第17話 決着

「誤解?」


 挨拶を済ませるやいなや、国王陛下が私に1枚の報告書を手渡して来ました。


「うむ、まずは男爵令嬢の件からだが媚薬を使った形跡はなかったそうだ。詳しくは宰相が話そう」


 陛下の後ろに控えていた宰相が前にでてきます。丸眼鏡に白髭のどこにでもいそうなおじいちゃん宰相ですわ。昔私からルドルフを奪おうとした前宰相とは違い仕事のできるとても良い人なのですが、こほんと咳払いをしたかと思うと、少し言いにくそうに口を開きました。


「えー、はい、隅々まで調べましたがそのような形跡はありませんでした。男爵令嬢が身につけていたあのくさ……いえ、匂いのきつい香水も不審に思いまして成分を調べたのですが……どうやらあの香水は娼婦が使っているもので、体臭を誤魔化すための物のようでして……娼婦の間ではフェロモン香水と呼ばれていましたがひたすら匂いのきついだけのただの香水でした。いやはや、年頃のご令嬢にこんな報告をせねばならないとは……」


「……娼婦ですか……」


 確かにその内容は言いにくいですわね。しかもその業界では“娼婦の香り”として暗黙の了解があるらしく、その香水をつけているのは自分が娼婦であるとアピールしている事になるのだそうですわ。言葉を交わさずに客を誘い込めるのだとか。つまり男爵令嬢はそれくらいオスカー殿下を誘惑したかった。と言うことでしょうか?

 私も多少は知識として知ってはいますけれど、同級生がそんな香水をつけていたとわかるのはさすがにちょっとアレです。でもあの鼻が曲がりそうな匂いで誘惑される男性がいるとしたらそれはそれで問題だと思いますけど。


「……まぁ、それはそれとして。それで、媚薬が使われていなかったからと言って何が誤解なんですの?」


「え、いやだから……オスカーが媚薬を盛られて婚約破棄を宣言したのは誤解だと」


「陛下はちゃんと報告書をお読みになりましたか?オスカー殿下は私にハッキリと男爵令嬢が運命の相手だから私と婚約破棄するとおっしゃったのですよ?媚薬が使われていなかったのなら尚更オスカー殿下は本心で男爵令嬢を愛してらしたってことでしょう?」


「え、いや、だから……「むがーっ!むがーっ!」ええぃ、オスカー!おとなしくしておれ!」


 え?なにが暴れているのかって?……私が「話がある」と言った途端「セレーネ、やっぱり俺を愛してくれているんだな!」と馬鹿なことを叫びながら私に飛びかかろうとして、ハルベルト殿下にボッコボコにされてるところに遅れてやってきた騎士たちに捕獲され猿轡つきの簀巻きにされたあげくに足元に転がされているオスカー殿下ですが?

 それにしても……ハルベルト殿下が、私に飛びかかろうとしたオスカー殿下の頭をわしづかみにして笑顔のままオスカー殿下をフルボッコにしたのは驚きましたわ。ハルベルト殿下はどちらかというと平和主義で暴力反対かと……でも笑顔なのに目が笑ってないまま容赦なくオスカー殿下にお仕置きする姿がなんだかギャップ萌え……いえ、意外でしたわ。ハルベルト殿下のいつもと違う一面を見れたなんて幸運かもです。


 おっと、考え事をしている場合ではありませんでしたわ。私は姿勢を正し陛下に鋭い視線を向けました。


「それに、私が幼い頃から数えきれない程の婚約破棄宣言を受けていたことも報告したはずです。それを長年我慢していた私に対してオスカー殿下がなさった事が男爵令嬢との浮気宣言ですわ。さらには学園で隣国の王女をも侍らしていたことも調査済みのはずです。つまり、浮気して恋人を作りさらに愛人も侍らしていたオスカー殿下の所業のどこに誤解があったとおっしゃるのですか?」


「そ、それは……ほら、男の甲斐みたいな」


「そんな浮気を正当化するための戯言など聞く耳持ちませんわ。陛下は王妃殿下に同じセリフを言えますの?」


 ピシャリと言い切れば陛下は黙ってしまわれました。だって王妃殿下の持論は「浮気とは殺人の次に愚かな行為だ」ですもの、私もその意見には賛同致しますわ。

 浮気、ダメ!絶対!!ですわ!


「それでは、婚約破棄の件は了承して下さいますわね?」


「う、う……「もがもがっぷはっ!違うんだ、セレーネ!俺は騙されていたんだ!」おわっ!暴れるなオスカー!」


 あら、もがくから猿轡が外れてしまったようです。口が自由になったオスカー殿下がまたなにか訴えてきました。しつこいですわね。


「騙されていた。ですか?」


「そうなんだ!俺は浮気なんかしていない!俺はセレーネを愛しているし、すごい男になろうとしてただけなんだ!ヒルダが、自分と居れば俺が皆が羨むすごい男になれるって言ったから!あの違う国からきた女も一緒に歩いてるだけで皆が俺をすごいってさすがだって言うから、だから……!」


 オスカー殿下の見苦しい言い訳を聞いているだけで、頭の奥が冷たくなる気がしましたわ。


「私を愛している?本当ですか?」


 私は芋虫状態のオスカー殿下に近寄り、そっとその体を起こしてあげます。


「そうだ!俺はそのために「そのために、あの方たちを利用したんですか?」え?」


 ぱぁん!! と乾いた音が響き、頬を打たれたオスカー殿下が信じられないという顔をして私を見ました。思わず平手打ちしてしまいましたわ。それにしてもオスカー殿下はなんて頑丈なのかしら、叩いた私の手の方が痛いのですけど。これは手首を捻挫したかしら?ちなみにオスカー殿下の頬は平気そうです。あの顔は痛みよりもされたことへのショックを受けているだけですわね。


