第39話 冷たいピザは兵士の士気を下げる

 ピザ。もしくはピッツァ。


 このイタリアで開発された薄いパン生地にトマトソースとチーズを載せた、ごく変哲のない食品は、大西洋を挟んだアメリカ新大陸にて大いに流行し、21世紀の現在ではアメリカ全国にピザレストランは8万店近く存在し、うちピザチェーン店は半数近くを占めている。

 今では、ピザはホットドッグやハンバーガーに並ぶアメリカ人のソウルフードである。

 ピザが嫌いなアメリカ人はいない。


 もしもあなたが、10人のアメリカ人に「ピザソースは何がベターか。ピザのトッピングは何がベストか」と問いかけたならば十人十色の回答が返ってきて決着はつかないだろう。


 とはいえ一般的なアメリカ人がピザを家庭で調理する機会は少なく、大抵は郊外のモールで冷凍ピザを購入してトッピングをするか、街中に見かけないことはないピザチェーン店で注文することになる。


 かの有名な「30分以内に届けます。遅ければお金は要りません」というプロモーション・キャンペーンは、ローカルなピザ店を一躍、全国規模のチェーンへと押し上げたマーケティング成功事例として、大学生のマーケティングの講義では必ず教わる事例である。


 現在は交通事故や訴訟リスクもあって標語を引き下げているが、それでも「冷めたピザ」が味気ないものごとを示す慣用句であるように、ピザは温かいまま食べなければならないし、作り立てのものを食べることが推奨されている。


 それは、ここロスアンゼルス陸軍基地に勤務する軍人たちにとっても同じである。

 温かいピザは美味く、冷たいピザは不味い。


 冷たいピザは軍の士気を下げるのである。


 そしてアメリカ軍といえば、巨大なコンテナ型フィールドキッチンを演習や戦地に持ち込むことで知られているように、兵士たちの食事には極めて気を使う組織である。

 そうした兵士の食事に気を配る組織であるから、当然のように軍用レーションでも、ピザは開発されている。

 レーションにピザが加わったことで、野外任務における現場の兵士の士気向上の効果は大きかった、と言われている。


 ★ ★ ★ ★ ★


「…そういうわけで、基地内でピザの配達が滞ることは、兵士の士気にダメージを与える事態なのである。早急に改善せねばならない!」


「はあ…」


 大柄で少し太めの兵士が机を叩いてピザ愛を語るのに、サンダースは少し引き気味に肯いた。

 サンダースは妻との朝食をのぞいて食事に気を配るタイプではなかったから、昼はリンゴとポテトチップス、夜はバーガーとポテトで一向に頓着しないのだったが、基地内のピザ配達ネットワークを早急に改善する必要があることは理解した。


「それでは、なぜ現在の基地内でピザ配達が遅延しているのか、その理由を教えて欲しいのですが…いつから、どんな形で遅延が明らかになったのですか?」


 サンダースの質問に対し、担当者は「もっともなことだ」と肯いた。


「先月、ピザチェーンに偽装したドローン車によって基地内で爆弾テロが起きた」


「テロ、ですか」


 アメリカのテロとの戦いは現在も継続中である。

 イスラム教徒への迫害こそ止んだものの、国内の経済格差を遠因とするホーム・グロウン・テロリストの活動はますます盛んになっている。


「おかげで今や気軽に基地外のチェーン店からピザを頼むこともできん。基地ゲート前は検査を待つピザチェーンドローン車が何十台も行列になっている。ようやくゲートの検査を終えて、兵士の口に届くころには冷たいピザの出来上がり、というわけだ」


「なるほど…」


「ピザチェーン側でも問題を放置しているわけではない。基地内の店舗を増やしゲートを通らない配達網を構築しようとしているが、今は時期が悪い。基地内を自由に移動するドローン車の新規許可が下りてこない状況だ」


「え?それじゃあ、今はどうやって配達しているんですか?」


 サンダースの見るところ、ピザチェーンは、今やもっともIOT化が進んだ業種の一つである。

 典型的なピザチェーンの郊外店は、ピザを焼く大型機械とトッピング及びパッキングを手掛ける数名の作業員、そして配達を担当する大量のドローン車、で構成されている。

 ピザを迅速に顧客まで運んでくれるドローン車がなければ、そもそもビジネスが成り立たない。


 サンダースの疑問に対し、巨漢の担当者は重々しく答えた。


「人力だよ」


「人力…というと、人が運んでるんですか?」


「そうだ。10年は前の方式だな」


「それはすごい…赤字になりそうですね」


 サンダースは経営者として、思わぬ大出費を強いられているピザチェーン店に同情した。

 セキュリティクリアランス―――クリーン―――が必要とされる基地内勤務に、田舎のローカルチェーンがするように不法移民を雇用するわけにはいかない。

 しっかりとアメリカ市民権を取得している人間―――グリーンカード所持者―――を雇用しないと基地も許可は出さないだろう。

 しかし、グリーンでクリーンな人間を雇うのはドローンや不法移民と比較して遥かに高くつく。

 単純な待遇だけでなく福利厚生や保険も整える必要がある。


 その上で、長期的な雇用やキャリアにつながるならともかくテロの厳戒態勢が解除される時期が不透明な―――翌月に解除される可能性だってある―――ために雇用期間は不安定とならざるを得ない。


 つまり、基地内のピザチェーンの配達は良きアメリカ市民にとっては「短期・不安定・低キャリア・低収入・グリーン・クリーン」という、まことに魅力に乏しい雇用先なのである。


「おまけに、人が集まらない」


「でしょうね」


 当然の結果として応募者は少なく、基地内のピザチェーン配達網は需要に応えきれず、今では兵士達の車がピザチェーンの駐車場に押し寄せて奪うようにピザを買っていくという惨状となっている。


 配達に特化したピザチェーンの店舗は配達ドローン車用に駐車場が整備されているので、一般的な乗用車が押し寄せる事態に対応できない。

 また店舗受け渡しが可能な人員は限られている。


 そうして引き起こされるのは、ピザの注文がいつまでも引き渡されないことにいら立つ軍人達、配達の駐車場が占有され受け取りに行けない配達員、受付作業と苦情対応に忙殺されてますますトッピング&パッキング作業にかかれない店員。

 という物流のトラブルがまた別のトラブルを呼ぶ地獄絵図。


 ピザとは、まことにアメリカ人を狂わせるものである。


 サンダースが依頼されたのは、かように崩壊したピザ・サプライチェーン&デリバリーの改善、いや、再構築、であった。

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