狂騎士 下
落ちた?
オチタ?
ナンデ?
ドウシテ?
彼と別れた後、そのことしか考えられなかった。
あの試験は私も見ていたがあのレベルは絶対に合格しているはずだ。
ということは?
目覚ましい速さで浮かんだり消えたりする思考。
ある瞬間思考が止まる。
誰かが意図的に不合格にした。
そうだ。
それしか考えられない。
彼の実力は本物だ。
となると採用に関わった人物の中に彼を不合格にした奴がいる。
それを悟った瞬間私はそいつが心の底から憎くなった。
貴族の女騎士、上の連中からすれば武力も地位もある目の上のたん瘤のような存在だ。
敵は多い。
だからこそ私はあまりそういう奴の相手をしなかった。
労力の無駄だ。
しかしそれが奴らの反感を買ったのだろう。
それでもまさかこんな仕打ちをされるとは思っていなかったぞ。
私にとやかく言うのはまだいい。
彼の熱意を、一生を無駄にした責任これは重いぞ。
覚悟しろ。
足は自然に王城へと向いていた。
気づけばぽつりぽつりと雨が降り始めていた。
「何故だ!どうしてこのようなことをなさるのか!」
私はすぐに今回の首謀者を呼び出し、直訴した。
大理石でできた豪華な部屋。
鏡のように丹念に磨かれたそれは外が曇天であるのを忘れそうになるほどだった。
天井からは緻密な細工の成されたシャンデリアが煌々と明かりを放っている。
「まあ、そう慌てるな。」
貧相な顎髭を大事そうに撫でながら薄笑いを浮かべるこの男はダンチ伯爵。
性格の悪いひねくれもので黒い噂も多数ある男だ。
脂のでっぷりと乗った腹を得意げに突き出しながらニタニタと下品に笑う。
「声を荒げることではない。実はな・・・奴の出生を調べるとな。面白いことが分かったんだ。」
「面白いこと?」
「そうだ。なんとあの下賤な平民には親も家族もなければ住むところもないではないか。こんなどこの馬の骨とも分からんような奴をわが栄光ある帝国騎士団に入団させるなど言語道断。」
「入団はこの国の市民であり、入団に見合う実力を身につけているものだ。親や住む場所がなかろうとこの国の市民であれば問題はないはずだろう!」
「それが大ありなのだよ。そういえば貴殿は最近訓練を抜け出して市街地に赴くそうではないか。」
「ッ!」
私の反応を見てにやりと嫌な笑みを浮かべる。
「一体どこで何をしているのですかなぁ?・・・フッ、そういうことだ。貴殿に稽古をつけてもらえれば合格することなど目に見えている。今回試験に参加した貴族の多くの方から苦情が来ているのだ。定員にも限りがある。ククッ、分かってくれるかな?」
そう言うと勝ち誇った顔で部屋を後にする伯爵。
後に残ったのは拳を握りしめ、ただうなだれるしかない馬鹿な女が一人いるだけだった。
雨足が強くなった。
(大丈夫だ。騎士になれなくなったってあいつはここにいてくれるはずだ。大丈夫大丈夫。)
自分に言い聞かせるようにひた走る。
雨が容赦なく全身を打つ。
ロレーヌは必死に彼の姿を探した。
あの空き地も彼の話に出てきたところも全て、全て。
思いつく場所は全て探した。
気が付けば朝日が顔を出していた。
しかし、結局その日は彼を探すことができなかった。
「待て!!」
彼が居なくなって2日後の早朝。
まだ朝日は上り切っていないころ。
城門のすぐそばでようやく彼を見つけた。
付近にまだ人の姿はない。
その時のロレーヌは異常というにふさわしかった。
動悸は乱れ、目は血走っている。
おおよそ一睡もせずにそこら中を探し回ったのだろう。
足を覆う鎧には砂や泥で汚れている。
「どこへ行くんだ?」
「あっ!」
「どこへ行くんだと聞いてるんだ。」
「ロ、ロレーヌさん。」
じわりじわりと少しずつテムに近寄るロレーヌ。
その気迫に彼はおのずと後ろに下がっていた。
「ここまで強くしてやった恩を忘れるだけじゃ飽き足らず、私を捨ててどこへ行くというんだ!!」
響く怒号。
テムは背中にジワリと汗が滲むのが分かった。
「ち、違うんです!俺あの試験の後この国じゃあ騎士になる資格を剥奪されたんです!」
「何?どういうことだ。」
ピクリとロレーヌの動きが止まる。
「親も家もない俺じゃ騎士団の恥だって。抗議したら殺すって言われて・・・。」
俯きながらそう話すテムを見て、なるほどと思った。
恐らく先の貴族どもが圧力をかけたのだろう。
それはそうだろう。
貴族が落第して、平民でしかも親も家もないような孤児が合格したらそれこそ家の恥となるからだ。
「なるほど。それで?お前は?」
「だから、俺もう隣の国で騎士になろうって思って。そこなら俺みたいな奴でも実力だけで騎士になれるんです!」
「は?」
隣の国?
