天国に一番近い駅〜死のうとした僕を救ってくれた人〜Remake

犬飼 拓海

たどり着いたのはきさらぎ駅

もういっそ、投げ出してしまおう

 日が落ちかけたある夏の夕方、僕はカバンを肩かけ、重たくなった足を頑張って引きずりながら駅につながる道を辿る。『アイツ』達に蹴られた足がずきずきと痛み、動かすたびに悲鳴を上げる。

 毎日、毎日、人を殴って、蹴って、金を奪って、いったい何が楽しいのか、そんなことを考えてみる。

「本当に、生きているのが馬鹿らしい……」

ははっと、自分を嘲笑うように小さく独り言を零した。

「正直、もう死んでしまいたい。この世から消えてなくなりたい。この苦痛から、解放されたい……」

 一人で呟いた後は誰かに語り掛けるように少し大きめな声で言葉を零す。誰かに伝えたくても、目の前には誰もいない。

「もうこんな世界、捨ててしまおう。そうだ、どこか遠い所へ行こう。どこか奇麗な場所へ。そこでこの腐り切った人生に幕を下ろすんだ」

 そう吐き捨てて、僕は駅へと向かう。

 どこへ行こう。海辺か、山奥か、いっそ街中とか。

 僕本人は嬉しがっていた。が、僕の心はなぜか抵抗を見せている。こんなクソみたいな腐れ切った人生に、日常に、ようやくケリが付けられるというのに。やはり、死ぬことにいささかの抵抗を感じているのだろう。


 ぐるぐると僕の使えない脳みそを使って逡巡していると、気付けば僕は改札の前に立っていた。ここで切符を買って、改札を潜って、遠いところに行けばそれで僕は必然的に勝ちになる。だって死ぬことになるのだから。しかし小銭を券売機の硬貨の投入口に近付けたとき、ふと手が止まる。やはり『自殺』という行為を僕は怖がっていた。『死ぬ』ということが、怖かった。

「今日は引き下がって、大人しく家に帰ろう……」

駅舎内の待機所にある椅子に腰かけて考える。


 死ぬのは本当に怖い。でも今日引き下がって、家に帰ればまた明日同じような苦痛を味わうかもしれない。

「いったい、僕はどうしたら……」

ただひたすらに自問自答を繰り返す。ずっとずっと同じ質問を。


「とりあえず、切符だけは買っておこう」

椅子から立ち上がり、券売機で切符を買う。一応どこにでも行けるように、最高額の切符を買っておいた。『最高額』といっても、たったの680円だが。


 そうしてまた、「いったい僕はどうしたらいい」と自分自身を問い質していると、ふと何か得体のしれない異様な雰囲気を感じた。それは『希望』を持てるような幸福感のある雰囲気でもあり、『死の恐怖』という陰鬱な雰囲気も持ち合わせている。

 気が付けば、足が動いていた。何かに引っ張られるように自動改札に切符を通し、プラットホームに出た。そして僕がプラットホームに出たのと同時に、奥から眩しい列車のヘッドライトが見え、二両編成の列車が入って来る。それは見れば見るほど不思議な列車で、中には誰一人として人がいない。そして車両自体も初めて見るようなもので、決して最新型とという訳ではない。むしろ何十年も前のような物のように見える。

 僕が違和感を覚えどうもすっきりしない感情に見舞われている中、「ガシャリ」という音とともにサッシのさびたドアが全て、勢いよく無理くり開かれる。まるで僕のことを招き入れるかのように。


 「もうどうにでもなれ」とその列車に乗り込んで適当な場所に座る。同時にがたんと大きめの衝撃と揺れを起こした列車は勢いよくドアを閉め、そのまま西向きを先頭に走り出した。すごく、埃の匂いがした。鼻の奥を突くような、少し嫌でどこか懐かしく感じるような匂い。

「どこまで行くか自分でも考えてないし、この本だけでも最期に読んでおこう。読み終わったら、そこでゲームセットとしよう」

 自分の横に置かれたカバンから一冊の本を取り出す。残り三十ページ程度しか残っていない小説。それは『いじめ』という残酷な行為を題材にした小説。そして、この物語に出てくる主人公はとても僕とよく似ている。

死にたがっているところや、絶望しているところが。僕と似ていた。でも唯一、違うところがある。

 こいつは、この物語の主人公は、救われている。もう一度、「生きよう」って、未来に希望を持った。

「所詮、物語か。物語……だよな」

ぱたりと読み終わった小説理想を閉じ、鞄にしまう。本当に嫌な言葉にできない何とも言えない不思議な気分に苛まれる。一番近い言葉で言うなら、恐怖と怒りと諦め。似ているようで似ていない感情が互いに競り合っている。

死ぬのはよくないことだ。でも、僕にはもう『死』という道しか残されていない。この物語の主人公のように、救われることも、前を向いて生きようと思えることも、一生ない。

「もう全部、今日でおしまいさ。今更変なことを考えるのは、もうやめよう」

ぼーっと周りを見渡してみると、一つ何とも言えない違和感を覚えた。僕が本を読んでいる間、この列車は一切駅に停車していない。この列車は僕の家の最寄り駅に向かっているはずだ。僕が本を読む速度はそれほど早くないから、十数分程度は経っているはず。なのに駅の一つにも停車していないというのはおかしすぎる。思い切って横の窓の外を見ると、そこには闇だけが広がっていた。何もない、真っ暗闇が、永遠と広がっていた。トンネルなどではない。音の響きが、感覚が、トンネルの中にいる時とは全く違うから。強いて言うなら、虚無の空間を列車だけが走っているような、そんな感覚だった。

 本当に光も何もない。本来なら街の明かりが見えるような場所だ。

「いったい、何が起こっているんだ?」

 突如謎の不安感に襲われ、座席から立ち上がる。そして、この意味不明な列車の秘密を探ることにした。

 ありとあらゆるところを見た。でも、この謎を解明できるような手立てはなかった。僕が乗車したのは二両編成の左側。進行方向とは逆側。運転手がいるであろう先頭車両に行こうと思ったが、つなぎ目の引き戸は施錠され、その引き戸には窓がないため、先頭車両がどのような状態なのかもわからなかった。ただ一つ、見つけたことは車両の銘板のような物、それの『型番』の欄に『奇蹟きせき〇弐型』と記されていたことだけ。でも、おそらくそれはこの謎を解明できる鍵ではないだろう。

「本当に、何が起こっているっていうんだ?」

 何とも言えない巨大な不安感に襲われる。僕はいったいどこへ連れていかれるのだろう?連れて逝かれる場所が死後の世界なら願ったり叶ったりなのだが、どうもそのようには思えない。「このままなんやかんやあって自宅の最寄り駅につくのか?」「いわゆる異界駅というところに行くのか?」考えても何の意味もないのになぜか必死に考えてしまう。考えれば考えるほど、僕の脳みそは許容限界を超えて「もう考えないで!」と僕に訴えかけてくる。でも、考えるという行為をやめることはできなかった。

 自問自答を繰り返すたびに脳みそはぐるぐると棒でかき回されたかのように思考をぐちゃぐちゃにし、意識が混濁していく。そしてついに僕の脳は強制的に考えることをやめさせられ、僕は意識を失った







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