第2話 え、山木じゃないの?

鬨の声と共に男たちは韮山の北条館から馬で牛鍬大路を北上した。

だが、大路の分かれ道で北条時政が急に止まって、騎馬のまま俺たち佐々木兄弟を呼びつける。

「山木を討つ前に、その後見となっている堤信遠を討っておかねば挟み撃ちに遭う危険がある。先ず堤の首をあげ、それから山木を落とす。これはかねてより佐殿と相談の上のこと。佐々木の兄弟は留守の三郎以外の三人で、これを見事成し遂げて見せよ。堤の館の内情に詳しい者を案内につける。そこで二手に分かれて表からと裏手から

とで挟んで信遠の首を取ってこい」

だと。

「え、三人だけで表と裏に分かれて中に踏み入って信遠の首を取って来いって?それ、無茶過ぎねぇ?」

思わず抗議の声をあげた俺を時政はギロリと睨みつけて薄笑いしやがった。

それを成し遂げてくるならば、此度の兄弟の遅参については不問に処そう」

太郎定綱がさすがにムッとした顔で時政を睨み返したんだが、時政は知らん顔をする。

「では、我々は先に山木へ向かう。信遠の首は違えず持ち帰れよ。それから首を取り次第、館には火を放て。これは佐殿の命である!」

そう言って、時政は三郎宗時と小四郎義時、神職の住吉昌長を引き連れて牛鍬大路を馬で戻って行った。後に残された三俺ら三兄弟は顔を見合わせた。

「聞いたか?あいつ、これは、って言ってたぜ。ってことはさ。火をつけるのは佐殿の命なんだろうけど、その前の佐々木兄弟だけで堤の首を取って来いってのは、北条のおやっさんの独断なんじゃね?」

「北条のおやっさん、疑ぐり深いし、すげー根に持つって聞くからな。単なる嫌がらせだろ」

経高の言葉に皆でうんうんと頷く。

「で、どうする?」

太郎の問いかけに俺は迷わず答えた。

「どうする?ったって仕方ねぇだろ。俺は売られた喧嘩は漏れなく買うタチなんだよ。とっととその堤とやらの首持って、北条のおやっさんが山木でチンタラしてる所を高みの見物しながら鼻で嗤ってやらぁ」

「しかし、案内をつけるって言ってたけど、そんなの居ないじゃねぇか」

経高がそう言った時、

「案内ならここにおります」

そう言って馬の陰から一人の小男が顔を出した。

「うわっ、いつの間に?」

「ずっとここにおりました。私の特技は気配を消すこと。だからいつもどこかに内偵にやられております」

「いつもどこかに?」

太郎の問いに小男は頷いた。

「ええ。私は気を隠せるのと足が速いのでそういう仕事を任されております。他に目が良い者や鼻が利く者、遠耳の者など色々おりまして、皆それぞれの役割を与えられて動いております」

「へぇ、便利だな」

次郎の言葉に小男は頷いて

「そういう素質のある者を拾ってきて育て、鍛えて手持ちの駒にするのが北条殿の趣味、と言いますか、敵を減らす方法なのでございます。例え領内の百姓と言えど陰口が広がって反乱に繋がっては困りますからな。北条殿は殊に用心深いお方。私の見聞きしたものはほぼ漏らさずにお知らせしています。将来の禍根となりそうなものは全て排除するというのが殿のやり方なものですから。ま、たまに目こぼすこともございますが」

そう言って、小男はそっと口の端を上げる

「で、北条のおやっさん様に何かお伝えしておいた方がいいことなどはございますでしょうか?」

俺らは慌てた。

「いや、ほら、俺らが北条のおやっさんっつったのは、親しみっつーか、信頼を表したもので、別に悪口じゃねえからさ」

「へぇ。私も自分の得にならないようなことは漏らしませんのでご安心を」

「そりゃよかった」

「無論、相応の口止料はいただきますが」

俺らは顔を見合わせる。

「何も持ち合わせがねぇよ」


ええ、存じております。佐々木の皆さまは今は居候の身。出世払いで構いません。後日、僅かばかりこっそり盗らせていただきますので、その旨ご承知置きを」

「それって、俺たちの所に忍び込んで何か盗んでいくってことかよ」

太郎が露骨に嫌な顔をするが、小男は気にせず続けた。

「へぇ。でもご安心ください。ご兄弟の懐が痛くならない程度、ほんのちょっぴりくすねるだけでございますから。それに顔も見せません。気付いたら何か一品小さな物が消えてる程度です」

次郎が片頬を上げた。

「あ、そ。そのくらいなら別にいいさ。勝手にしてくれ。ところであんたのことは何て呼べばいい?」

「私に名などありません。ただ便宜上、今は藤太とお呼びください。但し、明日以降は私の名も顔もお忘れください。ま、きっとすれ違っても皆さまはお気付きにならないでしょうが」

そう薄気味悪く笑った後、藤太は堤の屋敷の内情を教えてくれた。

「堤信遠という男は大男で腕は立ちますが、女と酒に弱く、お調子者で喧嘩を売られるとすぐカッとして単独でも乗りかかるような粗忽者。邸内は今日は大社の祭日の為、警護の数も減っております。堤本人に酒をたっぷり飲ませた後に表と裏手から同時に踏み込んで勝負を持ちかければ、簡単に討ち取れましょう」

「へぇ、簡単にねぇ。それこそ簡単に言ってくれるもんだな」

あーあ、とまん丸の月を見上げる。うさぎが餅ついてやがる。今日は中秋の名月ってヤツか。

散るなら散るで、佳い日かも知れん。

ヤケクソ気味にそう月を眺めていたら、

成る程ね。女に弱いんだとよ」

そう言って、太郎貞綱が布にくるまれた何かを四郎に投げて寄越した。

「何だよ?これ」

「北条のおやっさん、いや、北条殿からの預かり物だ。四郎に着せろってことだと思うんだが」

中を開ければ、華やかな色の女物の着物が入っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る