第7話 冒険者装備を揃えよう

 夏のある日、僕はとある山に登っていた。


 深呼吸をすると鼻腔にムッとするほどに濃厚な深緑の香りで満たされる。

 登山は好きじゃないけど、山は好きだ。


 人の声がしない山の中に踏み込むと、自分も山中の動物の一部になった気がしてくる。

 いいや、今から僕は一匹の獣になるのだ。

 獲物の匂いを嗅ぎ、足跡を追跡し、息の根を止める。

 それが、冒険者ハンターという生き方なのだから――


「スイデン」


 僕は衰退した文明社会を離れ――


「ちょっとスイデン、気分出してるとこ悪いけど、明るいうちに帰りたいから」


「はいはい」


 アンテナの声には僕の不真面目さを非難するだけでなく、少し不安気な響きが感じられたので大人しく岩から降りた。


「それどうなの?ネットは通じそう?」


「うーん…岩に上ったぐらいじゃダメだね。山の影になってるのか木の枝が密集しているせいかわかんないけど電話もネットもだめ。たぶん移動した方がいいよ」


「…宇宙衛星回線の契約しておけば良かった」


「あれ、高いんだよねー」


「それで、どうやって降りる?」


「困ったねー」


 おまけに、下山できない状況になっていた。

 わかりやすく表現すると、僕達はほとんど遭難していた。


 ★ ★ ★ ★ ★


 数日前のこと。


「山の依頼を請けるわよ!」


 新規設立冒険者パーティー「アンテナと愉快な仲間たち」(設立45分)のパーティーリーダーであるアンテナ(16)による活動方針演説は、その一言で始まり「いいわね!リーダーのあたしが決めたから!」で締めくくられた。


 サブリーダーであり黒幕でもある僕としては、その根拠と理由を一応確認しないではいられない。


「なんで山なの?わりと危ない依頼が多いよ?」


 田舎の山は危ない。

 事実として、山の遭難案件の何割かはごく低い山で起きている。

 ちょっと裏の低い山に登るだけだから、などと舐めた装備で登り、遭難するのだ。


 実のところ田舎の山は登山道なども整備されていないから迷いやすく、同じ理由で足元も滑りやすい。


 それに里山から人間の気配が消えて久しい現在、人間界の餌 ―― 農作物やゴミ――を求めて迷い込んでくる野生動物にも事欠かない。


 狸や狐ぐらいなら可愛いものだけど、気性の激しいアライグマや捨て犬の野犬などに遭って引っ掻かれたり噛まれたりすれば狂犬病になるリスクもあるし、牡鹿や猪、熊に遭ったら逆に襲われて怪我をしたり下手をすると死ぬ可能性もある。


 そして、僕らのような低レベル冒険者は動物を狩るだけの資格も自衛の装備もない。

 無用のリスクを冒す理由がないので、僕は山に登らない。

 なので山の依頼は僕達には関係ないはずだったのだけど――。


「パーティーなら請けられるのよ」


「えっ、そうなの?」


 アンテナの指摘に冒険者の依頼掲示板を見直すと、山の討伐系依頼に「低レベルパーティー可」のものが幾つかあった。


 山の討伐依頼は、一般に罠や銃の資格を持つ冒険者複数でパーティーを組んで鹿、猿、猪、熊のような中~大型野生動物を狩るような、いわば高レベル冒険者のレイドパーティー案件というイメージがあったので、僕らのようなペーペーに回ってくる話があるはずがない、と見落としていたのだ。


「依頼内容は…と。ああ、そりゃそうか」


「難しい話じゃないわよ。そもそも難しかったら回ってこないし」


 山の討伐系依頼で「低レベルパーティー可」のものは「仕掛けた罠の見回り代行」だった。


 本当なら自分で回らないと駄目なんだけど、時間がないから代わりに見てきて、というやつだ。

 家庭菜園の採集代理と同じだね。


 ネットの知識でしかないのだけど、動物用の罠を仕掛けるのには国の資格が要るらしい。

 そして罠をしかけたら解除するまでは何日かおきに見回る義務があるとか。

 義務ということは、それを怠ると罰金が発生するわけで。

 そこを他の冒険者に見てきてもらいたい、という種類の依頼なのだ。

 罠の場所は高精度GPS座標で指定されている。この座標登録も義務らしい。


「何か所も仕掛けると見回り大変だしね…わかる」


 罠をしかけているときは何か所も調子に乗ってやってしまったけど、いざ獲物がかかっているか日課で見回るとなると遠方の罠の確認が億劫になった、とかいうケースもありそうだ。

