第1話 彼、彼女らの嘘はいつ始まったのか~生徒会発足~③

 午後の授業もショートホームルームも何も特別なことなく終わった。それはそうだ。放課後にたかだか生徒会に行くというだけで、今まで変わらなかった日常に変化があっても困る。


 放課後生徒会に来いと言われたが知り合いもいない中で、全員がそろうまでなんとも言えない空気になるのはごめんだ。少し教室で時間を潰して遅れていこう。



 誰もいなくなった教室。俺はこれが好きだ。世界が自分一人になった気分に浸れる。自分しかいないのならそこには嘘なんてない。今感じること、今自分がここにいるということ、それらすべてが真実だ。


 二十分ほど経っただろうか。さすがにそろそろ行くことにして教室を出る。生徒会室は校舎の五階の突き当り。その階には学年の教室などはなく、生徒会室しか主には使用されていない。五階は普段使いするには疲れるという配慮があってのことなのだろうが、それなら生徒会室も他の階に移動すればいいのではないかと思う。校庭やテニスコートからは活気のある声が聞こえるが、なんと生徒会室への道中は寂しいものだろう。そんなことを考えているうちに生徒会室についてしまった。他の教室とは違う、重厚感のある扉を開ける。


「お。やっと来たね」


 生徒会室には、男子二人、女子二人が既にいた。その中で名前が分かる顔は一人だけ。扉を開けた俺に微笑む生徒会長、秋城政宗だけだ。他は体格が少し小さい男子、一年生だろうか。それともう一人、一年生らしき白髪のショートヘアのあどけない感じの女子。もう一人の黒のロングヘアの女子の名前は知らないが、見覚えがあるので同じ学年、二年生だろう。


「ずいぶん遅かったようだがクラスで何か用事があったのかい?」

 

 秋城が微笑みを浮かべて聞いてくる。


「いや、知らない人達と気まずい空気になるのが嫌だったからわざと遅らせてきただけだ」


 ぶーっ、と吹き出す声と笑い声が生徒会室に響いた。声の主は二年の黒髪女子らしい。


「そんなこと正直に言わなくていいじゃない。そこは適当にごまかしなさいよ」


 笑いをこらえながら、俺に言ってくる。全然こらえられてないが。


「まあ、彼は嘘が嫌いらしい。それに今来た彼女も」


 後ろを振り向くと長い黒髪を後ろで束ねた女子が生徒会室の入り口に立っていた。こいつのことは知っている。一年生の時同じクラスで俺に負けず劣らず孤立していた奴だ。申し分のない美人なのでよく男子に話しかけられていたが、ことごとく興味なしという感じで振り払っていた。


 そんな女を他の女が妬ましく思わないわけがない。彼女自身に問題があるのか、それとも周りの影響か知らないが、こいつも俺と同じように、いや、他人からの攻撃がある分、俺以上に理解されない孤独を味わっているのだろう。


 俺は孤独を辛い事なんて思っていないが、まあ、俺がどうでも彼女がどうでも、俺には関係ない。


霜雪真実しもゆきまみさんだったね。君はクラスで何か用事があったのかい?」


「いえ、早めに来て知らない皆さんとなんとも言えない空気になるのが嫌だっただけです」

 

 またあの二年女子が吹き出す。今度は言葉をかけられないほど、ツボに入ったらしい。


「君たち二人は似た者同士のようだね」


 秋城も笑いながら俺と霜雪に言ってくる。ふと霜雪を見ると目があったが霜雪も俺も何も言わずに目を逸らした。


「わざと遅れてきたのは謝ります。この六人で全員ですか?」


「いや、あと一人いるよ。ここに来る前に書類を取りに行ってもらっているんだけど、さすがにそろそろ来るはずだ。取り敢えず適当に座って待っていていいよ」

 

 この生徒会室はソファやら、パソコンやら、電子ケトルやらと、何もかも普通の教室とは設備が違うらしい。生徒会室に入った真正面に見るからに偉そうな席がある。あれが会長の席なのだろう。秋城が座ると様になっている。俺がソファに座るとその対面に霜雪が座った。一年女子はどこに座ろうか迷っており、一年男子は適当なパイプ椅子を持ち出してきて座っている。


