第18話 エリアーヌ・ローレン
エリアーヌ・ローレン
僕が、陛下とご主人様の会話についていけずにおろおろしていると、脇から声がかかった!
「陛下! そんな勝手は許されませぬ! 退位に関しては、百歩譲ってよしとしても、王族でもないあの男を後継にするのだけは認められませぬ! そして、ドゥミエルフと結婚など!」
見ると、先程発言していたお貴族様の一人だ。金色の、最高位と思われるローブを纏っている。
とは言え、この入り口付近に居たということは、陛下を守る事も、かと言って逃げる事も適わず、隅で縮こまっていた人達の一人だろう。
それに、陛下とご主人様が揃って振り返る。
「ふむ、ケイロン公爵か。ならばそなた、わらわの後継には誰が相応しいと考える? ブネ公爵は、確かに王族ではないものの、此度の件で、既にそなたらが出せなかった功績を出しておろう。確かに、あの者の素行には些か問題があったのも事実。しかし、それも全て権力欲から来たものであろう。そして、この謁見の間での嘘は、『ライアースキャン』の魔法により、吐いた瞬間に判明するが、あの者は光らなかった。つまり、あの者がこの国を更に繁栄させようとしているのは事実じゃ。最後に、わらわは王族ではあるが、退位したわらわが、誰と結婚しようと文句はあるまい。しかも、相手は伯爵ぞ?」
なるほどな。
相変わらずドゥミエルフというのは分からないが、ブネに対する陛下の考えは、先程のご主人様のと併せて理解できた。
要は、あの男を最高権力者に据えてしまえば、もう小狡い真似はしないだろうと。
そして、能力的にも、方向的にも問題無いと。
また、ここでやっと僕は気付いた!
そう、この二人は、元々そういう関係だったんだ!
今までは、身分の差から、結ばれることが不可能だったのだろう。
とうことは……!
うん、全て理解できた!
そう、お嬢様は、陛下の隠し子だ!
しかし、このお貴族様は尚も食い下がる。
「そ、そうですか。し、しかし、それならば、退位などなされずとも、ブネ公爵を、今まで通りイステンド軍司令官に据えたまま、デュポワ伯爵と結婚なされれば良かったのではありませぬか? そうなされておられれば、公爵も、あのような暴挙には出なかったでありましょう!」
すると、陛下は大仰に、ポンと手を打つ!
「おお~、確かにそなたの言う通りであった! これはわらわの判断ミスじゃ! うむ! これで、わらわに王などという大役は務まらぬという事実を、そなたが証明してくれた訳じゃ!」
ぶっ!
何を言い出すかと思えば…。
そして、これで僕は理解できた。
そう、陛下は、単に王という重責から逃げ出したかっただけだ!
そこへ、偶々ブネが起こしたクーデターに便乗することを思いついたと見た!
って、この手の言い訳……。
あ~、血は争えないと。
ご主人様に振り返ると、口元を抑え、肩を震わせながら、下を向いてしまわれた。
うん、これ、僕と同様、必死に笑いをかみ殺しているな。
ケイロン公爵も、これには参ったようで、頭を抱えてしまう。
そこへ、わらわらと人が集まって来た!
うん、皆、やっと正気に戻ったと見える。
その中には、当然ブネ新王も混ざっていた。
「へ、陛下! わ、吾輩を後継に指名して頂いた事には、大変感謝致しますぞ! そ、そして、先程の無礼、平に陳謝します! しかし、王族ではない吾輩では、諸侯からの反感を招き、このままでは国が割れましょうぞ! せ、せめて、形だけで構いませぬので、吾輩と結婚することに同意して頂ければ…」
ま、そらそうですよね~。
ケイロン公爵も、それだけは納得できないと言っていた訳で。
見ると、ブネは思いっきり頭を下げている。
「ふむ、確かに、この有事に国が割れては元も子もないのう。とは言え、わらわも、王として一度下した決断を、安易に覆す訳にも参らぬ。うむ、致し方あるまい。では諸侯よ! わらわは、今ここでボウケ・ブネ殿と結婚したことを宣言する!」
皆から、一斉に歓声が洩れる!
