奇蹟の列車は僕を乗せて

きさらぎ

 山の中腹に差し掛かったところで、兵藤さんが足を止める。

「どうしたんですか?」

 僕がそう尋ねると彼は

「少し前に君が「駅の外はどうなってるんだろう」っていう話をしてたのを思い出してね。今から駅に向かおうかなって思って」

 そう言って下りのる道から少し脇にそれた獣道のような踏み固められた一本の筋へと入っていく。まさか、こんな木が鬱蒼と茂っている森の中に駅なんてあるはずがない。そう思いながら彼の後ろを草木をかき分けながら進んでいく。そして周りの草木がだんだんと整えられ、視界が開けてきたとき、僕の目の中にある一つの異質なものが目に入った。

「……小屋?」

 周辺の木がきれいに刈り取られた小さな円状の土地のちょうど中心に二畳ほどの広さがあるであろうそれがぽつんと立っていた

「この小屋に入ってくれるかい?」

「この中にですか?」

 兵藤さんはそう言ってその小屋を指差す。

「ああ、そうだ」

「えぇ……わかりました」

 一瞬「こんな場所がきさらぎ駅と関係があるのだろうか」と一抹の不信感を抱きつつも意を決して戸を引いてみる。

「……開かないんですけど」

「押しなさい」

「あっ、押すんですね……」

 兵藤さんに言われたようにドアを押してみるとキィと少し不快な高音と共に奥に倒れ、小屋の中が見えるようになる。

「……え? どういうこと……?」


――小屋の戸の内は、前に何度も見た景色。そう、きさらぎ駅の中だった。


「はっはっは、驚いただろう! あの小屋はここにつながっているんだ」

兵藤さんは呆気に取られる僕を見て大笑いする。ぼくはただただきょろきょろとあたりを見渡し、急な状況の変化を理解し切れずに狼狽えるばかりだった。


「駅の外の話は前に聞いたよね?」

「ええ、まあ。かすかにですが覚えてます」

「じゃあ、もう一回説明しておこうかな」

 そう言って彼はすたすたと駅長室に向かって歩き出す。それを追いかけるようにして僕もそこに向かった


 彼はその部屋の奥にある異種に座り、手前の机の引き出しから一つの懐中時計を取り出して、彼の目の前に立つ僕に向けて話しだす。

「何度目かの確認になるだろうけど、この駅は生死の境目にある駅だっていうことは前に言ったよね?」

「はい」

「つまり、この駅の駅舎から出たらそこからは霊界なんだよ。魂が宿っている生身の人間が長時間そんな空間にいればいつの間にか魂が死の世界に取り込まれてしまって、帰ってこれなくなっちゃうんだ。要するに、『死ぬ』ってこと。そして、生身の人間が霊界にいられるのは体質的な問題もあるが、おおよそ二、三時間と言ったところだ。君は精神以外はいたって健康体だから三時間は外にいても大丈夫だろう」

 彼は机の上に置いた懐中時計を手渡す。僕はそれを受け取って、ポケットの中にねじ込んだ。

「じゃあ、少し『霊界』ってのを楽しんできます」

 そう言いながら彼に背を向け、小走りで駅長室を飛び出して、そのまま駅の外へ出て行った。


「奇麗だな……」

 駅舎の外に出た僕は眼前の空に広がる星空に思わず言葉を漏らしてしまった。

 現代では見ることのできないような一面雲すらない薄明りに満たされた藍色の空には煌々と光り輝く星々がまるでラメの入った絵の具を落としたかのように点々と散りばめられ、流星は燃えながらその尾を引きながらはるか上空を滑るように飛び、ふっとその光を消す。

 その星々を見ながら駅の前に整えられた道を気の向くままに歩いてゆくと、奥に小さな鳥居と『鎮魂祭』と大きく書かれた看板が目に入った。

「祭りか……時間も余裕があるし、少し見ていくか」

 そう呟いて、僕はその鳥居のある方向に向けて歩を進める。


 朱に塗られた鳥居を潜れば、少し長めの階段が顔を覗かせる。その上を見上げてみれば火の灯された灯籠とまばらに吊り下げられた提灯が見えた。辺りには何かを燻したような香ばしい香りが漂う。

 何かに吸い寄せられるように階段をたんたんと一歩一歩軽快に上がって行けば、上り切った先に縁日屋台が並び、射的に興じる僕と同年代のように見える子たちや、綿菓子ややりんご飴と言ったお祭り独特の甘味に舌鼓を打つ大人たちがいた。

 見た目は何ら普通の田舎の盛大な夏祭りと変わりがない。でも、その中に何か神秘的な何かと得体の知れない違和感を覚えた。でもその違和感と言うものは非常に心地の良いもので、現実世界とは何か違うという雰囲気を作り出しているようであった。

 拝殿の石段に腰かけて、神秘的な違和感を帯びる世界に。少し離れた場所から見る死者たちは生き生きとしていて、到底死んでいるとは思えなかった。

「写真、撮ったらどうなるんだろう……」

 スマートフォンの画面を点けてカメラを起動し、パシャリと一枚写真を撮る。その写真の中には今僕が目で見ている風景と同じものが映し出されていた。

「これは記念に置いておいて、さ、屋台で何か買って駅に戻ろう」

 よいしょと立ち上がり、ふと目に入った焼きそばの屋台に向かって歩き出した。


「おじさん、焼きそばください」

「あいよ! ちょいと待ってくれい!」

 焼きそば屋台のおじさんはこてを器用に動かしながら熱された鉄板の上で香ばしい匂いを漂わせる野菜や肉がふんだんに混ぜられ、ソースで艶を帯びた焼きそばを紙を器用に組んだ入れ物に移し替え、僕に渡す。

「ほいよ、祭り楽しんでくれい!」

「あ、お代は……」

 普段のお祭りでは屋台の物を買えば注文した時に代金を請求される。だがこの屋台はそのようなことがなかった。そこが気になってしまい、思わずとっさに聞いてしまう。

「そんな、お代なんかいらないよ。君たちが楽しむ笑顔が俺にとっての代金さ」

 はははと笑いながら彼はそう言う。

「ありがとうございます。いただきます」

 焼きそばの入った紙の容器と割り箸を受け取った僕はそのまま来た道を引き返す。

 階段を下り切った時、空に一つ、火の大輪が咲いた。

 

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