第2話 友達は風の音

 浩子はこの久住山の麓で生まれ育った。

 家族は祖母と二人暮らしであった。

 浩子の両親は数年前の台風による土砂崩れにより亡くなっていた。


 この地域は過疎化が進み、浩子の通う中学校も全校生徒で8名しか居らず、中学2年は浩子1人であった。


 浩子の家は山奥の森の中にあり、代々、牛の放牧地の管理、林業を家業とし、そして、あの教会の管理を任せられていた。

 

 この地域はあまり有名ではないが隠れキリシタンの地であり、浩子の先祖もそうであった。


 浩子は兄弟もなく、山奥に家があったことから、小さい時から1人で遊ぶ癖が付き、学校以外の時間は森の中で遊んでいた。


 学校の生徒からは、


 「風の妖精」と言われていた。

 

 浩子は森の中に1人で居るのが好きだった。

 特に夕暮れの木漏れ日が森に差し込む時間帯が好きであった。

 その時間帯は丁度、下校する時間帯であり、学校仲間と一緒に下校することはなく、いつも浩子の姿は妖精のように、いつの間にか森の中に溶けるように消えていくのであった。


 県道から牧草地に降りて、森林の中に入っていく。

 夕陽が木々、枝葉にカットされ、毎日、異なるデザインを浩子に見せつける。

 足元の落ち葉の煉瓦は、その日の光の差し込み具合により、踏み鳴らす音色が異なる。また、浩子の歩み方に忠実に演奏をしてくれた。


 そして、一番の友達は、風達であった。


 森の真ん中の楠木の大木の木穴に腰掛けると、風達がやって来る。


 杉林の中を木漏れ日の光を伴いサワサワとやって来る。


「浩子、知ってるかい。そろそろ、水槽所の上の高原で蕨(わらび)が取れるぜ。」


「浩子、今日は元気ないな。寝不足かい。ちょっと寝なよ。俺たちが起こしてやるから。」


「浩子、また、話してくれないかなぁ。国語の教科書の話。なんでもいいぜ。まあ、古典の平家物語は俺たちよく知ってるから、もう話さなくていいぜ。」

 【※この地域は平家の落武者も多かった。】


「分かったよ。じゃぁ、今日は井上靖の『氷壁』を読んであげるね」


 浩子は10分ぐらい、ゆっくりと感情を込め、1人五役以上の話ぶりに変化を付けるなど風達のために朗読してあげた。


 風が途中で止んだ。


「もぉ~、寝るなよなぁ~、折角、感情込めて話してあげてやってるのに!」


「浩子、ちょっと、それは難しい。俺たち吹き抜けるように軽やかで、楽しい物語が好きなんだ。」


「はいはい、また、風の又三郎でしょう!」


「そうそう」


 こんなふうに、浩子の親友は森の中に注ぎ込む爽やかな純情な風達であった。


 森の中を浩子が全速力で走っても転けることもなく、木にぶつかることもなかった。

 風達がいつも一緒に走ってくれて、風音で何もかも浩子に教えてくれた。


 森の外でも風達は浩子と一緒に遊んだ。


 久住山の真前にある大高原。

 蕨を採りに行くと、決まって風達が付いて来た。

 風達は浩子のスカートが捲れるくらい強く吹く。


「もう~、エッチ、やめてよー、パンツ見たいんでしょ」


「見たくねぇーよ」


「なら、そんなに下から吹かないで!」


「知らねぇーよ、俺じゃないよ」


「誰なの、エッチな風は!、今度吹いたらスカート履かないからね!」


「分かったよ~、ズボンはやめてくれ。浩子に似合わない。浩子にはスカートかワンピースが似合うよ。」


「うん!私もズボンは嫌い。可愛くないもんね。」


「そうそう」


「きゃぁー、また、下から吹く~、エッチ!」


「もぉ~、風達の馬鹿!」


 浩子と風達は親友であった。


 雨の日は大人の風が吹く。


 強風の時は悪い大人の風が吹く。


 浩子の友達は晴れた日の子供達の風であった。


「よーし、今日は晴れだ。あの子達も出て来るかなぁー」


「浩子、1人で寂しくないかい? おばあちゃん、学校まで一緒に行こうか?」


「おばあちゃん、大丈夫?おばあちゃん、腰悪いでしょ。無理しないで。私には一杯友達は居るから大丈夫!」


「一杯居る?」


「いや、学校に行けばね…」


「そっか、そんじゃ、気をつけて、いってらっしゃい!」


「いって来まーす」


「おはよう、浩子!」


「おはよう」


「今日は河原で待ってるよ。」


「何かあるの?」


「うん、綺麗なすみれの花が咲いたんだよ」


「分かった!行くからねー」


「浩子の今日のワンピースと同じ色だよ」


「やったぁー、この色、私、好きなんだ!」


「俺達も好きだよ」


「あなた達、私のこと好きなんでしょ~」


 風が止まって、森の中に沈黙を作った。


「恥ずかしがり屋さん、正直ね~、私も皆んなが大好きだよ~」


 風が照れ臭そうに、落ち葉の煉瓦を軽く吹き上げるように微風となり、浩子の足取に速さを合わせ、手を握るように優しく吹いた。



 

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