乙女の人たちの日常 ③

進め山岳先輩!!

進め進め!

 山岳誠さんがくまこと、高校の三年生である。

 アメリカンフットボール部の副キャプテンだ。


 美形ではないが、おとこらしさを詰め込んだ見た目に、長身と筋骨粒々な体に少なからず憧れる女子はいる。

 ただ、彼は女性慣れはしておらず、彼女を作るなど部活の邪魔でしかないと思っていた。


 そう、あのときまでは……


 その日はたまたま母親が炊飯器のスイッチを入れ忘れ、ご飯が炊けなかった為にお金を渡され、たまにはパンも良いだろうという結論に至り、お昼はパンになったのだ。

 成長期で食べ盛り、まして部活をする高校生の男子の食欲は半端ない。パンを大量に購入しようと慣れない売店にやってきたのだが、並んでいるようで並んでいない列を見て巨体を生かし、強引に体をねじ込んでいき前へ前へ進んでいく。


 もちろん人を倒さないよう、アメフトで培った眼力で列の隙間を的確に突きながら。


 山岳誠、見た目に反してせこい男である。


 混乱極まる最前列で生徒をさばいていく、売店のおばちゃんが見えて安堵したとき、山岳の足が突然進まなくなる。


 足に力を入れても前に進めないのだ。自分の左足に当たるものを見ると細い女子の足があった。


 何かの勘違いだろうと左足に力を入れるがビクともしない。

 試しに右へ押してみるがやはり動かない。


 山岳誠、込み合った中で女子を押すという常識はずれなことをしていることには気が付いていない。彼は今、フィールドに立ちはだかる敵と戦っているのだ。


 実に迷惑な男である。


 そして目の前の女子がプリンパンを狙っていることに気が付いた山岳は、プリンパンを取ることをこの勝負の勝利条件として勝手に決める。

 狭いフィールドの中で目の前にいる女子を押し退け、勝利のタッチをするべくプリンパンに向けて手を伸ばす。

 だが、後ろを振り返りもせずに女子は山岳の進行方向を的確に塞ぎ、細身からは考えられない力で妨害してくる。


 そして山岳の勝負は呆気なく終わりを迎える。山岳が何もできないまま女子は会計をすませると、すれ違いざまに山岳と目が合うと微笑む(※女子は微笑んでません。勝利のどや顔をしただけです)


 その微笑みを受けて顔が熱い! 自分でも分かるくらい熱い。風邪を引いて熱が39.2℃あっても走れる男が今、体中が熱くて変な汗を掻いて足が震えるのだ。



 * * *



 ──数日後


「おい山岳! ちょっとこっち来い!」


 学校のグランドに強面の男の怒鳴り声が響き、フィールドでボールを持って走っていた山岳はダッシュで男の下へ行く。


「山岳! お前なんだあのプレーは! 嘗めてんのか?」


 一頻り怒られ解放された山岳は、ダッシュでグランドに戻り、ランニングをしていたチームメイトたちと合流し一緒に走り始める。


「山岳、お前が怒られるなんて珍しいじゃん」


 走りながら声を掛けてくるイケメンは、アメフト部のキャプテン千葉寿ちばひさし。山岳の幼馴染であり信頼を置いている。

 走りながら山岳は千葉に今自分の身に起きていることを話すと一言。


「それって、その子のことが好きなんじゃね?」


「好き? 俺が?」


「俺が? ってお前な、他にだれもいねえだろ。好きなら告白しちまった方がいいんじゃね? お、そうだその女の子のこと調べてやるよ。特徴教えてくれ」


 自分の手を見つめながら信じられないといった顔をする山岳に、千葉が放った『その子のことが好きなんじゃね?』の一言。

 これにより山岳は、なぜ微笑み掛けられたとき(※掛けられてません)自分の体温が上がったのかを知る。そう、自分がその女子を好きになったかもしれないことに気が付いたのだった。


 思い立ったら猪突猛進な男、山岳。千葉の情報網の助けで、あのときの女子が一年生で『鞘野詩さやのうた』という名前であることを知る。

 そして告白の仕方を書物にて調べ、下駄箱に手紙を入れるという方法を知ることになる。


 一、下駄箱に入れた手紙により相手に自分の存在を全面に出し、好きだという気持ちをアピールする。


 二、続いて、放課後まで待たせるというドキドキ感。体育館裏という非日常と合わさって、気分は高まる。


 三、そして定刻になり皆が帰ったり部活に勤しむ中、男女が二人で会うという特別感。


 この三本の矢を持って、とどめに目を見つめストレートに告白する。この告白方による成功率は50%にも及ぶ。


 それにこの方法の利点は、手紙を出した時点で、興味がなければ来なければ良いとい選択権を相手に委ねることである。

 好きでなければ、行かなければ良いのだ。つまり来てくれた時点で相手は自分に興味があるということ。


 勝率はグッと跳ね上がるだろうと書物には書いてあった。


 ある日の早朝、山岳はその巨体を必死に潜めながら、靴箱にラブレターを入れるのだった。

 授業は真面目に受ける山岳は、一日中ソワソワして授業に身が入らない。自分に第二の矢が突き刺さっていることに気付かず過ごしやってきた放課後。


 鞘野詩は体育館裏にやってきた。


 ここで山岳は勝利を確信する。来てくれたことは半分勝ったも同然だと心躍る。


 真っすぐ詩を見る。肩にかかる茶色の髪が風になびき、僅かに花の香が風下にいた山岳の鼻をくすぐる。

 澄んだ綺麗な茶色の瞳が自分を映していることに緊張してしまうが、流れはきてると感じた山岳は行動にでる。


「突然呼び出して申し訳ないです。僕は山岳誠っていうんですけど、覚えていますか?」


 詩は恥ずかしいのかモジモジしている(※してません)