「おお~っ!」
「うむ! それならば異論はありませぬ!」
「だ、大英断だ……」
「陛下! 感謝致しますぞ!」
しかし、これ、今までの陛下の言動からは……。
「そして、今、この時を持って離婚じゃ」
ぶっ!
やはりそう来ましたか!
ちなみにご主人様は、先程同様、必死に笑いをかみ殺している。
陛下は、あんぐりと口を開けてしまった貴族達に向かって、更に続ける。
「では、この過程を踏んだ事により、ボウケ・ブネ陛下が正当な王と認められた訳じゃな。勿論、諸侯らがブネ陛下に対し、任せられぬと判断すれば、慣例通り、貴族会議にて不信任決議を出し、新たな王を擁立するも自由じゃ。もっとも現在、序列一位の王位継承権を持つ者はわらわの弟なのじゃが、あやつ、時空魔法が使えぬのでな~。では、わらわは失礼するぞ。今から、ヘクターとの新婚生活が待っておるのでな」
ん? この感じからすると、どうやら王になるには、時空魔法が使えないといけないようだ。当然、ブネも使えるのだろう。
しかし、という事は、今のお嬢様は不可能という事になる。
もっとも、あのお嬢様が王になった暁には、この国の未来は暗そうだけど。
また、今陛下は言わなかったが、王族である陛下が再婚するご主人様も、当然資格はあるはずだ!
ここで陛下が、もうここには用が無いと、歩を進めようとするのに対し、ご主人様が何かあるようだ。
「全く、相変わらずの行き当たりばったりですな! しかし、陛下、いや、エリアーヌよ、先にナタンと一緒に帰ってはくれぬか? 儂は、あの騒動の一因とはいえ、正式にイステンド軍の指揮を任された身。流石に残らねばならぬ」
「あ~、そうであったか。ではナタンよ、わらわについて参れ」
これを聞いて、ブネ新王も、今、自分のするべき事に気付いたようだ。
「そ、それでは諸侯よ! 吾輩は、これより緊急会議に移りたいと思いますぞ!」
全員が、一斉にブネに振り向く!
うん、僕でも分かる。今は、誰が王になるか等で揉めている場合ではない!
イスリーン対策が最重要なはずだ!
僕は、ご主人様を残し、陛下に続いて謁見の間を出る。
「ふむ、アラタよ、大層見苦しいところを失礼したな。そして、そなたも良ければ一緒にどうじゃ? わらわも、そなたとは、まだまだ話したい事があるでな」
階段を下りていると、いきなり陛下が振り返る。
見ると、アラタさんが僕達の後を歩いていた。大方、気を利かして退出したのだろう。
「ええ、それは構わないのですが、エリアーヌ陛下は、俺なんかより先に、クロエさんに話さなければならない事があるのでは? それに、俺が顔を出すのは、伯爵が戻られてからの方がいいでしょう。俺も、二度手間は面倒なんで」
「ふむ、確かにそうであったな。しかし、そなた、ヘクターも申しておったが、本当に謎じゃな。では、こちらが一段落したら、そちらに邪魔するとしよう。屋敷は近所と聞いておるしの」
「じゃあ、夕方くらいですかね、お待ちしていますよ。で、もういいかな? テレポート!」
げ!
その言葉を最後に、アラタさんは消えた!
まあ、テレポートしたのは間違いないのだとは思うけど、ああも簡単に…。
振り返ると、陛下も目を丸くしている。
「本当に、何者なんじゃ? あれでは、テレポート封じの結界の意味が無いではないか。わらわですら、こっそり抜け出すのには、かなり骨を折ったというに。まあよい、それも何れ判るであろう」
その後、僕は王宮の入り口で強引に陛下に手を握られ、ご主人様のお屋敷の前にテレポートさせられ、やっと、あの空気から逃れる事が出来た。
もっとも隣には、その元凶とも言えるお方がまだ居るのではあるけど。
陛下が、まさに勝手知ったるといった感じで、玄関の戸を開けると、思った通り、お嬢様が転がり出て来た!
