第2話:火焔魔王、人間に転生する01


 勇者と魔族の大戦から数千年が経った。四大魔王の悉くを勇者が下し、人の繁栄が極まった中、それでも魔術は損なわれず技術として飛躍する。


「お前の名前はアリストテレスだ。アリストテレス・アスター」


 とある中流家庭の夫婦は、神から授かった子どもを自分たちの宝物として大事に扱っていた。ベッドに寝かし、開いた瞳を覗き込んでいる。


(で、吾輩は何してんだ?)


 脳機能が上手く働いていない。というか魔族は意識を星からアクセスしてリンクさせているので――『自己演算機能を自前で持つ』という能力とは縁が無い。仮に頭部を破壊されれば人間は意識を奪われて死ぬ。その点に関して言えば魔族の人を虐殺するための効率の良さは生物としても数歩先を行っていた。


 しばらく腕に力を込める。込められなかった。立つことも出来ない。言葉も発せない。ぶっちゃけ何も出来ない。ただ火焔魔王グランギニョルは自分の身に一体何が起きたのかは把握していた。


(人間に……転生か?)


 そう相成って候ひて。




    *




「こうして光王剣ヴァシャールの一撃で火焔魔王グランギニョルは討伐され……」


 アレからどれだけの時が経ったか。まさか自分が勇者に討伐されたエピソードをお伽噺で自分に聞かされるとは思ってもみなかった。人間の文明については成長と同時に少しずつ憶えていく。


 火焔魔王グランギニョルことアリストテレス=アスターは既に魔族とは呼べない領域にいた。スピリットは魔王のままだが、マテリアルは人間の物だ。このアンバランス加減が夢遊病に罹患したような酩酊を覚えてしまうのである。


「アリスちゃん。御飯だぞ」


 魔族であった自分が何故か人間に転生。魂魄は質と量を決定するが、かなり暴威的だ。


「はむ」


 幼いみぎりに食事を体験する。舌下で味わう未知の体験は魔王では悟ることの出来なかった幸福だ。両親の愛を込められた食事は其れだけで美味しかった。


 ついで意識を向けたのは人間社会とその勉強。


 年齢を重ねるごとに、あの物騒な人魔大戦がどうなったのか。それから人は何をしたのか。ついで自分はここで何をするべきか。そこら辺の塩梅を探っていた。


「アリスちゃんは勉強が好きみたいで」

「うむ。アリスは立派な魔術師になるぞ!」


 親馬鹿炸裂だが、何にせよ火焔魔王の魂魄はそれだけで破格だ。


 図書館で魔術について調べてもいるが、魔王として星のデータベースを受け持った身では人間の魔術理解まではどうにも物足りなかった。


「ただ転生に関してはデータベースよりも人の本の方が詳しいな」


 そも何故。人に転生したのか。

 では今、熱死の火山には別の火焔魔王が居るのか。

 勇者はどうした。転生したのか。

 そして何より、


「吾輩は人類を滅ぼすために策謀せねばならないのか?」


 自己のレゾンデートルに問いかける。


「アーリースーちゃん! にゃー!」

「ども」


 母親は抱きついて頬ずりする。かなり親馬鹿だった。コレは父にも言える。


「お勉強熱心は良いけど勇者にでも為るつもり?」

「いやぁ。さすがに」


 スピリット的に無理だ。マテリアルの方は人間なので可不可なら可だろうが、それにしたって前世の業もある。


「図書館通いもいいけどもっと楽しいことあるよ?」

「例えば?」


「友達と遊ぶ!」

「友達……」


 他の四大魔王を思い浮かべる。果たして其れを友人のカテゴリーに入れていいのか。


「ぼっちはダメだよ~」

「憂慮しよう」


 そんな感じのアリストテレスだった。




    *




「ふむ」


 王都の住宅地にある我が家から、王立図書館までは少し距離がある。歩いて数刻程度だ。日帰りは出来るので不当とも言えないが、歩いている時間に本が読めればとは思っているところだ。魔術に関しては概要を把握していた。スピリットから干渉することでマテリアルを改ざんするワールドポテンシャル。


「まぁ魔族だよな」


 世界の潜在能力という意味で。


 親の愛情を受けて育ち、魔王で在った頃の記憶馴染みつつ、アリストテレスは十四歳になっていた。学校にも通ってはいたが、ごく一般的なところだ。そこでは数学だったり錬金術だったりと人間文化への可能性を紐解くような講義が多く、目から逆鱗。

 こうまで王都が繁栄している人類の技術の高さには魔王とて驚くより他なかった。言語学と神話学……歴史学なども彼にとっては興味深い。それらを学びつつ図書館通いもかかさなかった。