「ごめんなさい。覚えてません」


 だが返ってきた言葉は予想外なもの。だがここで押し負けてはいけない! 気を取り直し自分を思い出してもらうとするのと同時に気持ちを乗せアピールする。


「あの、売店であなたと出会い、その華奢な体からは想像も出来ない力に屈服したときにこの人しかいない! そう思いました。付き合って下さい!!」


 あの売店での熱い攻防を思い出したのか、真剣な表情になる(※気のせい) 


「ごめんなさい。お友達でお願いします」


 詩は定番の断りの文句と共にペコリとお辞儀をする。勝利を確信してからの転落に、目の前が真っ暗になり山岳は膝から崩れ落ちてしまう。

 突然銀髪の女子と話だしそのまま走り去っていく詩。

 そして代わりにやってくるメガネをかけたヒョロとした男子が山岳に声を掛ける。


「え、えっと……だ、大丈夫ですか?」


 山岳は声を掛けてくる男子が誰なのかを考える余裕もなく、一点を見つめ佇む。細身の男はしばらくオロオロしていたがやがて去っていってしまう。



 * * *



 ──数日後


 初恋にて、初失恋。心に穴が空いたような感覚を感じながら、家まで重い足を引きずる。

 まだお昼過ぎ、学校は半日で部活もしばらくない。山岳が告白した日、少し離れた緑町のオフィス街で地盤沈没があり、その混乱に乗じて凶悪な犯罪行為があり、犠牲者が多数出たとの報道から、学校がとった対策である。


 日頃、日の高い時間に帰ることなどないなと思いながら歩く道すがら、ふと聞いたことのある声が耳に届く。


「あった! あれでしょ!」


 山岳が声のする方に誘われるように向かうと、小さな川が流れる道沿いで困った顔の女性と泣いている女の子が立っている。

 そして自分と同じ学校の制服の女子生徒が二人いた。

 山岳は道の上から川を見ると、川に生える草に赤い何かが引っかかているのが見えた。

 離れた場所から山岳の耳に聞こえてくるのは最近聞いた女子は、忘れもしない鞘野詩である。


「美心、カバン持ってて、あそこなら濡れずにいけるから」


「まあ、詩なら大丈夫なんだろうけど、気を付けて」


「了解っ!」


 詩はカバンを友達に預けると、道沿いの柵を軽やかに飛び越え、斜面を駆け下り川に飛び降りる。


 山岳が躊躇なく川に飛び込むなんて、無茶なことをすると思ったのも一瞬。


 水面から僅かに顔を出している石を足場にして進んでいるとは知らない山岳から見た詩は、水面を走っているように見え口を開けてその姿に見惚れる。


 水面を華麗に走り草むらに引っ掛かっていて赤いポシェットを拾い上げると、対岸へと走り抜ける。


 そのまま対岸で親子に笑顔で手を振る詩。


 一瞬の出来事だった。華麗に水の上を走る詩の姿に山岳の心臓が大きく跳ね、胸が高鳴る。地の底へと沈んでいた気持ちは再び動き始める。



 * * *



 数日後、職員室に山岳はいた。


「同好会を立ち上げるってお前、部活どうするんだ? もうすぐ引退だし大学受験があるってのに」


「両立します。大丈夫です。決めたことですので」


 口を開け驚く先生が手に持っているのは、山岳から渡された同好会希望届書である。職員室を去っていく山岳を唖然として見ていた先生は、同好会希望届書の同好会名称を見る。


『詩ファンクラブ』


「……」


 ────────────────────────────────────────


『転生の女神シルマの補足コーナーっす』


 みんなの女神こと、シルマさんが細かい設定を補足するコーナーっす。今回で21回目っす。30回を目指すっす!


 ※文章が読みづらくなるので「~っす」は省いています。必要な方は脳内補完をお願いします。


 詩の知らないところで同好会希望届を提出、受理されやがて発足されることになる『詩ファンクラブ』。

 奇しくも『エーヴァちゃんファンクラブ』とほぼ同時期に発足されるわけです。


 本人たちの知らないところで争うことになるファンクラブ同士。非常に迷惑だと後に詩とエーヴァが語ることになるのは少し先の未来のことです。


 女神個人としても、女子を押したりするのは如何なものかと思うっす。決して真似をしないようにお願いするっす。


 次回


『NWGP』


 知ってる? 詩ちゃんは甘いっ。エーヴァちゃんは上品、スーちゃんはミルキーなの。詩ママはホッとするし、尚美はクリーミー。


 犬は真面目な顔をして語る。


 若さ? そんな尺度で語ってくれるな。女性は等しく尊く、味には深みがあるのだ。


 できる犬がこっそり教えてくれる人間の知らない味と香りの世界。


 舐めるの大好き『N』、ワンちゃん『W』が決めるグランプリ『GP』

 略称『NWGP』、正式名称『ナメワングランプリ』がついに開催される!


 ……らしいっす。

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