 そんな場合でも罠の確認を他の冒険者に依頼するだけ良心的、とも言える。


「あたし達はパーティーとして山の討伐依頼の実績が積めるし、近場の罠だけ選べば冒険者ポイントと報酬だってお得じゃない?」


「なるほど、考えてるね」


「当り前よ!」


 アンテナは得意げに胸をそらした。

 すごく鼻が高くなってそう。


「…アンテナは討伐系の依頼をメインでやりたいの?」


「それはそうよ!だって冒険者と言ったら討伐依頼が花形じゃない?」


 そう言うと、アンテナはライフル銃かボウガンを構えて引き金を引くような仕草をした。


「… つまり、早いところランクを上げて銃を撃ちたいんだね」


「なんでわかったの!?」


 驚愕するアンテナの様子に、僕は苦笑を隠すのに苦労した。


 むしろ、なぜわからないと思ったのか。


 ★ ★ ★ ★ ★


 山を舐めていると遭難する、という認識は僕とアンテナで一致している。

 なにしろ同じ地域で育ってるからね。

 ちょくちょく裏山で遭難する人の話は隣近所(2㎞先)の噂話として聞くことが多いんだ。


 なので、アンテナと僕は夏の間貯めに貯めた冒険者ポイントパワーで各種装備を揃えることにした。

 これも冒険者アプリで割引きされるし、さらにどんな装備を買うべきかのリストも提供される。

 とても便利なのだけど何だか誘導されている感があるのと、道具の説明がいちいち物騒なのが気になる。


 例えば、保護メガネ。


 透明プラスチックの大きなゴーグルは購入を強く推奨されていてそのことに否やはないのだけど説明文が「このアイテムは、射撃時の火傷、枝打ち時の事故や有毒な虫によるあなたのを大きく減らします」などと書かれていたりする。


 そりゃあ、買いますよ。だって失明怖いもの。

 だけど僕達が射撃する機会はないんじゃないかな…。


 アメリカの山岳冒険者はクマよけにでっかいマグナムリボルバー拳銃を持っていく、ということはあとで調べて知った。


 他には登山靴の説明も怖かった。

「このアイテムは単独登山中の捻挫による遭難、岩場からの、浅い渡河中ののリスクを大きく減らします」とか書かれているわけで…買いましたよ、登山靴。

 これを読むまでは何となく運動靴でいいんじゃね?という雰囲気を醸し出していたアンテナも買っていたのだから説明文の表現に効果はあったのだろう。


 アメリカのアプリだし、ちゃんと理由を書かないと訴えられるのかもしれない。

 そういえば煙草の箱に書いてあった説明に何となくノリが似ている気がする。


 とにかく、僕らはそうしてあれやこれやとアプリの指示に従って装備を買い込んだり、家にあったキャンプ道具を持ち出したりしつつ何とか一通り「山岳冒険者初心者セット」を揃えることができたのだ。


 ★ ★ ★ ★ ★


 金銭的にも労力的にも、かなり頑張って揃えた山岳冒険者装備セット。

 無事に通販で届き、それらを身に着けるときが来た。


 登山用の服を着て、登山靴を履き、保護メガネをつけて、各種装備の入ったザックを背負い、手には枝打ち用の鉈と自衛用の登山杖を持つ。

 水と食料も詰めてこれでフル装備。締めて10㎏!


「…重いね」


「うん、すごく重い」


 荷物を背負うというより、背負われる形になった互いの姿を見て、前途の多難さを痛感した。


 討伐系冒険者って、この重量の装備で動物と戦うの?足場も視界も悪い山の中で?


 むりむりむり!

 そんなことできたら超人でしょ!


 というのが、低レベル冒険者の僕の抱いた感想だった。





ほしー★

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