第2話 公爵令嬢たるもの

改めまして、私はセレーネ・カタストロフ。今年で15歳になりましたわ。

 

 これでもそれなりに公爵令嬢として有名なんですのよ?

 母親譲りの蜂蜜色の髪はいつでも艶やかであるように手入れし、異国の珍しい花の香油をつけていますのでほんのり甘い香りがします。父親譲りのマリンダークブルーの瞳もミステリアスな輝きで素敵だとよく言われますわ。

 現在学園に通っていまして成績も上位3位以内には必ず入っております。

 

 第三とはいえ王子を入婿に迎えるならばその妻となる私もそれなりの評判を手にいれていなければいけませんもの。でないとどこの誰に足元をすくわれるかわからない。それがドロドロとした貴族社会の闇ですわ。

 オスカー殿下はなんというか昔からあの通りの方でしたので、そのぶん私がしっかりしていなければなりませんでしたので。


 え?オスカー殿下の成績?……あの方は、顔はまぁまぁ良いと思いますけれど好きな事だけ全力疾走する方なので察してくださいませ。あぁ、でもあのプラチナブロンドの髪と吸い込まれそうなスカイブルーの瞳だけはとても素敵だと思います。だけはね。


 でも中身は残念な方なんです。

 今日だって、せっかくの休日だったのに突然呼び出されたと思ったらでしたからね……。


 私は死んだ魚のような目のままお父様の部屋に乗り込みすべての事情を話しました。あ、ちゃんと仕事の合間の休憩時間ですわよ?公爵として領地の仕事をこなすお父様の邪魔はいたしません。でも休憩時間は潰してしまいますが一刻を争いますのでご了承下さいませ。


「マジで?」


 お父様、言葉遣いが乱れてますわ、落ち着ついて下さい。


「こんなことで嘘をついてどうしますの?私はそんなに暇ではありませんわよ。ちなみに今まで婚約破棄だと言われた時の理由は全て記録しております。アンナ、カモンですわ!」


 アンナとは私専属の侍女ですわ。アンナは分厚い手帳を取り出し今まであのバカ王子が発言した言葉を読み上げました。


「まず初めての婚約破棄宣言が7歳の春……セレーネお嬢様が一緒に食べようとお持ちしたおやつにチョコチップクッキーが入ってなかったことにご立腹されてなされました」


 そうですね、初めては7歳の時でしたわ。婚約をした3歳から6歳の時までは仲良くしていましたもの。

 あの頃の私が愛犬のルドルフを撫でていたら「ぼくも」と言うので小枝を投げてとってこいを(殿下に)覚えさせ、三回まわってわんと(殿下に)鳴かせ、あと木に(お尻を木の枝で押して)登らせたら降りれなくなって(殿下が)泣いていましたわね。最初はルドルフより下手でしたけれど根気よくちょうきょ……ゲフンゲフン。根気よく教えたらとっても上手にできるようになったので「殿下は犬がお好きなのね」と頭を撫でてあげたんです。(殿下は)喜んでおりましたよ?

 そんなにルドルフの真似がしたかったなんて、と驚きましたわ。でもルドルフに触ろうとしたのでお仕置きもしましたけど。ルドルフは人見知りが激しいので慣れない人に触られると噛みついてしまいますから。殿下なんかに噛みついたせいでルドルフが処罰されたらどうしますの?

 

 でもそんな私とオスカー殿下の姿を見た侍女から「お嬢様はオスカー様のどんなところがお好きなんですか?」と聞かれて思わず「バカな子ほど可愛いと言いますでしょ?」と返事をしたのを覚えています。

 だって最初はなにをやっても下手でしたわ。あんなに下手なお座りとお手なんてルドルフだってしませんもの。でも私は諦めませんでした。殿下は根気よく教えたらちゃんと出来る子だったんです。……あの頃は。


 あの頃の感情があったからこそ婚約破棄宣言が始まってからも我慢できていたんですわ。ちゃんと最後まで面倒みなくてはという使命感ですかね。でも7歳を過ぎてからどんどん酷くなり、何を言っても無駄感が半端なかったですわ。あれが反抗期というやつかしらと〈犬の躾〉という本を読んだりしましたけれど、もう諦めました。


「…………さらに加えて本日は堂々と浮気相手がいらっしゃることを名言なさり、101回目の婚約破棄宣言となりました」


あら、考え事をしている間にアンナが手帳を読み終えましたわ。お父様が私と同じ死んだ魚のような目になってますから、同じ事を思っていらっしゃるでしょうね。


「……マジで?」


現実逃避しないでください。


「オスカー殿下は私の見た目も性格もお気に召さないそうですわ。いつだったかしらこの髪と瞳のこともさんざん言われましたもの」


「57回目の時です、お嬢様。突然お嬢様の髪を掴んだと思ったら『お前の髪は虫がよってきそうな甘ったるい髪だな!』と暴言を吐き、そのあと瞳を覗き込んで『お前の瞳はまるで提灯アンコウが泳いでいそうだな!』と高笑いなされました。そして『俺の言葉を喜ばないと婚約破棄だぞ!』と」


 ……あぁ、思い出しました。さすがにあれは家に帰ってからちょっと泣きましたわ。一応おしゃれしてたつもりでしたし、両親譲りの髪と瞳をあそこまでバカにされたのも初めてでしたので。


「……」


 お父様がとうとう言葉をなくしてしまいましたわね。最初にアンナに読み聞かせられた時は「見た目を蔑んだあげくの婚約破棄宣言」だと聞かされた内容がこの髪と瞳だっから余計にショックだったのかもしれません。お父様は私のことをとても自慢に思ってますから。


なんでも私と面会した後はいつも殿下の機嫌がとても良かったらしいです。だから仲良くしていたのだと思っていたらしいですわね。でも今、事実を突きつけられて魂抜けそうになってますけれど。


「そうゆうことですので、是非、最後にオスカー殿下のお望みを叶えて差し上げたいと思いますのよ。婚約破棄を認めてくださいまし」


「いや、でもこれは王命で……陛下がなんというか……」


 国王陛下とは仲がよいお父様は、王命というよりは陛下がショックを受けることを心配なさってますが、だからこそここまで私が我慢していたこともわかっていただきたいです。


「お父様、今すぐ行けですわ」


 にっこりと。それはもうにーっこりとお父様に微笑みかけました。ついでに立てた親指を逆さにして首の前で真横に動かす動作も忘れません。


「い、今すぐ陛下のところにいってきますぅぅぅぅぅ!!」


 私の本気度がやっとわかったのかお父様は真っ青な顔をして飛び出していきました。勇気を出して懇願したかいがありましたわ。


「アンナ、お茶を入れてちょうだい」


「畏まりました、お嬢様」


 長年我慢していたことを出来たからか、ちょっとだけスッキリした気分になることが出来ました。

でもあの殿下のことです、自分の望みがかなってもきっといちゃもんをつけてくるに決まってますわ。


 公爵令嬢たるもの、バカにされたままではいけません。ちゃーんとお仕置きして差し上げなくてはいけませんわよね?




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