生きているから遊びたい。

みらいつりびと

第1話 白岩集落

 廃墟や荒地が好きだ。日光東照宮や伊勢神宮や松山城などの名所旧跡は確かに美しく、観光していて楽しい。しかし僕は街中でよくある空き家にも観光地と同じかそれ以上に見入ってしまうのである。壁のペンキがところどころ剥げていて窓に板が打ち付けられていて庭が草ぼうぼうだったりすると、何かが心の琴線に触れて、ぼうっと眺めてしまう。

 富士山は遠くから見ると美しい。実際に登ってみると、山頂付近は草ひとつ生えていない岩と砂だけの死の土地だ。しかしそれを見ていると、月面もこんな感じだろうかと想いを馳せたりして、心が震える。

 このような心象を持つ人は少数派かもしれないが、理解してくれる人もいるのではないかと思う。廃墟写真集がたくさん出版されているし、軍艦島は人気のある観光地らしい。

 サハラ砂漠はかなり生き物が少ない土地だが、その写真や映像に心惹かれる人は多いと思う。そんな巨大砂漠でなくても、荒れ果てた耕作放棄地を見ると、物寂しい美を感じる。無常感? 侘び寂び? ちょっとちがう。うまいことばが見つけられない。空漠とした自らの心象風景を現実に見つけて感動するのかもしれない。

 というわけで、日帰りで行ける廃墟へ行こうと思い立った。関東の廃墟をネットで調べて、埼玉県飯能市にある白岩集落に目を付けた。

 3月上旬のまだ寒い曇りの日の早朝に出発。

 僕は飯能の駅前から名郷行きのバスに乗った。車内で「ヤマノススメの葵からお願いがあります」という放送が流れたので、ご当地アニメ!とはっとして耳を傾けた。車窓からはところどころで満開の梅林が見られた。

 終点で降りて、鳥首峠の登山道入口へ向かってアスファルト道を歩き始める。鳥首峠登山道の途中に今回の目的地、白岩集落がある。

 澄んだ水が流れる美しい渓流沿いの道を行く。僕は自然の美しさに見惚れてしまう。二つのキャンプ場の横を通り過ぎる。テントと焚き火がいくつか見える。緩い登り坂を30分ほど歩いて、登山道入口に着いた。

「白石集落跡」の説明看板があった。昭和25年頃には、23軒の家々が、鳥首峠への山道に沿って並び、上白岩、下白岩の2集落を作っていた。地域の暮らしは林業が中心で、炭焼きが盛んだった。秋には「甘酒祭り」が行われていた。時代の変化と共に移転が進み、昭和60年以降無人となった、というようなことが書いてある。

 この看板設置場所から先は完全な山道なので、行きたい人は登山靴を履いて登ってほしい。登山の難易度は初級ぐらい。それなりに登山の装備を整えれば初心者でも行けるけれど、気をつけてくださいね。

 山道の途中、朽ちかけた歩行禁止の木造橋があり、ちょっとだけ迂回する。30分程度登って、白岩集落の1軒めの廃屋が見えた。小さな平屋だ。ここではスマホは圏外を表示している。

 土砂で家の一部が埋まっていて、冷蔵庫の上半分が砂の上に姿を見せている。しっかりと台所が残っていて、シンクは洗いかけのような食器でいっぱいになっている。いったいどうしてこんな状態で、この家から住人が去ったのか不思議だ。家財道具を持って引っ越したのではないのか?

 シンクの上にパロマのガス湯沸器がある。ここまでプロパンガスを運んでいたのかと驚く。隣に建つ付属の小屋の中には苔の生えたブラウン管テレビがあった。庭には割れた食器が散乱し、おもちゃのラジコンカーが落ちていた。裏庭には鉄のブランコまである。この狭い家で親と子が暮らしていた証拠が完全に残っている。

 2軒めの家は潰れ、枯葉に覆われた屋根だけが見えた。針の止まった時計が落ちていた。

 3軒めは木材の残骸だけになっている。

 小道を少し歩く。赤いペンキが塗られた消火栓が立っている。汚れて半分灰色になっている。

 4軒めはやや大きな2階建ての家で、僕が参考にしたネットの記事によると、大型の車のおもちゃが縁側に残っていて、それを見るためだけに白岩集落を訪れる廃墟マニアがいるほど有名なものらしい。残念ながら車のおもちゃはなくなっていた。誰かが盗んだのかもしれない。その家の中には仏壇や壊れたミシンが残っていた。

 僕にとって何よりも衝撃的だったのは、なんだかわからない家具の上に、「れもん白書」という少女漫画の第2巻が置いてあったことだ。アマゾンの記事によると、吉田まゆみの傑作ラブコメとのこと。発売日は1979年8月22日。この家にラブコメを読んでいた少女が確かに住んでいたのだ。その少女漫画が僕に当時の様子を生々しく想像させた。高校から帰った少女が制服からラフな格好に着替えて、畳に横たわりながら、「れもん白書」を読む・・・。

 5軒めも2階建ての家。当時は立派な造りだったのだろうが、壁が砕けかけていて、剥き出しの漆喰が物悲しい。家の中に羽子板があり、そこに描いてある女性の顔が不気味に見える。

 6軒めは小さなトタン屋根の家で、トタンが一部破れている。

 僕が確認できたのはこの6軒だ。最初に僕は廃墟や荒地が好きな理由は、無常感とはちょっとちがうと書いた。しかしこの廃集落を見て感想をひと言で述べるとなると、一番適切なのはやはり「無常感」だ。確かにここで生きていたはずの人々が今は消え去ってしまっている。しかしその生活の痕跡は、まだしっかりと残っている。すべては移ろう。万物は流転する。

 廃墟と遺跡の大きなちがいは、人がいた気配の濃淡だと思う。廃墟には住人の痕跡が色濃く残っていて、胸が締め付けられる。悲しくもあるのだが、堪らなく惹かれてしまう。なんなのだろう、この感情は。廃墟マニアの方に教えてもらいたい。

 白岩集落跡、一見の価値はあります。ただし、危険だから廃屋の中には入ってはいけないない。いつ崩れても不思議ではない。外から見ても十分にその魅力を堪能できる。〈廃墟見物は危険を伴います。立入禁止の看板がなくても、入らないでください。死亡事故も起きているようです〉

 僕は登山が好きなので、そのまま山道を登って、鳥首峠まで足を延ばした。白岩集落から先は難易度が上がって、痩せた登坂道もあって滑落危険。どうせここまで来たのだから登りたいという登山が好きな方にだけおすすめする。鳥首峠の標高は953メートル。展望はごくふつうだ。

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