連絡会議

「ヘル」

 突然、タロウは呼び掛けた。

 二人も思わずその顔を見る。

「マリナーはまだ掌握しているな」

「ヤー」

 短く返答。

「別命なし、現在制御権限継続管理中」

 よし、とタロウ。

「通信履歴は取れるか」

「可能、最新メンテナンス以後の履歴が現存」

「通信先を読み上げてくれ、リスト出力でもいい」

「了解、各項実行」

 3人から見える位置、ラウンジ中空で展開したホロスク画面に通信履歴から検出された通信先がリスト表示された。

 残る二人も、タロウの意図が徐々に読めてくる。

「最多が地球とのデータ送受定時交信ほか、次に月、地球に次ぐ規模の通信量、火星と少数、そして物資搬送航路交信、以上です」

 タロウは一瞬眼を閉じた。

 ここから先は、拡大解釈では進められない。

 ちら、とサドラーに視線を向ける。

 深く、頷いた。

「同意する、これは、人類圏最大幸福、公共の福祉、最上位優先行動だ」

「それでいいと思う」

 リンもまた、賛同した。

「今私たちに、私たちにしか出来ないことよ、これは」

 ぐっとサムズアップ。

 ……いいだろう。

「ヘル、聞いているな、マリナー経由で火星を呼び出せ」

「ヤー、コマンダ」

 イアンの見えてた地雷を遅まきながら爆砕処置、恫喝を受けての翌朝。

 教授は尚、あくまで鋼鉄の指導者として、泰然自若な態度の維持に成功していた。

 やはり全部お見通し、何も心配なかった、民心は落ち着いている。

 妨害工作は当然、想定内障害ではあった。

 しかしこうも作戦当地から直接に、強度の高いディス・インフォメーション、否カウンターアクション、戦略的見地を欠いた欺瞞情報発信で上層部を惑乱させ結果、想定内規定行動から逸脱誘導に至るとは。

 私怨と個人の失策隠蔽の手段として、人類双撃を望むなどと。

 智性、理性、利害得失、予見はけっきょく、常識の範囲内でしかなかった、そうだ、計算外の愚行という常識に照らせば、過去人類史に一度たりとて戦火が刻まれるなどあり得ない筈なのだ。

 しかし現実はどうだ。

 常に、狂気こそが勝利して来た。

 理性に頼った軟弱な指針が、あっさり破綻に追いやられた。

 何一つ傷つける事無く細心にここまで進めてきたものが。

 否、確かに彼はその保護対象では無かったか。

 しかしああも猛られては、救いを延べる余地も無かった、そう言い訳しておこう。

 さて、そして、この状況。

 それはあり得ないシチュエーションとして最初期に挙げた、地球艦隊による一揆討伐、焼き討ち根切り。

「教授」

 呼び掛けに我に返った。

「火星支部宛に、入電とのことです」

 支部番当直から奇妙な連絡が入ったのはこの事だった。

 事実、計画初期段階に於いて、火星支部もまた軽度汚染、情報流路の形成が為っていた。

 故に、教授は宣言出来たのだ、準備完了を。

 「ちくわ」一同は辛抱強くその瞬間を待った。

「あー、水星? マリナー11? 当方は火星NPO代表、ジジ・ウィンスレイ、火急の御用とは如何に」

「当方は地球連合外宇宙艦隊、私は外宇宙航宙実験艦ヘルメッセンジャー艦長、タロウ・サクライ大佐だ」

 名乗りにさすがのジジも、なかなか次の言葉を出せなかった。

「……あの、どちらで当方を、その、外宇宙艦隊が、何の目的で」

 ありありと困惑、その声音には珍しい恐怖の気配すらも滲んでいた。

「手短にいこう、火星臨時政府は当初想定外の事態を迎えている、肯定? 」

 相手は息を呑む。

「ああ、肯定する、するとも! 」

 勢い込んで、回答してきた。

「結構だジジ」

 タロウは会心の笑みを浮かべ、続けた。

「我々には支援の用意がある」

 今度の沈黙は長かった。

 たっぷり1分ほど経過の後、回答。

「大佐、貴官の目的は」

「同じだ」

 タロウは即答する。

「人類社会の発展に資する、最大幸福の実現」

 奇妙な音が、返って来た。

 掠れた、甲高い笑い声だった。

「それを、信じろと? 」

「願うしかない、それとも他の選択があるのか、火星には」

 また一瞬の間。

「ないな、いや、この瞬間、太陽系唯一かもしれない味方の名乗りに、大変失礼した、正直、困惑し、驚かされ、大いに懐疑した、しかし、選択の贅沢は当方には無い、非礼を詫びる、未だ心変わり無ければ、貴君の提案を心から歓迎したい、私は、間に合ったか? 」