「お帰りなさい! お父様……、って…、え? あ…? ま、まさか……陛下…?」
ま、この反応は当然だろう。
お嬢様は、陛下の前で硬直している!
「うむ、わらわはエリアーヌ・ヴァン・デュポワじゃ。元、イステンドの女王と言えば分かるかの? そして、クロエよ、もっと近う寄って、成長したそなたを、この母に抱きしめさせよ」
陛下は、少し屈んで両手を前に差し出す!
「え? いえ、わ、私のお母様は、既に亡くなられたと……。そ、それで陛下がうちに何の御用でしょうか?」
お嬢様は、思いっきり当惑した顔で、陛下の差し出した両腕から逃げるように、後ずさっていく。
う~ん、やはりこの説明だけじゃ分かりませんよね~。
そして、こういう説明下手なところも母娘と。
「これ、そう怯えるで無い! わらわは、そなたの実の母じゃ!」
あ、陛下、多分それ、逆効果です。
「い、いえ……。って、あ~、もう! 陛下! あたしのお母様は、既に亡くなられたの! 陛下じゃないの! いくら陛下とは言え、これ以上の侮辱は許さないわ!」
お嬢様はそう怒鳴りながら、ご都合主義的に側に立てかけてあった杖を握りしめる!
そして、何とそれを陛下に向けた!
うん、これ、キレたと見て間違い無いな。
そして、状況は更に悪くなって行く!
「うぬ? クロエよ、そなた、この母に杖を向けるというのか? ふむ、面白い。成長したそなたの力、この母に見せるがよい! とは言え、そう簡単には喰らってやらぬがな。パラライズ!」
げっ!
なんと陛下は、右手の平をお嬢様に向け、問答無用に詠唱した!
お嬢様の身体が一瞬黒っぽく光った後、硬直し、その場に崩れ落ちる!
詠唱と効果からするに、麻痺の呪文だろう。
「うむ。エルフが相手に杖を向けるという事は、戦闘開始の合図でもある。これに懲りたら、二度とこの母に杖を向ける等といった、愚行を冒すでないぞ」
玄関に横たわりながらも、顔を真っ赤にして陛下を睨みつけるお嬢様!
そして、その傍に陛下がしゃがみこんだ。
ん?
流石にやりすぎたと見て、回復してあげるつもりなのだろうか?
「ふむ、やはりわらわの若い頃に似ておるか? しかし、わらわは此処までアホ面ではなかったような気がするのじゃが? うむ、これは後でヘクターを問い詰めねばなるまい」
ぶっ!
よく見ると、陛下は、お嬢様の頬を引っ張って遊んでいる!
しかし……。
こう言ってはなんですが陛下……。
顔はともかく、やることはお嬢様の方がまだマシです!
うん、いい加減、止めてあげないといけないだろう。
「お、お二人共落ち着いて下さい! そして、陛下! もし宜しければ僕からお嬢様、いえ、殿下に説明します!」
僕は、ようやく麻痺の効果が切れたと見えて、必死に陛下の腕を払いのけるお嬢様の隣に駆け寄る!
「え?! あら、ナタンも居たの? そ、そうね! あたしに分かるように、ちゃんと説明しなさい!」
「ん? わらわは落ち着いておるつもりじゃが? しかし、ならばそなたに頼むかのう。わらわも、こういうのは苦手じゃ。しかし、ここは感動の母娘再会のシーンのはずだったのじゃが、何故こうなったのかの~?」
それは……。
貴女方お二人が、間違いなく母娘だからでは?
僕はそう言いたいのを必死に堪えながら、二人を食卓に先導する。
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