枯れた薔薇が咲く世界

@makiful777

第1話

それについて調べ始めたのは、ちょっとした好奇心からだった。


いつものように古い史料を読み漁っていたときのことである。

シニオラはその中の一文が妙にひっかかり、もう少し調べてみたいと強く思った。

いま必要な作業ではないとわかっている。

だが、不思議と興味をひかれたのだった。


―『その屍からは枯れた薔薇が咲いていた』


もともとシニオラは現実的であり、都市伝説やフィクションを好まないところがある。

彼は自分を歴史家でも歴史学者でもなく、歴史研究者だという自負があった。

歴史観を世に問うとか、史像を構築することにはさして興味がない。

史料に基づいて史実を復元し、歴史事実を確定するのが自分の仕事だと信じている。

史料の信頼性について、冷静に感情を排して測ることをいつも念頭に置いていた。


創作としか思えない内容であり、普段の彼ならば歯牙にも掛けないはずである。

だが、その時の彼はいつになく執着した。

枯れた薔薇が咲くとはどういうことだろうか。

そもそも、これはいつの時代の何についての史料なのか。

シニオラは時間を忘れたように読み続けた。

だが、その薔薇についてわかることは他に何もなかった。

ためいきをついて眼鏡をはずし、花の手入れをするため、彼は庭に出て行った。


枯れた薔薇について気になりつつも、日々をせわしなく過ごす中で、少しずつ彼はそのことを忘れていった。

再び思い出したのはそれから半年くらい経ったころであろうか。

ある日、シニオラは机の上にある膨大な史料を地下室へと運んだ。

整理されているとはお世辞にも言えないのだが、彼の秩序に基づいて置かれている。

書棚はぎゅうぎゅうで、取り出すのも容易ではない。

その中の1冊を引っ張り出そうとして力をこめると、書棚が倒れ掛かってきた。

舌打ちをしながら拾い上げると、見たことのない史料がまぎれていた。

かろうじて文字が認識できるが、腐食がすすんで朽ちかけている。

これは何の史料だったろうかと繰っていくと、その手がふと止まった。

枯れた薔薇という文字が目に飛び込んできたからだ。

何かわかるかもしれないと薄い期待をいだきつつ、それを読み進めた。

そこには、異種のものと交わり子孫を残してはならないという掟を破ったヴァンパイアの物語がつづられていた。


ルーネリアにあるネルソフェシア(いまのネルソファン)で、エリオは生まれ育った。

母はヴァンパイアハンターのアンナ。

大きな戦争がきっかけで両親は出会った。


その昔、ヴァンパイアと呼ばれる人外の存在が確認されていた時代、彼らと人間とは共存していた。

時が経つにつれ、裕福さを求め、互いに干渉し合い、小さな争いがあちこちで起き始めた。

それが大きな戦争へと発展し、多くの犠牲は出したものの人間側がかろうじて勝利することで収束をむかえた。

ヴァンパイアは絶滅したわけではなく、人間とは離れた場所でひっそりと居を構えていた。

そこには、大怪我を負ったものの、生き残ったヴァンパイアの始祖と言われる者ー名前は存在しないーもいた。

その始祖がエリオの父である。


人間のアンナと人外の存在である始祖の子として、エリオは生まれた。

ヴァンパイアたちは、人間に差別され迫害されたフラストレーションを始祖に向け、また人間の血が入ったエリオを忌み子として敬遠した。

ヴァンパイアたちの蟠りや鬱屈とした感情は、両親とエリオに向かったのである。

彼らの呪いによりエリオは視界から色を失い、彼らによって両親は惨殺された。

エリオはそれをきっかけに、母と同じヴァンパイアハンターになった。


ヴァンパイアにとどめをさす時、エリオは自分の髪と同じ色をした銀の杭を使う。

それは抜かれることはなく、墓標となる。

すべてが終わった後、祈りを捧げ、魔法で薔薇を咲かせるのが彼のやり方だった。

墓標に巻きつくように、屍からは枯れた薔薇が咲く。

枯れているのに咲くというのもおかしなものだが、茎や根や葉が成長するさまを見る限り、それは咲いているとしかいえない光景であった。


アンナが生きていたころ、よく薔薇の育て方やオイルの抽出の仕方を教えてもらっていた。

魔法を少しだけ使うことができた彼女は、それを使って薔薇を育てていた。

エリオにとって薔薇は、アンナとの思い出がつまった大切なものだった。

狩ったヴァンパイアにそれを手向けるのは、彼にとってどういう意味があったのだろうか。

わかっているのは、その薔薇が枯れた状態で咲き続けるということだ。

アンナを象徴する花ではあるものの、彼の無意識の感情がそれを枯れさせていたのである。


呪いは彼の世界から色を奪っただけではなかった。

エリオは赤い左目をもつオッドアイとなり、それは呪いがとけていない証ともいえた。

色のない世界では、きれいな薔薇も枯れた薔薇も同じようにしか見えなかった。

きれいな薔薇を咲かせたいという思いもない。

薔薇はただ薔薇であるだけで、自分が咲かせられるのはそれだけだったからだ。

呪いをとく方法を知っている者も、この世にはもういなかった。


シニオラがそれを読み終えたのは、夜の入り口の頃だった。

文字が見えづらいと感じて地下室を出ると、すっかり暗くなっていることに気づいた。

闇に近い影があちこちにできている。

結局、枯れた薔薇とは何だったのか。

単なる創作物の一篇であったことに落胆し、それを閉じた。

歴史的価値もない。

興味を惹かれるような話でもなかった。

ひとりごちて薄く笑い、シニオラは窓を開け庭を眺めた。

「今年は何色の薔薇が咲いているんだったかな」

シニオラの赤い左目が、窓にうつっていた。

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