成就

号哭

「……で、話すってどこで話すんだ? というかお前、何も考えないまま僕のこと引っ張ったろ」

「あはは……ごめんごめん」

 広場から数十メートルほど離れた住宅街の入り口に近い交差点で信号に捕まった時、思わず僕が彼女にそう聞いた。すると彼女は小さく謝り笑いながら

「じゃあ、サク君の家で考える?」

 そう言った。いや、ふざけるのも大概にして欲しい。こんな物騒な話題を母親にでも聞かれたら僕がどうなるかわからない。「なんで言ってくれなかった」と両親に責め立てらえるか、もしくは激怒して学校に直訴するかのどちらかになる未来が容易に想像できる。

「……勘弁してもらえません?」

「むりです」

 そう彼女に一瞬だけ救いを求めたがあえなく一蹴される。僕が図書館で考えるという案を提示したがそれも「両親より一般の人に聞かれた方がまずくない?」と言われ結果断念することに。そして彼女に連れられるがままに僕は自宅へと戻ることとなった。



「ただいま~……」

 玄関を開けながらそうか弱く帰宅を伝えると眼前には驚きの表情を浮かべた母親がいた。

「お母さん、お久しぶりです。少しお邪魔しますね」

「あら蒼空ちゃん、久しぶりね。この馬鹿にでも連れてこられたの?」

「いやいや、ちょうどこの前学校で配られたプリントが朔弥くんに行ってなかったみたいで、渡そうと思ってお邪魔させてもらいました」

「いつもいつもありがとうねぇ。あ、なるべく邪魔はしないようにするからね」

「そんな事しなくても大丈夫です!」

「冗談よ冗談。でもほんとにこの馬鹿に何かされそうになったら逃げてきなさい。私が変なことできないようにしてやるから」

 そう言って母が僕の頭を軽く拳を作り叩いた。

「母さん……そんな変なことなんてしないって……」

 僕がそう言って頭をさすると

「まあチキンさんだからね~そんなことできるわけな~い」

 と言いながら蒼空は階段を上り出す。そして僕はそれを追うように階段を上った。




「と、まあここまで来たわけなんだけども、どうするの?」

「どうするって? 告発の仕方を話すんじゃないの?」

 僕が部屋のドアを閉めてばれない様に施錠して彼女に質問を投げかけると、彼女はきょとんとした表情を浮かべながら僕に質問を投げ返してくる。

「ん、ああいや、なんでもない。とりあえず適当に座っといて」

 彼女の質問にそう返してから僕はパソコンの前の椅子に座り電源を入れる。僕の視界の外でベッドのスプリングが軽くきしむ音がした。今まで何度も何度も打ち込んできたパスワードを入力して、一つのソフトを起動させ、スマートフォンを接続する。そしてスマートフォンの画像フォルダがデスクトップ上に表示され、そこから三つのものを抜き出しコピーした。僕が殴られている時の映像、海斗と蒼空のチャットのスクリーンショット、その二人の通話の録音だ。

「何してるの?」

 いつの間にやら立ち上がり僕の真後ろにいた彼女が不思議そうに画面を覗き込みながら僕にそう聞いてくる。

「先生に見せるために映像とかをまとめてる」

 新品のUSBを引き出しから出し、それをパソコンに接続する。USBメモリのタブを開きその中にコピーしたそれらを貼付してメモリを引き抜いた。


「ほい、これで終わり。こいつを朝か放課後に生徒指導に持ち込むわけだがいつ持って行こう?」

「放課後でいいんじゃない?」

「じゃあ放課後で。明日は付き添い頼んだからな?」

「もちろん断るわけないじゃない、幼馴染なんだから、ね?」

 彼女は僕の真後ろからまたベッドへと歩き出し、僕が彼女の方を見ると一度くるりと振り返り笑顔を見せながらそう答えた。そして踵を返すとまた僕のベッドに腰かけた。



「……なんか、懐かしいね」

 無言のまま何もせずいくらか時間が経ったとき、ふと天井を見上げた彼女がそう小さく零した。その声はどこか悲しげで、よく聞いてみればかすかに声が震えている。

「確かに、久しぶりだな。でもいきなりどうしたんだ?」

「ん、いや、なんでもないよ……ただ……」

「……ただ?」

「生きててくれて、本当に良かったって……頑張って、よく耐えて凄いなって……」

 言葉を発した彼女の目には大粒の涙が溜まり、その頬にもいくらかが伝っている。

「ちょっ……なんで泣くのさ!」

 唐突に涙を零し始める彼女に驚き咄嗟に椅子を立ち上がりベッドの上に座る彼女の傍へ駆け寄る。横に座ると彼女は胸元に飛び込むように抱き着き、そして忍び泣きはいつしか嗚咽へと変わってゆく。そしてその中で途切れ途切れに何度も謝り続け、僕の胸元は彼女の流す涙でぐっしょりと濡れている。それからおおよそ三十分もの間ずっと彼女は泣き続けていた。


「……落ち着いた?」

「うん、ごめんね。いきなり泣き出しちゃって」

 泣き腫らした目でこちらを見つめながら彼女はそう答える。

「謝るのは僕の方だよ……たくさん心配かけてたみたいでさ」

「ほんとに心配だったんだからね? ひょんなことからぽっくりと逝っちゃいそうだったしさ……落とし前はつけてもらわないとねぇ……」

 いたずらな笑みを浮かべながら僕の肩に手を置いてそう言ってくる彼女はどこか幼く見えてしまう。

「え……また?」

「またって何よ! ちょっと前のあれと今のこれは別の話!」

「……で、僕は何をしたらいいの?」

 彼女の言い分に少々呆れたように返すと「ま、まあ……考えとく」と言って目を逸らされた。


「じゃあ、お昼も近いしそろそろ帰るね」

 立ち上がりショルダーバッグを肩にかけた彼女は僕と母に見送られ帰路を辿った。



「あんた、蒼空ちゃん泣かせたね?」

「いやあ、まさか」

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