のんびりした切れ者おっさん

「松下さん」

「……関川か。そろそろ来る頃だと思ってましたよ」


 関川じゃねーだろ、大天使関川さんだろ、【大天使関川さん】までが名字だろ! しかも股間のノンビリさんは見かけと違いオットリ刀さんだぞと思ったが口には出さず笑顔を返した。こういう穏やかさがパブリックイメージを上向かせる秘訣なのだ。


「話が早くて助かります。では転生税のほうを――」

「そう慌てなくても用意してますとも。それより、ほら、あれを見て下さい」


 そう言って松下は窓の外を示す。ここはアパートの二階で、角度的にちょうど向かいの公園が一望できる。砂場では子どもたちが騒いでおり、滑り台では大きなお友達が小さなお友達を抱きかかえて何度も滑走していた。のどかな風景を前に殺伐とした職務を忘れそうになる。


「こうやって近所の子供達が遊ぶ様を見て、ときおり聞こえる笑い声なんかを楽しむのが僕の生き甲斐なんです」

「何となく分かりますよ」


 言いながら松下は横顔を晒す。それは本当に良い顔で、隠しきれない優しさが溢れ出していた。ふと、柔らかな風が部屋に吹き込み、ハンガーに吊るされていた女子用のスク水とロンパースが無造作に揺れる。いたずらな妖精は机の上に置かれた雑誌のページを無造作に捲り上げ、パラパラ漫画のようにちっちゃい子の画像がワルツを踊った。


 のんびりとした時間の中で、ささやかな幸せに満たされ、俺はいつしか砂場で遊ぶ子供達の輪に入る自分を想像していた。


『関川くんは大きいからお父さん役ね』

『俺のは大きいけど、だからこそ赤ちゃん役がいいな』

『えー、しかたないなー』

『うん、しかたないんだ。ママ、おしっこでたー』

『はいはい、オムツ替えましょうねー』

『ちゃんと握れよ!! まだ出そうだからな! よし!』

『もー、なにが、よし! なのよー』


 有り体に言って至福だった。仕事なんて忘れ、ずっとこのまま妄想に浸って……っと、そうも言ってられないか。アンリアルに逃げ込んでばかりもいられない。


「じゃあ松下さん、そろそろ転……あれ? 松下さん?」


 さっきまで窓際で呆けていた松下がいなかった。窓枠には地上まで垂れ下がったワイヤーが捨て置かれ、逃げられたのだと悟る。


「まったく……、油断のならない奴だ」


 魔力の取り立ては何も彼だけにしていることではない。ここでどこそこを探し回るのも時間の無駄だ。


 俺は気を取り直し、女子用のスク水をカバンに詰め込みながら部屋を後にした。

 未来視? 確かに見えたさ。だから奴が警察のお世話になってから、ゆっくりと回収すれば良い。

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