探偵たちの章――Ⅱ




 青沼たちが事務所を去ってから、俺たちは調査をすぐに始めた。不確定とはいえ、土曜日というタイムリミットがある。今日やれることはやっちまおう、と効率を重視してのことだ。

「いやにやる気じゃない」と三原はせっついたが、あの土下座をまざまざと見せつけられて、断る冷酷な人間に俺はなれなかった。今までズボラだの人外だの貶されてきた俺も、ちゃんと人間の心を持っていたんだなあ、と自分でも感動させられたのだった。

 まず、犯人像を狭めていく。パッと思いついたのは、愉快犯という線だ。犯行動機は、ABCの順番で殴ってみたかった、というだけ。すぐさま、「あんた、馬鹿なの?」と真顔で返される。

「一応、疑うべき可能性は潰していかないと。何か反論はあるか」

「……複数犯でしょ。普通に考えて、そんなしょうもないことに参加しようとは思わない」

「たとえ参加したとしても、大義もなにもない。警察も動いてる事件で、隠し通すのは時間の問題」

 はあ、と深いため息をする三原。パソコンをいじりまわしながら、「無駄にしか感じないんだけど」という。

「悪いな。で、次。左右両方の人間がやられている事実に俺は注目したい。さらに、犯人は同一グループ。結論からいえば、犯人らは左右どちらの思想も持っていない。平たくいえば、華月高校の政治系部活動そのものに対抗意識を持っている人物」

「腰を折るようで悪いけど、同一グループの犯行っていう決定的な証拠はないんじゃない」

 三原は俺の性格をよく知っている。だが今日に限っては、まともな根拠を持っていた。携帯電話を操作して、画面を開く。

「さっき青沼……先輩から送られてきた写真なんだが、弟が襲われた現場に落ちていた実際のチラシらしい」

「どこでそんなものを……」

「いいさ。で、これが同一犯だという印」

 三原の顔に近づけたが、首を傾げるばかりだった。

「どこが」

「よく見ろよ」

「……わからない」

「折れ線だよ」俺は種明かしをする。「ちょうど二つ折りのところに、くっきりと痕が付いてるだろ」

 あー……と曖昧に頷いた。留学先の国紹介。上半分がカナダ、下半分がフランス。それをぶった切る一本の太い線。

「画質悪くて、わかんないわよそんなの」と三原は顔をそっぽにやった。

「まあ、それだけ目立つことのない、いっちゃえば真似のしずらい工作ってことだ」

「で? もう一個の事件に落ちてたチラシにも、その線は付いているの」

「知らん」

「福山!」

 三原は頭を抱える。「そこが一番重要なんじゃない……ほんとあんたって爪が甘いわね」

「……証拠が見つかってないのは、すまない。『左閣』で事情を知ってる人間と接触できればいいんだがな」

「ほぼ三年生だし。生徒会長にでも頼まなきゃ無理じゃないの」

「生徒会?」

 聞き捨てならない言葉を、俺は掴んだ。「生徒会は、事件の全貌について知っているのか?」

「断片的だとは思うけど。でも、事件内容を警察の代わりに公的な権威として発表してたから、たぶん……」

 なるほど。

 活路は見いだせそうだが、簡単に行くかどうか――。いや、どちらにせよ、

「もしただの思想対立で、『左閣』やれ他の右翼やれが青沼の弟を殴ったとしたならば、青沼はわざわざ俺らに依頼を持ち込まないだろう。決して安くない必要経費を払って、俺らに頭まで下げてね」

 敬称が抜けた。許してくれ。咳払いをして、続ける

「紅林への暴行が予想外だったこそ、俺らにその無実を証明させたいんじゃないのか?」

 三原は下を向く。十秒ほど同じ体勢だった。やがて顔を上げる。

「かもね」

「仮定のままで申し訳ないが、ひとまず同一犯とみなして話を進めるぞ――そこでさっきの仮説だ。左右両方の団体に反対している人たちだが、どうだ見つかりそうか」

「まあ、なんとなくね」

 パソコンの画面を、俺に見せてくれる。「こんな感じよ。二、三人ってところかな」

「思ったより少ないな」

「『反学生運動』を掲げて、正式に動いている団体よ。そりゃ、SNSにその手に書き込みはゴマンとあるわよ。……右翼か左翼そのものが発信しているのとは全然足りないけどね」

