きさらぎ駅お悩み相談室

今日は何をしよう

 昨日早く寝すぎたせいで、何時かもわからない早朝に目が覚めた。体の痛みはもう治まっている

「いや、早すぎだろ……」

二度寝しようとも思ったが、それほどの気力もない。自室の鍵を開けて外に出て階段を下りる。洗面所に向かう途中、リビングの電気がついていることに気が付いた。どうせ、夜中に消し忘れたのだろう。

「後で消しておくか……」

小さく呟いて、洗面所に向かった。



 洗面所で顔を洗い、目を覚ましたところで電気がつけっぱなしにされたリビングへと向かう。リビングのドアを開けると、中では両親がなぜかトランクを広げ、荷造りをしていた。


「あら、サク君。起きたのね。おはよう」

「うん、おはよう。ところで何してるの?」


朝の挨拶もそこそこに、僕は両親に質問を投げかける。


「そういや、言ってなかったね。お母さんたち、支社の業務点検で三日ほど東北の支社に出張になったの。ここ数日仕事が忙しくて顔も見る暇もなかったし、伝える時間がなかったの。ごめんね」


母親は両手を合わせて、申し訳なさげな笑顔を作った。


 流石重役といったところ。両親の勤勉さは息子である僕がよく知っているので、そこは尊敬しているし、そういう人間になりたいと思っている。

「ああ、なるほど。お仕事頑張ってね」

そう言ってそのままリビングから出ようとしたが、なぜか踏みとどまってキッチンへと向かう。

「母さんたち、朝ごはん食べた?」

「いや、まだだけど……?」

「じゃあ、僕が作るよ。いろいろ世話掛けてるし……」

「あら、ありがとうね。」


 キッチンの戸棚からフライパンや調味料諸々を取り出して、冷蔵庫からはたまごとレタス、ミニトマトを取り出し、卵を三個、ボウルにあける。慣れない手つきでカラザを取り除き、そこに牛乳と塩コショウを適当に入れてかき混ぜる。そしてあらかじめ熱しておいたフライパンにバターをひき、ざっと軽く味付けをしたとき卵を流し込む。

 程よく熱されてきたころ合いを見て、菜箸を使ってかちゃかちゃとかき混ぜ、また少し熱を加えればスクランブルエッグの完成だ。

適当に皿に盛り付け、レタスとミニトマトを傍につければ簡素ではあるがメインディッシュの完成だ。両親がいない日で、朝食の作り置きがないときには、昔からこれを作っていた。

盛り付け終えたら、パンを二枚取り出してトースターに入れる。数分も経てばパンの焼ける匂いがあたりに漂う。チンとトースターが時報を鳴らし、僕は中にある焼かれたパンを取り出し、皿に乗せてスクランブルエッグと一緒に食卓へ運ぶ。


「父さん、母さん、朝ごはん作ったよ。あと、もう六時半すぎてるけど大丈夫?」


両親を食卓に呼ぶついでに時間を報告しておく。すると


「え、もう六時半すぎてるの!? 新幹線の駅まで遠いから急がないと! ほら、お父さん! 早くしないと!」


 両親は大慌てで食卓に着き、急ぎ足で僕の作った朝食を食べる。このように時間に追われることに慣れているのか、食べる速度が異常に早かった。


「朝ごはん作ってくれてありがとう! じゃ、お母さんたち行ってくるから! 何かあったら連絡入れてね!」


 食べ終わった彼らは大急ぎで着替え、トランクと仕事用のカバンを取り上げて家を飛び出していった。


 

 今からこの家にいる人間は僕だけになる。と、言うことは自室でパソコンゲームに熱中したり、思う存分読書ができる。そんな小学生的発想を持つ僕は


「今日は何をしよう……」


 空になった三人分の食器を洗いながら、そう呟いた。




 自室へと戻った僕はまだ読んでおらず、パソコンデスクの上に買って袋に入ったまま数か月間もの間放置されていた本を読もうと袋に手を伸ばした。

正直、どんなタイトルで、どんな内容の本だったかは覚えていない。

一体昔の自分はどんな本を買ったのだろう。そんな一抹の好奇心を持ちながら、本屋のロゴが大きく書かれた袋に貼られたテープを剥がし、中身を抜き取る。


「……なにこれ。こんな本、なんで僕は読もうと思ったんだ……?」


 袋に入っていたのは普段好んで読む異世界系の物ではなく、純文学でもなく、恋愛小説。本当になんでこんな本を手に取ったのかがわからない。表紙もタイトルも僕が普段は絶対に手に取らないような物で、そもそもこの手の小説が集まるところにはほとんど行かない。

「買ったからには読んでみるか……」

 パソコンデスクの前に置かれたワークチェアに腰を掛け、僕の苦手なシーンが来た時に備えてあらかじめパソコンの電源を入れてロックを解除し、動画投稿サイトを開いておく。

 そして、僕は物語の世界に身を投じた。




「……っ……最っ高……」


 本をぱたりと閉じ、ふうと息を吐く。この手の作品は久々に読んだが、小説でしかできないような恋愛ではなく、実際にありそうな仲のいいカップルのほんわかとした日常を描いたもので、時折フィクション要素も多分に含まれていたが、それ以上にリアリティがあり、フィクションのような展開も気にならなかった。

あまりにも面白すぎて、すべて読み切るまで没頭してしまった。

時計を見ると、九時半を回っていた。皿を洗い終わって部屋に戻ってきたのが大体七時くらいだから、二時間半以上読書に没頭していたことになる。

「いやぁ……面白かった。でも、まだ十時前か……」



 部屋の物干しに掛けられた兵藤さんのハンカチが目に入る。

「そうだ、ハンカチ。兵藤さんに返さないと…でも、まだ駅に行くのは早いな…」

ハンカチから目を離して電源をつけたままにしていたパソコンに目を向け、次は何をしようかと思案する。ふと、勉強机に乱雑に殴り書きされた僕の心境を表す紙々が目に入る。ちょうどいいものを見つけた。

「時間もあることだし、掃除でもするかな」

ワークチェアから立ち上がり、勉強机へ向かう。そして机の上に散らばった紙を一枚一枚拾い上げ、丸められているものは伸ばして上へ上へと重ねていく。


 一つの束になった紙たち僕の心内を二つ折りにしてゴミ箱へと放り込む。

日頃のあいつらに対するストレスが一気に消え去ったような気がする。ただ、ストレスは消えても憎悪の心は消えなかった。


 そして勉強机の上や収納スペースにある不要物を一気に片づけた。



「次は……本棚をきれいにしよう。」



 誰もいない部屋で小さく独り言を零しながら、大量の本が並べられている本棚の前へと向かった。

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