Bandism!!~バンディズム~楠第一高校軽音楽部は今日も元気です

クレポン

第1話 新しい風

夏の暑さも和らぐ9月前半、父の車に揺られながら新天地についた僕は早速危機を迎えていた。

「軽音楽部入らない?」

目の前のこの元気150%人間をどうするか悩みながら出した結論は、「見学からでお願いします…」だった。



うららかとは言えない、まだ暑さの残る9月に転校した僕の目に映る人、人、人。橘第一に来ての第一印象は『デカい』だった。

デカい校舎にデカい体育館、デカいグラウンドととにかく規格外なのがこの高校の特徴。なはず。京都の片田舎から引っ越してきた僕としては、都会の景色も道幅も、全てが大きく見えたのだろう。


「…いやそんな訳ないわ。やっぱデケえわ。」

だって始業式で入った体育館なんてバレーコートとバスケットコートが3面ずつ取れるとかデカすぎだろこの高校。距離感バグるわ。あと単純に人が多い。

大阪まで車で1時間のベットタウン、N市に居を構えるこの楠第一高校はおよそ3ヘクタールほどにもなるらしい。実に転校前の高校の4倍に近い大きさなのだから驚きだ。

嫌に広い敷地に心の中で呪詛を唱えながら歩くと、転入するクラスの前へついた。担任の先生に促されるまま教室へ入る。


何かを期待する目の集団砲火を浴びる。好奇の目で見るヤツ、舐めるように品定めするようにジロジロ見るヤツ、はたまた「興味ない」とでも言い出しそうな顔をしながらちらちら見てくるヤツ。

大方予想通りの展開にため息をつき、促されるままに自己紹介をする。


「…赤城和久あかぎかずひさです。趣味はないです。好きなものは…すみませんないです。よろしくお願いします。」

つまらないかもしれないが本当のことなのだから仕方がない。すまんな期待してた名もなきクラスメート達よ。


自己紹介の後は流れ作業のごとく後ろの席へご案内。自己紹介で見限られたのか人だかりはできずに授業へ。



なんで教師の話ってあんなに眠くなるんだろうね。夜寝る前に横で授業してくんねーかな。



睡魔と仲良くランデブーを楽しんでいるとあっという間に昼休みになった。当然ボッチ飯で寂しいがまあ仕方ない。交流をしたがらない転校生なんてこんなもんよなーなんて達観していると、近づいてくる人影が一つ。

「ねえ転校生君!高校楽しい?」

…いったい誰だ。名を名乗れ。

「あの、誰?」

「え、知らなかったっけ?同じクラスなんだけど。」

まあいいやとはにかむと

「俺、黄浅巧きあさたくみってんだ。ヨロシク!」

「あー、ヨロシク。」

差し出された手を軽く握り返す。なんか指先固いなこいつ。


「んで、僕に何の用?見たところカツアゲとかじゃないのはわかるけど。」

「も~カツアゲなんてしないよ!そんなヒトデナシみたいな目で僕を見ないでよ。で、えーと、そうそう。学校慣れた?楽しい?」

「慣れないし楽しいわけないだろ。なんだよこの広さおかしいだろ。」

「ここ、元々ちっちゃな丘だったところを切り開いたんだって。」

へー。知ったところでどうなるんだその情報。


「いや、こんな話をしに来たんじゃないの!ねえねえ、キミ部活何入るか決めた?」

何かと思ったら勧誘だったらしい。

「まだ決めてない。入る気すらない。」

「あそっか、知らないのか。」

黄浅…とかいうヤツはしまったと頭をたたくと、

「ウチの学校、部活強制参加なんだよね、だからなんか入んないといけないんだよ。」


…冗談きついぜ。


「それでさ、軽音部入らない?今人数あんまいなくてさ、先輩達が引退すると結構きついんだよね。だから、どう!?」

こいつ軽音部だったのか。こういうヤツはテニスとかだと思ってたわ。というか―

「軽音部って、人気なイメージあるんだが。アニメの題材にもなったりするぐらいだし。」

「いやそれがさぁ、ほらウチの学校ってグラウンド広いしトレーニング機材も充実してるし、なんせスポーツに力入れてるじゃん?だから入学してくる人って基本体育会系の運動部に入るやつが多いんだよね。そんな理由で文化部の数も少なけりゃ部員も少ないって訳よ。」

「なるほど確かにあのグラウンドなら野球サッカー陸上が一気に練習できるもんな。そりゃあ部活頑張りたい人はここ来るか。」

「でしょでしょ!?だから文化部って勧誘の時結構目が血走ってるんだよね…」

まあそういうウチも似たようなもんなんだけどさ。と笑う黄浅は続けて話す。

「だからさお願い!最悪名前だけでもいいから、軽音部に入部してくんない?」

両手を合わせた黄浅はそう言うと、ペコリと頭を下げてきた。


「ほかの部の雰囲気を見てから一番良かったところにするよ。運動部はパスで。」


僕がそう返すと黄浅は苦笑いして「いやぁ…それはやめといたほうがいいと思うよ?」と言ってきた。

何故と問いただす間もなく理由は分かった。



教室のドアが開き血走った目の生徒達が雪崩れ込んでくる。

「転校生を探せぇぇぇえ!!」「隠れてないで出てこぉい!」

口々にそんなことを言い、廊下から入ってきた彼らはひ弱そうな腕にゾンビかと思わせる青白い肌をしている。身体的特徴からこのゾンビーズは文化部の人間なのだろうと一瞬でわかった。


「ね?わかったでしょ?だからさ、」

僕の目を見て黄浅は言う。


「軽音楽部入らない?」




「見学からでお願いします…」

そう答えるしかなかった…

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