幕末陰陽傳 白狐舞

猛士

第1話 狐雪舞


 まるで刃のような風だった。


 山頂から吹き降ろす風はあまりに冷たく、斬りつけられたように頬が痛い。

 そんな風に捲き上げられ、粉のような雪がきらきらと舞いあがる。

 一面に広がる雪嶺。

 それでも、どこまでも遠く抜けるような蒼天が、寒さを忘れさせるような清々しさを感じさせた。


 ぎらり――と、瞬く太陽が、眼に眩しい。

 だが、そんな碧々とした空の下には、血のように朱い鳥居がそびえていた。

 まるで山頂へ向かうものを異界へと誘うように、大小さまざまな鳥居が、頂に向かい延々と続いている。

 

 蒼。

 碧。

 白。

 朱。

 

 この世の物とも思えぬ色彩の織りなす光景に、 山南敬助は思わず眼を細め微笑んだ。


 ――と、その時だった。


 何かが雪の中で跳ねた。


 子ぎつね――


 そうではない。


 茅色の着物姿の少女が、子狐のように跳ねまわっているのだ。

 その少女は、雪の中をまるで舞い踊るかのように、朱塗りの鳥居の間を縫うように駆けていく。


 愉しそうにはしゃぐその姿に、山南は寒さも忘れ足を止めた。


「山南様――」


 そこに、背後から声がかかった。


「どうかされましたか」


 山南の顔を覗きこむように、若い女が立っていた。


「いえね、女の子が駆けていたものですから」


 山南がそう言うと、女は怪訝そうな表情で首を傾けた。


「そのような童など見ておりませんが」

「えっ」


 再び、鳥居に視線を戻すも、そこに人の動く気配はなかった。


「狐にでも化かされたのではありませんか」


 どこか呆れたように言い放つと女は、山南を追い越し先へ進んでいく。


「もしや、稲荷さまの御眷属でしたかね」


 山南は目尻に深い皺刻むと、空を見上げひとり頷いた。

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