 背後でわっと挙がる歓声。

「十分だよ、ジジ、まず提案がある」

 タロウは、宣言する。

「志を同じくする同志として我々両者間での、同盟の締結を、始める証としてまずはここに提言したい」


 事態を受けマリーは訓告処分、一時解職の身にあった、期限は未定。

 自宅待機を命じられてはいたが、さりとて警備配置での物理的軟禁、或いは監視の様な、公的な対処はチラ見程度には確認されない、あくまで文書上での扱いのようだ、官僚への業務上一時的処遇としての。

 マリーが今思いを巡らせていたのは、場違いな、幼少の淡い記憶としての何かだった、なぜかそこに、一つの手段、重要な指針を感じるのだ。

 そして、遂に、それを見出した。

 そうだ、祖父は言っていたのだ、何かあったら、と! 。

 猛然とコムを鳴ら、す、までもなく。

 まるで待ち構えていたかの如く、相手は直ぐに応答してきた。

「おう、久しぶりじゃな、マリア、いやマリーだったか? 」

 元、地球連合航宙保安局情報室資料編纂室室長代理、エディ・ランデンは半ばボケたような、その実まったく壮健であるような、言葉を発した。

「おじいちゃん! 」

 マリーは小声で囁いた。

 今になって盗聴、眼には見えずとも内務省監査下の可能性に気づく。

 であればこの程度の用心、全く無意味なのだが。

「あったのよ、ええ、とんでもない事があった、現に進行中なの! 」

「のようだのう」

 判らない。

 あてになるのかならないのか、或いはまだらボケ? 。

「安心せい、秘話交信中じゃ」

 こちらの胸中をずばり衝く台詞に背筋がぞくりと震えた。

「量子場干渉しとるでな、内務のボンクラ共には何もわかりゃせん」

 ……ホンモノだ。

 祖父は、ほんものだった。

 会話中に着信、1。

「ところでマリーや、ごるふ、っちゅう年寄りの遊びを知っとるかの」

 その日の夕刻、マリーの公務員宿舎に祖父の名で届いた宅急便にはキャディーの衣装一式が収まっていた。

 ざっと調べたところ、「ごるふ」というのは白い小さなボールを地面に置き、長い棒を振って打ち、ゴールのこれまた小さな穴まで運ぶその効率? を競う高齢者向けのレジャーであるらしい、昔は盛んに行われていたという。

 キャディーというのはその「ごるふ」の進行を助けるアシスタントで、主に女性の役職であるとのこと、つまりキャディーのコスチュームで偽装し、「ごるふ」の競技会場で密会しなさいという手配のようだった。

