定席列車だからかつてのように何時間も前から並ぶ必要はない。

ホームに新聞紙を敷いて列車の到着を待っていたのはもう過日のこと...

まあ、その代わりに指定席券確保のために発売日に「みどりの窓口」に並ぶ

のだから似たようなものだが...


かつてはこの583はくつる、食堂車も連結されていた。

同じ編成のゆうづる(常磐線経由)では営業されていなかったような記憶があるが

はくつる号では営業していたので、短距離乗車で、食堂車で夕食...

などというビジネス客の需要もあったようだ。


食堂車での食事というのも新鮮でまた良いもので

寝台列車で夜を過ごした後の朝、食堂車での朝食となれば格別の思いだろう。

私なども記憶の彼方の20系「さくら」のスープの味、などは今でも感慨を持って想起される。

今の子供たちにもそういう経験をさせてあげたい、と思いながらプラット・ホームを

東京方へ向かって歩くと、家族連れが数組、デッキを昇ってゆく。

手を引かれた幼い男の子は瞳、輝かせ...

ブルーの塗装に手を触れながら。



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