 この間誰も何もしゃべらず、あの笑い上戸の女子は必死にその沈黙に耐えようと部屋の端でうずくまって笑い声を漏らしている。


 数分の沈黙の後、急に生徒会室の扉がドンッと音を鳴らして開いた。


「みんなー! やっほー! 小夜先生と話してたらちょっと遅くなっちゃいましたってあれ? なんでこんなに空気重いの? あたしもしかして空気読めてない感じ?」

 

 教室に勢いよく入ってきたのは夏野だった。まさかこいつも生徒会だったとは。夏野と一瞬目が合った気がしたが多分気のせいだろう。夏野は場の空気感が分からず教室を見まわしているだけだ。


「ぶーーーーっ! もう限界っ!」


「ちょっ、そらちゃん! 吹き出さないでぇ! 何があったのっー!」


「驚くほど何もなかったんだよ。奏、書類を取ってきてくれてありがとう。じゃあ全員がそろったところで新生徒会の初めての活動としてまずは自己紹介しようか」


「じゃ、じゃあ、私からね。ぷっ。二年二組の星宮空ほしみやそらよ。前の生徒会にもいたから何か分からないことがあったら聞いて」

 

 笑い上戸は星宮という名前らしい。確かに言われてみれば前の生徒会に秋城と一緒にいたはずだ。


「俺は月見大地つきみだいち。一年一組です」


「は、春雨咲良はるさめさくらです。大地君と同じ一年一組です」

 

 勝手に一年だと決めつけていたが、二人ともやはりそうだったらしい。


「夏野奏です! 二年三組です!」


「冬風誠。同じく二年三組」


「私は霜雪真実です。真実と書いて、まみ、と読みます。星宮さんと同じ二年二組です」


「最後は僕だね。二年四組の秋城政宗。今期の生徒会会長だ。よろしくね」

 

 どうやら秋城は笑顔を浮かべているのがデフォルトらしい。その笑顔の裏には何があるのか気になるが、秋城政宗という男は多分そのような裏を見せることが全くない人間だろう。夏野が八方美人だとしたら、秋城は八方優男といったところか。


「あの、一ついいですか? 私は小夜先生からこの生徒会に入る人が少ないからという理由で、半ば強引に生徒会に入ることになったのですが、皆さんはどうして生徒会に?」

 

 同じくだ。朝市先生は人手が足りないと言っていたが、人数的にはそれなりにいるほうだろう。


「うーん、私は前の生徒会にもいたし、政宗が会長なら居心地がいいと思ってさ。あ、ちなみに大地は幼馴染のよしみで無理やり入れさせたのよ。こいつ、部活に入るタイミングをなんか逃してて毎日暇そうだったの」

 

 星宮がまた吹き出しそうになりながら、霜雪、ならびに俺の疑問に答える。


「うるせぇ! 俺は帰宅部ライフを楽しんでたんだよ! 空に脅されてなきゃ今頃家に帰れたのに」


「あらー、学校では呼び捨ては止めなさいねー 昔のこと色々ばらすわよ」


 月見はびくっとして黙った。脅しという言葉が聞こえたが取り敢えずは触れないでおこう。


「わ、私は生徒会のお仕事に昔から憧れていて、じ、自分から入りました」


 春雨が気弱な声で言った。言葉を話すときに躊躇するのが癖なのだろうが、今のためらいはその性格に依るものだけではないような気がした。そう、例えば、人が嘘をつく時のためらいだ。


「僕と咲良も幼馴染だよ。ちなみに僕はこの学校のトップになりたくて生徒会長になったんだ」

 

 秋城のためらいのないナルシスト発言に、星宮が後ろを向いて吹き出し、せめて話の邪魔をしまいと、自分の口を両手で塞ぐ。


「俺も霜雪と似たような感じで朝市先生に半ば強引に入れられた。あと、どっかの誰かが面白半分で俺を推薦したみたいだ」

 