 翌日朝一の便でマリーはハワイに飛んだ。

 もちろん、祖父が倒れ危篤となったのだ、重度ナノメディ障害を発して。

 そして準備された空の入院個室で替え玉さんと入れ替わり、その足でラウンドしている先々代の宙保局長と面会を果たした。

 翌々日、マリーは再度先々代との会合に向かっていた。

 場所は、メガフロート歓楽街外れの、正に場末という表現が似合いな鄙びたゲイバー。

 屈強なママがにこやかに出迎えてくれる。

 5分後きっかり、相手も到着した。

「代々わしらで引き継いでる士官クラブでね、地球で二番目くらいには静かに話せるところだよ」

 ホットミルクを注文してマリーの隣に腰掛ける。

 もちろん常連なのだろう、用意のミルクを置いたママはその足で閉店札を片手に正面ドアから出ていってしまった、これで貸し切り。

「派遣軍の陣容か」

 ぽつりと呟くように言葉を舌にのせ。

「知って、どうする」

 眼光鋭く問われた。

「リークか、しても何も動かん」

「判っています」

 硬い表情でマリーも回答する。

 火星当事者の自分の頭上で既に状況は動き、決している。

 である以上、一官僚でしかない自分に、何が出来るわけでもない事を。

 彼に直接迷惑は掛けられない、それでも、せめて、知っておきたかった。

「ならほれ、そこにおる、全部既に知っとる、わしからそれに付け加える事はないな」

 奥に顎をしゃくってみせ、ミルクを一口だけ味わうと老人はそのまま席を立ち、退出していった。

 入店したときから、気付いていた。

「テルオ」

 良く見知った、見知らぬ荘厳な職業軍人。

 呼び掛け、歩み寄り。

 渾身の鉄拳制裁を下した。

「な」

「な、じゃない! 」

 マリーは怒り心頭大激怒。

「なーに悲壮感たっぷりで突っ立ってのよこのバカ! 」

 いや、感、ではなく。

「ハイ私から全部ネタバレしてあげるからそこに直れ! であれでしょ、少し遠いとこ行くとか言って101回目のプロポーズ、凱旋将軍だ必ず還るって天にも届く盛大なフラグおっ立てておいて出征で、ああ? 、月軌道月の裏側月軌道艦隊相手に不幸な事故壮絶な討ち死に、一身を盾に人類双撃最悪の不幸は回避した歴史の真相は藪の中、ゴメン約束果たせないってジャポネお得意浪花節エンド? ああ、なめてんか、ふっざけんなゴラア!! 」

 更に痛打、有段者の体重が乗った正拳突きにタロウは軽く悶絶。

 ぐう、いや、ぐうのねもでない。

 さすがは我が姉、最強最愛の天敵。

「私が、それで、納得すると思う? 」

 めずらしい光景に、テルオは最期の言葉を喪う。

 アイシテル、それでも、君を。

「血をね、流したら、ダメなのよ」

 なきじゃくりながら、しゃくりあげながら、なお言葉は止まない。

「私がそれで納得すると、赦すと思う? 最愛の男を歴史の犠牲の美名に討ち取られて、ええ、なに一つ納得しない赦さない、ルナリアンの最後の一人まで滅ぼし尽くしてやるわ、それが連綿と続く人類の悪業と百も知った上でね」

 まったく、ことばがない。

「悲壮な決意? だったらベストを尽くしなさい、最後の瞬間まであがきなさい! 愛してる? 私もよ、嬉しいわ、でもテルオ、今貴方にはもう別の、その言葉を待つ相手が、相応しいベストパートナーが居るんでしょ? 気付きなさい、認めなさい、現実を、真の望み、幸せをよ! 」

「わかったマリ姉」

 ようやくテルオは、告げた。

「良く判った、ありがとう、うん」

 頷いた。

「そうする、するよ」

 ようやくマリーは、泣き笑いの顔を上げる。

「考えましょ、知恵を絞りましょう、未だ時間は、可能性はある」

 とはいえ。

 既に万策尽き、この状況に身を置いている現実は動かない。

 こうした決定は思いもよらなかった故、造反の機会すら作れなかった。

 手持ち無沙汰にフリックしていたその手元が、不意に、反応した。

「え」

 見知らぬアドレスからの着信、そして発信源は星外。

 ドメインは、火星。

 即時、タップしている。

「マリ姉? 」

「しっ」

 火星から? 。

 私のコムに?? 。

 誰が、いったい何を。

 もちろん相手は待ち構えていたのだろう。

「今日は初めまして、こちら火星」

「……誰、あなた、いったい」

「大変申し訳ない!! 」

 生涯でも稀有な、本心からの謝罪。

「本件当事者、です」

 ふたり、いきを呑む。

「臨時政府……? 」

「関係者です、今からかいつまんでお伝え申し上げる」

 そこからジジは淀みなく10分程、本件経緯を伝達した。

「あー、あー、あああ! 」

「マリ姉」

 頭をかきむしり思わず悲鳴を上げる。

「おかしかったのよ確かに! なんでああもインジケータが踊り狂うのか! あんなん動かそうったってそうそう出来るもんじゃないのよ?! なんで、見えてる怪しいフラグそのものなんで直接調べなかった私! ばか!! 」

「あ、たすかりました」

 思わずゲロってしまう。

 支部のメンツが勝ったが、初期に地球から嫌疑を受けては回避出来ない、そこは計画の脆弱パートであった。

「じゃかあしい、このまま焼かれてまえ! やっちゃえテル! 」

 わかるが姉ちゃんそれはいろいろだいなしだ。

「まアホはともかく、そう、そういう事」

 マリ姉、ぶつぶつぶつ、ちーん。

「テル」

 悪い顔でこっちをガン見、あ、最期通牒ktkr。

「あんた、婿に行けハイ決定、で、おら火星」

「ハイ火星です」

「その、実験艦呼びだしてよ、今ここに」

 一転上機嫌でマリーはパシらせる。

 タロウは応じるか、もちろん喜んで応じるだろう。

 教授は隣で会談を見守るシビルにマリナーコールをお願い。

「古人曰く、毒を喰らわば皿まで、いいこというわよね」

 ……いくない。

 ……同意する。

「この際だわ、三者面談としゃれこみましょ」 

 女帝は高らかに連絡会議開幕を宣言。

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