「羊の悪夢」

「メェエエ……」

 ――謎の羊



あれはそう、飛竜に使う罠を捕まえてたところだった。つまり、羊だ。あれに諸々を詰め込めば、飛竜のごちそうが出来上がる。そいつを飛竜に食わせてやれば、たちまちあいつらは腹を壊して飛べなくなるからな。

でも、あの夜はどこかおかしかった。俺たちは羊を追いかけているだけなのに、まるで人狼に睨まれた時のように首の裏がひりつきやがったんだ。嫌な予感がした。だから俺は、相棒のハーゲンに今夜はやめようと言った。だが奴はすでに、二匹目の首に短剣を刺したあとだった。

すると、奥の方にもう一匹、羊を見つけた。牧場の主は全部で十頭だと言っていたのに、そいつは十一頭目だった。ハーゲンが聞き間違えたのかと思ったが、あいつだって怪物退治の専門家だ。それに、あいつが残念なのは頭の上の方であって中身じゃない。一応、俺も数えてみた。間違いなく俺たちの周りには、二頭の死体と、柵の内側で逃げ回る八頭、それとおかしな一頭がいた。

そうだ。どこからかやってきたもう一匹は、あまりにおかしかった。普通、羊は二本足で立たないし、オーガのように屈強な上半身など持っていない。もしかして、羊じゃなかったのか? だが奴の頭は確かに羊だった。俺が知るものよりずっと大きかったが、それだけは確かだ。

しかもそいつの声は、これまで聞いたどの怪物のものよりも恐ろしかった。声は羊のものだったが、地獄の底から漏れてきたような、恐ろしく低い声だったんだ。だから俺たちは、すぐにその場から逃げ出した。そいつはものすごい速さで俺たちに迫ったが、俺たちの方がわずかに素早かった。

幸い、そいつは俺たちが牧場の柵を飛び越えたところで急に足を止めた。俺とハーゲンはそこで顔を見合わせて、それからもう一度化け物の方を見ると、もう奴はどこかに消えていた。死んだ二頭の羊と一緒に。


あいつは一体何だったんだ? 正直、今でもわからない。

怪物の専門家にだって、わからないことはあるんだ。ただ、これだけは言っておくぞ若造。命は尊いものだ。むやみに殺し回るもんじゃない。だが俺たちの仕事には、死が必要な場合もある。だから……夜の狩りには、十分気をつけることだ。奪われる側からすれば、その死に意味があるかどうかなんて、些細な違いでしかないんだぜ。


 ――怪物退治の専門家、ロデリック


 

辺境の村に住む少年はある日、行き倒れた騎士を救った。騎士が感謝の言葉とともに携えた小剣を贈ると、少年はその見事な出来に魅了され、どうしても刃の鋭さを試したくなった。

けれど木を叩いてしまえば、刃が欠けてしまうかもしれない。こんなに美しい剣なのだから、きっと凄まじい切れ味のはずだ。どうせ切るなら、動かない木より生き物のほうがずっといい。

だから少年はその日の晩も家から抜け出し、毛むくじゃらの獣を追いかけ回した。いつものように、羊たちは柵の中で逃げ回る。少年はそれを、どこまでも追い続けた。いつもの棒きれではなく、剣を握って。

騎士にもらったばかりの、美しい小剣。鋼の刃は、きっとよく切れるだろう。早く試したくて、少年は夢中で剣を振り回した。


この狭い柵の内側には、どこにも隠れる場所がない。きっといつかは、追いつかれてしまうだろう。だから羊たちは、見下ろす月に願った。

どうか、恐ろしい鉄の悪魔から我らをお守りください――


やっと羊に追いついた少年は、異変に気づいた。今日は満月の夜、なのに辺りは暗く、深い闇に覆われている。

ぴたりと、風がやんだ。虫の声も、草花の芳しい香りも、何も聞こえず、何も感じない。

不安になった少年は、あたりを見渡した。そして、森の奥にそれを見つけた。

ゆっくりと近づく、巨大な体。ぎょろりと睨みつける、不気味な横長の黒目。それはとても、とても大きな羊だった。

そして大きな羊は、少年をさらった。もう二度と、羊たちをいじめないように。


――南部地方に伝わる民話

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