「アリスちゃ~ん」


 撓垂れかかるような母親に、毎度のことで魔術を使う。


火焔フレイヤ


 簡潔な火属性魔術。基礎も基礎だが、一応使える。というかアリスは属性が火に偏っていた。あまり珍しくない属性だし普遍的に魔術文明でも見かける。夜の灯りもこれを使われる。我が家での風呂焚きはアリスの魔術の領分だった。


「ふい」


 そんなわけで人間として風呂を堪能しつつ、魔術を認識する。


「どうしたものかね」


 魔族の頃は平気の平左で使っていた技術だ。というか魔術を使う種族だからこそ魔族と呼ばれている。では『魔』とは何かという話になると、理不尽、不条理、非常識あたりの一文字表現だろう。


「魂ね」


 人間にはマギバイオリズムが存在する。肉体の好不調の波のことだ。スピリットの消費も魔術に於けるリスクだが、それとは別にマテリアルへの負荷が人間の魔術師は悩まされる。

 これは人間に転生したアリスも同様だ。魔族の時には無かった魔術を使うことで起きる疲労感はむしろ新鮮だ。大魔術は連発できないだろう。


「キリエ・エレイソン」


 何に祈るかもよく分からず。


「アリスちゃん!」


 そこに母親も混浴してきた。中々のナイスバディだ。


「狭い」

「愛故に!」


 中々へこたれると言うことを彼の親はしなかった。




    *




「傭兵ギルド?」


 学校が休みの日。父親からそんな話を聞かされた。


「ちょっと緊急招集が」


 母親と結婚してから傭兵の仕事からは足を洗ったそうだが、どうにも招集というのは不安を呼ぶ。


「父様は大丈夫で?」

「そこそこなー」


 片手剣の調子を見つつボンヤリと。緊張は無いらしい。どうにも凪の精神は保っているようで、そこは尊敬に値する。


「吾輩も連れて行って候へ!」

「却下」


「何故」

「危ないからに決まってる」


「戦力になり申し」

「たしかにアリスは立派に魔術を勉強している」


 うんうんと頷く父親。魔術文明としてはアドバンテージだ。


「だが実戦の想定外さはおよそ少年期に対処できる物でも無い。ていうか傭兵になりたいのか?」


「傭兵……」


 そこはあまり考えてもいなかった。単に実戦なら魔術の加減にちょうどよかっただけだ。まさか王都の住宅街で魔術ぶっ放すわけにもいかない。それが魔王レベルとも為ればやった時点で犯罪者だ。


「後方から援護!」

「ダメだ。留守番してろ」


「アリスちゃん。戦場は怖いのよ? アリスちゃんはいっぱいお勉強して学者になってくれるとお母さん嬉しいな」


 母親も反対らしい。


「むー」


「そんなわけで悪いが連れてはいけん。学校で戦闘に関しても勉強するんだな」


 ただ戦闘の都合に関しては一般より秀でている確信もあって。


「じゃあ父様より強かったら同行を認可してくださる?」

「お? やるか?」


 元傭兵の父が面白そうな色を見せる。子どもの戯れ言と思っているのだろう。


「では一局」


 二人は広い噴水公園に場を移して距離を取って対峙した。


「がんばれアリスちゃん!」


 無責任な母親が声援を送る。戦場に送り込むのは反対だが、父親とほのぼのした戦闘訓練なら子ども贔屓になるのだろう。実際に父親の方もリラックスしていた。

 手に持っているのは片手剣。アリスも父も、だ。


 グッと構える。


 どちらかならば魔術の方が得意だが、説得するためには剣で語るしかないだろう。


「では。参ります」

「勉強してくれよ」


 ヒュンと風が鳴った。疾風。間一髪までアリスが父に迫る。ガキンと剣同士がぶつかった。


「速い」

「疾!」


 風鳴り。連続で斬撃が襲う。もちろん実の父を切るつもりもない。父の構えた剣を三度アリスの剣が叩いた。弾かれる。


「なんだ?」

「モンスタークロー」


 怪物の爪。そう呼ばれる回転剣だ。


「いつのまにそんな剣術を?」


 たしかに図書館に通い詰めているガリ勉に出来る御業ではない。


「天の啓示です」


 それで済むなら剣術に努力は要らないわけで。


「じゃあ少しギアを上げるか」


 グッと剣の柄を父が握った。手加減はしたのだろう。見える範囲で剣が振るわれる。一度。二度。三度。すべて受け止める。刃がかち合って、膠着状態が生まれた。


「意外と力あるな」

「鍛えていますから」


 スピリットを練る。


光明ライト


 火の亜属性。光の基本的な魔術だ。とは言っても目眩まし程度だが。


「試験は何点で?」


 次に父が眼を開けると、アリスの剣の切っ先が喉元に突き付けられていた。

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