「フフフ・・やはりそうか。・・・そう言うと思ったよ。」
「ど、どうしたんですか?ロレーヌさん。」
「・・・せない。」
「え?」
「行かせない。」
「ど、どうしt————」
「絶対に行かせない!嫌だ!お前を失いたくない!私から離れるな!」
今まで聞いたことのない彼女の耳をつんざくような切迫した悲鳴。
普段、感情を表に出すことが少ないことで知られている彼女の今の姿を見れば同僚の騎士たちは何事かと剣の柄に手をかけるだろう。
それぐらい真に迫った叫び声。
テムはそこに何か得体のしれない、どす黒い物を感じ取った。
「す、すみません。ロレーヌさん。で、でもきっと帰ってきますから。騎士になれたら必ずここに帰ってきますから。」
彼の怯えたような震える声を聞き、ぴたりとロレーヌの様子が変わる。
「本当か?本当に帰ってきてくれるのか?」
俯いている為、顔は髪の影になり、表情が良く分からない。
「は、はい!必ず!」
さっきとは打って変わって快活な返事。
「・・・そうか。・・分かった。行ってこい。」
「ロレーヌさん・・・。」
「だが必ず立派な騎士になれ。約束できるか。」
「はい!!」
一片の曇りのない返事。
「なら行け。絶対に振り向くなよ。じゃないとお前を引き留めてしまいそうだからな。」
「お世話になりました。」
くるりと踵を返し、城門へと向かうテム。
丁度正面から陽光が降り注ぎ、さわやかな風が頬をなでる。
鳥たちのさえずりが耳に心地よい。
彼は大きく息を吸い込み、吐き出す。
風光明媚とはまさにこのことである。
それらはまさに彼の新しい人生を祝福しているようだった。
彼はゆっくりと歩を進める。
瞬間、後ろからすさまじい勢いで迫る何かに気づいた。
しかし、気づくのが遅すぎた。
「ガッ!?」
頭に雷に打たれたような衝撃が走る。
激痛が走り、一瞬で意識が持っていかれる。
息ができず、口をただ金魚のようにパクパクと開閉することしかできない。
体中の血が駆け巡り全身が熱くなる。
彼が意識を手放したのと殴られたと気づいたのはほぼ同時だった。
しかし彼は見逃さなかった。
意識をなくす寸前、ラベンダーの香水に包まれた太陽に照らされ魚が翻るようにきらめく美麗な金髪を。
その夜、ある豪邸では一人の女性が愉悦の表情を浮かべていた。
上手くいった。
(まさか不意打ちがこんなにうまくいくなんて。やったやったやったやったやった。)
本来彼女の力ならば不意打ちなどしなくても彼を捉えることなど赤子の手を捻るようなものなのだが本能的により成功する確率が高い方法を選んでいたようだった。
(目を覚ましたら何をしてあげようか。きっと最初は抵抗するだろうからゆっくり言い聞かせてあげよう。騎士になるのは諦めて私に養われろ。隣の国の騎士にでもなったらお前を守れないだろう。私の手の届くところにいてくれ。やっと本当に心を開いて女として接する男に出会えたんだ。真面目で頑張り屋で気丈で優しくて。こんな男にもう二度と出会えるものか。何があっても離さない。逆らうものは・・・フフ。あぁ、愛してるぞ。これから時間をかけてゆっくり愛し合おうな。私の旦那様。)
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