「まあ、『反運動の運動』っていう倒錯した行動をやってる時点で、なかなかの変わり種だからな」

 とある一人が制作しているSNSアカウントを開くと、『やめよう学生の暴動と集会! 勉強第一! 文京区に安寧を!』という題目があった。

 下を見ていくと、ちゃんとした政治団体のようだである。この人は31歳の男性で、普段はサラリーマンをやってるらしい。……なんか俺だったら嫌だな、父親がこんな活動やってたら。やっぱり多少なりとも偏見は抜けないものだ。

「活動場所はネット中心みたいだな。SNSで同志を集めて、意見交換。あちこちで宣伝し、グループを肥大化させていく。リアルで活動しないところが、街に出て暴徒化する若者たちのアンチテーゼになるってことか」

「ふうん。でもそうすると、あまり学生たちへの影響力は弱いんじゃないの?

「確かに」

 さらに調べてみると、どうやら学校長への直接抗議をやっているそうだ。自治会と協力して街の平和を取り戻そう! という名目を持って。

 平凡なサラリーマンがここまで取り込めらえたのには何らかの理由が必ずあるはず。何か決定的な、その道を選んだ何かが。俺はそいつを知りたい。

 団体ホームページを漁ると、コラム的な記事があるのを見つけた。アーカイブを下に下に見ていくと、目的のものがあった。『わたしが反運動の運動に志したきっかけ』――ビンゴである。

 カーソルを合わせ、ページを開く。生い立ちから云々が語られているが、俺は核心部分で目を皿にして文字列を追う。


『――実は、わたしも学生運動をやっていた身です。貧困改善を理念としていたグループに属していました。バイト先の先輩から誘われたのが最初です。

 そのグループは『自由』を基調としていました。大学の単位に影響が出ないように、参加日数は各自で調節していい。去る者は追わず来る者は拒まずの精神が、わたしにとってもありがたかった。

 活動はいろいろやりました。駅前でビラも配ったし、国会前でのデモ行進にも参加しました。特に、演説はわたしがしゃべると立ち止まる人が多かったから、グループ内では重宝されました。増税反対と何度叫んだかわかりません。

 ですが、ある時に事件が起こります。グループの会議の休み時間でした。仲間の一人がすごい高級な時計を見せびらかしてきたんです。周りの人は「すごーい」とか当たり障りのない発言をしていましたけど、わたしは「おかしいんじゃない」といってしまったのです。

 今日の飯を食べるのに必死な学生たちの集団としては、明らかにおかしな額の時計です。わたしの疑問は当然のことでしょう。しかし相手は自己の正当化を主張し始めました。これはおれの金で買ったんだ。他人には関係ない。しまいには、貧困の人を馬鹿にするような発言まで、その場でしたのです。

 わたしは腹が立ち、気付いたら右の拳が動いていました。一発だけです。即刻その場で除名されました。

 殴った相手だけじゃない。このグループには、ただ集まって、騒いで、食べて、飲んでいたいだけの学生が大半だったんだと気付きました。貧困をイデオロギーにしていたことさえまったく知らないメンバーもいた、と後で知りました。結局、そのグループは三か月後に解散していました。

 今の学生グループも、わたしが経験したのと同じような実態があるのでは、と疑っているんです。一度きりの青春を、無駄にしてほしくない。そういった思いから――』


 俺は、小さく唸った。

 はあ。平和じゃないな。

「三原」

「なによ」

「俺はこの文章を読んでさえ、学生運動への抗議も貧困問題も、他人事ひとごとに感じてしまうのは、人間として欠陥してるんだろうか」

「知らないわよ」

 頭の後ろに手を回し、天を見上げる。

「当事者意識でしょ。その人が体感したかしていないか。それに尽きるんじゃない?」

 つまり、だ。俺の家からたった今、全財産を持ち逃げされたなら、この文章に感銘を受けるのだろう。なるほど。官僚が的外れな政策をするのも頷ける。『一か月貧困チャレンジ』とかやらせたら、国はよくなりそうだ。なんて、冗談だよ冗談。

「福山」

「ん?」

「華月に運動に反対してる部活動があるか、江田に訊いてみる。あいつ、そういうの詳しそうだし」

 心強い。俺はよろしくの意を込めて、頷いた。

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