第49話
タツキたちは3回キスを交わした。
1回目は互いの距離を測るみたいに。
2回目は唇の柔らかさを確かめるみたいに。
3回目は心に空いた男女の隙間を埋めるみたいに。
1秒が永遠のように感じられたし、終わってみれば一瞬という気もした。
ユズキとのキスは初めてじゃない。
幼稚園か小学校低学年だったとき、スキンシップの延長でやったことがある。
『こういうの、お父さんに見つかったら怒られるって、友だちがいってた』
幼いユズキは小さなルール違反を楽しんでいる様子だった。
タツキは妹より早熟だったから『キスは大切な人としかやってはいけない行為』と知っており、全身の血がのぼせそうなくらいドキドキした記憶がある。
もう10年以上も昔である。
あの日もユズキが好きだった。
そろそろ20歳を迎える歳になり、好きの意味合いは180度くらい変わっている。
好きだ、好きだ、好きだ。
唇と唇が触れるたび、ユズキを求める気持ちがどんどん膨らんでいく。
「私たち、ちゃんと恋人に見えるかな?」
きれいな瞳が不安そうに揺れていた。
YESを伝える代わりに、か細い体を抱きしめる。
「植物園へいった時のこと、もう忘れたのか?」
「うぅ……」
2人の写真を撮ってもらった。
ラブラブのカップルと間違われた。
あの恥ずかしさを思い出したらしく、ユズキが何回か抵抗してくる。
しかし、タツキは腕の力を緩めない。
「正直、嬉しかった。恋人と間違われて。ユズキの恋人になる資格があると暗に認められたような気がした」
「ダメだよ、お兄ちゃん、そういうセリフは……。だって……だって……ユズキも……」
すごく嬉しかった。
小さな声はすぐ風にさらわれる。
「あの日、ユズキは配信に遅刻したよな。ニコ先輩、ヨミ先輩、ネムリ先輩とコラボしたやつ」
「はぅ〜」
「やっぱり、植物園へ出かけたせいなのか?」
「え〜と……それは……」
ユズキがふたたびモジモジする。
顔はよく見えないが、赤面しまくりなのは想像できる。
「浮かれすぎて有頂天になっていたから。お兄ちゃんとのデートが楽しすぎたから。心臓がバクバクしすぎて、帰ってきたら疲れが湧いてきて、1回寝ないと無理だな、と思ったから」
「なっ⁉︎ 俺のせいだったのか⁉︎」
「いや! 責めているわけじゃないよ!」
申し訳ないことをした。
ユズキのために良かれと思って誘ったら、逆の結果になってしまい、あんな放送事故を招いたらしい。
「でも、誤解しないで! もう一度過去に戻ったとしても、お兄ちゃんとお出かけして、そのあとお昼寝して、配信に寝坊すると思うから!」
「お前ってやつは……」
かわいすぎるだろう!
愛する気持ちを込めて、何度目かのハグをする。
「そうだ。ユズキにプレゼントがある。忘れないうちに渡さないと」
「やった! 嬉しい! でも……」
「ん? どうした?」
「植物園へいった日のこと、申し訳ないと思っているなら、あと5分くらいハグしてください」
「お兄ちゃんを殺す気か?」
「私の兄は優秀なので、ハグなんかでは倒れません」
「うっ……仕方のないやつだな」
「えへへ」
ユズキの体温が温かい。
女の子はみんな温かいのか、それともユズキだけ特別なのか、タツキは5分間ひたすら考え続けた。
「お兄ちゃん充電、完了なのです」
「なんだよ、それ?」
「妹エネルギーを渡す代わりに、兄エネルギーをもらうのです」
「エネルギーの等価交換みたいな?」
「そうです!」
ユズキの笑顔はまぶしすぎて、もし尻尾がついていたら振りまくっているシチュエーションだろう。
気を取り直してプレゼントを渡す。
まずは洋菓子のアソートのやつ。
フィナンシェとか、バウムクーヘンとか、マカロンとかが1つの箱に入っている。
これがホワイトデーの分。
「すごい! おいしそう!」
「たくさん種類があった方がいいと思ってな」
「高かったでしょう。本当にもらっていいの?」
「もちろん。チョコのお返しだから」
「わ〜い!」
ユズキはさっそくフィナンシェの小袋を開封した。
自分は半分だけ食べて、残りの半分をタツキの顔に近づけてくる。
「はい、お口あ〜ん」
「そんな、子どもみたいな」
「いいから、いいから。ユズキが食べさせてあげます」
お口に入れてもらった。
びっくりするくらい甘いのは、きっと糖分のせいだけじゃない。
「おいしい?」
「ユズキが食べさせてくれたから2倍おいしい」
「もうっ!」
猫みたいに体をすり寄せてくる。
まったく、ユズキは、自分の愛らしさを理解していないのか。
「お兄ちゃんの手、大きいね」
「ユズキの手はきれいだな」
「お兄ちゃんの胸板、ぶ厚いね」
「ユズキの胸はかわいいな」
「お兄ちゃんの足首、ゴツゴツしている」
「ユズキの足首は無理すると折れちゃいそうだ」
「それって
「もちろん。足首の形も美人だよ」
「はぅ……」
お互いの長所を発見していく時間は、夢みたいに楽しかった。
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