「セレーネ……」


「あなたは自分が何をしたかわかってますの?ふたりの未来ある少女たちの人生を台無しにしたのですよ?あなたが本当に私を愛していたのならばきっぱりと拒絶するべきだったのです。あなたが曖昧な態度をとりその所業を許した結果、ふたりの少女はどうなりました?罪に問われ牢獄へ入れられ、ひとりは母国や実の親からも見放されてしまったのです。あなたはその責任をどう取るおつもりですか?あのふたりは、すべてあなたの妻になりたくてしたことなのですよ。あなたが例えその想いに気付いていなかったと言ったとしても、あなたがそれを夢見さす言動をとったからこそだと周りは考えるでしょう。少なくとも私はそう考えます」


「……そ、それは……」


 やっと事の重大さがわかったのかオスカー殿下は言葉を失ったようです。あの方たちもオスカー殿下の思惑に踊らされていただけのようですわね。


「オスカー殿下、あなたが婚約破棄宣言を繰り返していた本当の気持ち(ルドルフを狙っている事)はちゃんとわかってます」


「セ、セレーネ!本当か?!俺の気持ち(セレーネの愛を確かめたくて婚約破棄宣言をしていた事)をわかってくれているのか?!」


「もちろんですわ。3歳の頃から見てますもの。あなたがどれだけ本気か(“星の子”であるルドルフを欲しがっているか)なんてお見通しですわ。でも、私がそれを認める事(ルドルフを渡す事)は決してありません」


「そんな、セレーネ!俺はずっとそれだけを(セレーネだけを愛していると)想っていたのに……!」


「(ルドルフの事は)諦めて下さい、無理なのです。私はそのためなら(ルドルフを守る為なら)手段を選びませんわ」


 私の言葉にがっくりと項垂れるオスカー殿下。これでルドルフを諦めてくださるかしら?


「陛下、婚約破棄でよろしいですわね?」


「し、しかし、入婿する予定だったとはいえ王子との婚約が破棄となればセレーネ嬢はキズモノ扱いとなるだろう?公爵家はどうするのだ?キズモノとなった令嬢の家に婿養子にくる者などいないぞ?」


 うっ、痛いところをついてきますわね。確かに私は婿養子をとらねばならない身です。でもここまでこじれたオスカー殿下とやり直すなんてとても無理なのですわ。


「このオスカー殿下と結婚するくらいなら、キズモノでけっこうですわ。今後のことは公爵家の問題ですからお気になさらないでください」


 そうハッキリと言い切れば陛下もやっと諦めたのかがっくりと項垂れました。親子揃って項垂れている姿もなんだかシュールですわね。


「ち、ちなみに、それでも認めないって言ったら……?」


 チラッとこちらを見てくる陛下。ちっ、まだ諦めてないみたいですわね。


「それなら、私も強硬突破いたしますわ」


 私はハルベルト殿下から受け取っていた書類の束を陛下の目の前に出しました。


「実は私、とある島を買い取りましたの。この島の所有権を持つ国は獣人の方々でして、ルドルフの事をとーっても崇拝してらっしゃいますのよ。そしてこの島をルドルフを国王とした国家として認めてくださるそうです。もちろんこの国からは手出し出来ないように色々と裏工作もいたしました。ですので、婚約破棄を認めてくださらないなら私はルドルフと一緒にこの新しい国へ渡ります。そして今後“空の流通便”はルドルフの国からしか行えない法律を作りましたの。例え国王からの命令だとしても、別の国の王へは通じませんわ」


「そ、それは、どういうことなのだ……?!」


「我が国の法律では貴族が国を出て新しい国を作るのは反逆者扱いになりますが、犬が独立国家を作るのには何の罪にも問われないではないですか。ですから私はルドルフの国へ亡命いたします。“空の流通便”の国益も全てルドルフの国のものになりますので悪しからず」


「そ、そんなめちゃくちゃなことまかり通るはずがないだろう!“星の子”は我が国の奇跡!よその国へ渡せるはずがない!」


「よその国ではありません、ルドルフの国です。ルドルフは自分の国へ戻るだけですわ。それに、この国から“空の流通便”の権利はルドルフにありそれを自国で行う事の正統性を認める。という許可書も頂いております」


「わ、わしはそんなもの出しておらんぞ!?」


「あら、もちろん王太子であるアレクシス殿下が許可して下さいました。アレクシス殿下にその権限を持たせたのは陛下ご自身ではありませんか」


 そう、陛下は王太子であるアレクシス殿下に一部ですが陛下と同様の権限を与えているのです。まぁ、将来の勉強もあるとは思いますがいくら優秀だからってアレクシス殿下に仕事を任せすぎだと思いますわ。あんな腹黒な王太子ですが、実はこの国の仕事の半分以上をすでにこなしているのです。腹黒ですけどね。


「ど、どうやってアレクシスを懐柔したのだ」


「それは、僕が説得しました」


 それまで黙って見守ってくれていたハルベルト殿下が口を開きました。


「言ったはずですよ、父上。僕はカタストロフ公爵令嬢側につくと。僕は僕の使える力の全てを使って彼女の望みを叶えた。ただそれだけです」


ハルベルト殿下がにっこりと笑えば、陛下は今度こそ膝を折り力なく突っ伏しました。


「そ、そんなぁ」


 こうして私は無事に婚約破棄を認める書類に陛下の判をもらったのですわ。


「うわぁぁぁぁぁん、いやだぁぁぁぁぁぁぁっ」


 足元からオスカー殿下の声が聞こえた気がしましたが、まるっと無視させていただきますわ。



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