 推薦という言葉を言った瞬間、視線が自分に突き刺さるのを感じた。もちろん俺が話しているのだから、みんな俺の方を向いているが、誰かが強烈な視線を俺に放った気がした。誰だ? 俺を推薦したやつのことを知っているのか。


「あたしも咲良ちゃんと同じで生徒会に憧れてました! だったら去年から入っとけて話なんだけど、その時は勇気が出なくて。でも今回あんまり人が集まっていないって聞いたから、頑張ってみたくて、って感じです」


 相変わらず夏野はテンションの上下が激しい奴だ。


「まあ、自分から生徒会に入った人、無理やり入らされた人、色々な人がいるが、なんにせよこれからはお互いに協力し合う仲間だ。君たちのことはまだあまり知らないが、期待できるメンバーが集まったと思ってる。空、誠、真実、奏、大地、咲良、期待しているよ。七人いようが生徒会の仕事は大変だ。これからよろしく」

 

 なんて良い奴なんだ。もうみんなを下の名前で呼んでるぞ。演説も感動した。最高の生徒会長だ、とみんな思うのだろう。これほどの人たらしには初めて出会った。関わり始めたのは今日というのに、秋城という男の本音と嘘を見分けるのは困難だと感じた。


「そういえば、あたしが小夜先生からもらってきた生徒会登録用紙、役職名書かないといけないけどどうする?」


「ああ、それならもう決めてあるよ。会長が僕。副会長は生徒会経験者の空。体育委員長、月見大地。文化委員長、夏野奏。真実は美化委員長、咲良は書記兼会計だ」

 

 おいおい、会長。早速一人忘れてるぞ。


「俺は何をするんだ?」


「君は目安箱委員長だ」

 

 は? 聞き間違いかと思うほど脳の処理が追い付かなかった単語は久しぶりだ。目安箱委員長? なんだその委員長界隈で最も弱そうな役職は。


「なんだ、それ?」

 

 思わず、当たり前の疑問をなんのリアクションもなく聞いてしまった。


「言葉通りの役職だ。生徒会が目安箱を設置するっていうのはよくあることだろう? 君はその目安箱に投函されたことに全力で応えようとすればいいんだ。それと、前生徒会の会長の方針で、生徒会はこの学校の生徒の悩みの相談に乗り、その解決に尽力していた。もちろん生徒会全員で手伝うところは手伝うが、その主な相談、解決役を君に頼みたい」

 

 言っていることはなんとなく分かったが、クラスでも孤立している俺には一番向いていない役職だ。


「でも、俺なんかが相談に乗ったって何も解決しないぞ」


「いいや、そんなことはない。むしろ、君が適任だ。君は嘘をつかない。君は多くの人と違い、甘い言葉で人を騙し、表面だけの解決で終わるなんてことは認めない。それでいいんだ。人と向き合うということは真実と向き合うということ。君のその本音で、そしてそこに存在する真実で、人と向き合えばいい。どうせ傷つくのなら嘘より真実の方がいいだろう?」

 

 秋城の顔から微笑みが消える。


「僕には君が必要だ」

 

 今まで聞いた言葉の中で一番力強く発せられたと感じる言葉だったかもしれない。


 秋城は真実が人を傷つけることを知ったうえで、なお真実で、本音で人と向き合えという。俺は今まで何と向き合ってきた? いいや、ただ逃げていただけだ。人との関わりを嘘と見なして、それが真実かどうか確かめようとしなかった。集団から追い出されたのではない。俺が集団から逃げていたのだ。


 人との関わりは嘘か誠か。その真実を知るチャンスが今ここにあるのかもしれない。秋城という男はやはり、たちの悪い人たらしだ。ちゃんと声は出ているだろうか。心の震えを外に出さないように口を開く。


「分かった、目安箱委員長、かっこいいじゃないか」


「誠、それは嘘だろ?」


 秋城が思い通りと言わんばかりの微笑みを浮かべている。こいつの本音と嘘は本当に見分けがつかない。いつか、お前の嘘を暴いてやりたい。


「いや、俺は嘘をつかない」

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