それは本当?

 「まずここの駅は、あの世とこの世、つまるところ生死の境目にある場所なんだ。死ぬ人はみんなここを通っていく。いわば人生の終着点さ。

 でも、時折死んでいない生きた人間が来ることもあるんだ。君みたいな、死のうとしている人間がね。そこでだ、君にいことを教えてあげよう。君は、自殺した人の魂はどこへ行くか知っているかい?」

「いや、わからないです…天国とか…キリストでも『死は救済』とも言いますし……」

「まあ、そう思うだろうね。前に来た人もみんなそうだった。実は、自殺した人の魂はね、そのまま消えてなくなるか、地獄へ行くかの二択しかないんだよ。君はいろいろ悩みがあって行動を起こそうとしていたのだろうけど、そんなことしても意味がない。君自身の肉体は死んでいるから何も感じないだろうけど、地獄の苦しみと言えばそれはもう凄くて、今君が生きている苦しい世界の何倍、いや何十倍も苦しい。君が経験している生き地獄っていうのは、本物の地獄と比べたらほんの些細なものなんだよ。それこそ、アリと地球ほどの差さ。そして、たとえ地獄に行かなくても、その魂は消えることになる。魂が消えるっていうのは、どこか遠い話に聞こえると思うけど、実際には近い話でね、ほとんどの人の記憶から消えちゃうんだよ。君の存在が。

―と言って、つらつらと説教しても、結局効果のある人なんてほとんどいなくて、数週間後には本物の『乗客死人』になって帰ってくるのがオチだから。

 だから、そういう人間を一人でも減らしたいから、このきさらぎ駅駅長である私、兵藤 茂ひょうどう しげるが直々に最近で言う『お悩み相談』というものをやっているのだよ」

「は、え?えぇ……」

超高速でぽんぽんと兵藤さんの口から出る説明の内容が全く頭に入って来ず、ついつい首を傾げてしまう。

「ごめんごめん、話を詰め込みすぎた」

――ここは死者の来るところ。

その言葉が永遠に引っ掛かり続ける。そうなれば、あの電車に乗っていた人も、プラットホームにいた人も、肩を叩いてくれた僕の近所の先輩も死んでいたということだ。

「じゃあ、僕が見ていた人たちは死んだ人……え?何を言っているんですか?」

「一回落ち着け。ほら、さっき淹れた紅茶でも飲みなさい。冷めないうちにね」

「はい、わかりました……」

ティーカップを持ち上げ、中にある紅茶を啜る。紅茶独特の香りが口から全身に広がり、そして消えていった。

「ふう。すみません。少しだけ取り乱しました」

「別にいいんだよ。この駅のことを説明したらみんなそんな反応をするさ。もしかしたら、それでみんな絶望して、次には乗客死人になってくるんだろう」


そう言って兵藤さんは彼の手元にあったティーカップを啜り、もう一度僕に向き直る。


「ところで君、名前はなんて言うんだい?」

「さくや……君嶋 朔弥きみしま さくやです」

「朔弥!? それは本当なのかい? 『さくや』なんて、男につけるような名前じゃないだろう!」

「それが最近では、普通なんですよね。男の子でも女の子のような名前を付けられる、そんな世の中なんです」

一気に不愉快な気分になった。僕をいじめてくるクラスメイトのクズ共にもそう言われた。カマだの、オンナオトコだの。自分でも少し、表情が歪んだように感じだ。右の頬が突っ張っている感覚がある。

「おっと、すまないね。なんだか悪いことを聞いてしまったみたいだ」

「そんなに顔に出てましたか?」

「なんだろう、年の功というやつさ。長く生きていると、わかるんだよ。今の状況みたいな、不穏で重苦しい空気が一気に流れるのがね」

「年の功……ですか」

 今彼ははっきりと『年の功』という言葉を口にした。しかし兵藤さんはそこまで年を取っているようにも見えなかった。多く見積もっても六十代半ばといったところ。彼の口ぶりから、年齢は推測できない。それほど古風なしゃべり方をしているわけではないし、どちらかと言えば現代のおじさん世代が使うような言葉遣いだ。いったい彼は何歳なのか、考えてみてもまったくもって見当がつかない。本当に、この駅と言い列車と言い人物と言い、不思議なことだらけだ。

 そして、僕の頭にはもう一つの疑問が浮かんで来る。兵藤さんという存在は一体『何者』なのかということ。見た目は完全に人間だが、生と死の境に暮らすということは、やはり死神や幽霊の類なのだろう。彼が人外だと思った途端、僕の目の前で笑顔を見せている彼が僕の中で『異常な存在』にカテゴライズされ、それと同時に全身から恐怖心が湧き出てくる。


「兵藤さん。一つ質問、いいですか?」

「いいよ。一つと言わず、二つも三つも」

にっこりとした笑顔を彼は崩さず、僕の言葉に返事をする。



「……兵藤さんって、いったい何者なんですか?」



 勇気を振り絞って聞いた。すると彼は一度目を閉じて大きく息を吸い込み、そしてまたその閉じた眼を開いて僕に問いかけてきた。


「じゃあ、君はどう思う?私がいったい何者なのか」

「死神とか幽霊とか、そういう類の人だと……」


 僕はまたうつむいてしまう。今は優しい彼であっても、この返答が間違っているか、彼の気に障るようなことであれば、いつものクラスメイト共のようになってしまいそうで怖かった。僕はそのまま、顔を上げることができなかった。


「まぁ、それはじきに知ることができるだろう。無理に答えを出さなくてもいい。世の中、答えが全てじゃないんだ。その答えにたどり着く道筋にもまた、大きな意味があるのさ。ところで、君は本を読むかい?」


うつむいたまま、僕はうなずく。


「ならよかった。ここからは例えばなしだ。君は、ある小説を読もうとそれを手に取った。それは著名な文学賞をもらっているほどのベストセラー本だ。すごく面白い。でも、初めから、犯人も黒幕もトリックもすべて知っているとしよう。そうだったら、君にとってその本は面白いだろうか?」


今度は小さく首を横に振る。


「そうだろう。人生もそういうものなんだよ。人間みんな、毎日毎日より良い人生にするために努力しているんだ。生まれた瞬間から富も名誉も権力もすべて持っていたら、その人生は面白いとは言えないだろう?一般的な感覚ではね。こんな生活がいいという人は、よほど人を見下すのが好きなのかもしれない。結局言いたいのは、人生、苦労があってなんぼってことだよ」


 一瞬彼を『異常な存在』とカテゴライズしてしまったことを馬鹿らしく感じてしまう。それほど、いい人だったのだ。彼の言う言葉一つ一つに、妙な魔力があるように感じた。

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