第3話 そういやそうだった
「体格差が!! エグイ!!! STR振っといて良かった!!!!」
薄暗い森林に八宝菜の絶叫が響いた。密集した木々はおどろおどろしく、昼間でも夜目が利かなければ植物系の魔物が見分けられないほどに暗い。
しかし、所々葉の隙間から光が漏れている。吸血鬼のそふかとしては木漏れ日一つすら許容できない。よって、二人は現在、森林の奥にある洞窟を目指している。
「もう少し安定させて」
「この状況で注文つけてきやがる!! 流石そふか! 俺たちにできないことを平然とやってのける!!! でも今は自重して!?!?」
植物系の魔物の攻撃を避けつつ、八宝菜は森を突き進む。普段なら返り討ちにして、経験値を美味しくいただくところだが、両手が塞がっているため、それは出来ない。その両手が塞がっている原因は、真顔でリラックスしている。
「……で、だいじょぶなん?」
「現在のデバフ。麻痺、硬直、盲目、浸食、衰弱、鈍足
「大丈夫じゃないんだな」
「それと……灰化」
そふかの頬からさらさらと灰が流れ落ちる。
「あっ、ほんまや。これ放置したらどうなるんだろ」
「リアルで制裁を受けたいなら好きにしろ」
「急がせていただきます!!!」
八宝菜を軽く脅しつつ、そふかは自分のステータスを眺めた。
プレイヤーネーム:そふか
種族:
火魔法士のスキルには<熱魔法>を取り、氷で攻撃していくつもりだ。ハーフとはいえ吸血鬼であるため、火魔法の威力は減少するのだが、それでも理想の自分を突き詰めていくのは大事である。自分のキャラメイクに文句はないので、それはいい。
種族:半吸血鬼。それはつまり、吸血鬼としての特徴も受け継いでいるということ。吸血鬼の固有スキルには、<吸血>や<獣化>などがある。
吸血鬼はポーション類を使用できない——アンデッドは癒しの概念を拒むため——代わりに、<吸血>をしてHPやMPを回復する。そして今、お姫様抱っこという抱えられ方をされているため、丁度良く見える首。スパイクチョーカーで隠されてはいるが、それも一部のことで。
(美味しそう……と思う辺り、精神が肉体に引っ張られてんのかねぇ。そこらは追々実験してくか……。まぁ、今は……。いただきます)
そふかは八宝菜に噛みついた。
「いったぁああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」
そふかを落としそうになった八宝菜はぎりぎりで耐え、つんのめったその勢いを利用してさらに加速する。
「うるせぇよ」
「いや 私悪くなくない!?!? つーか、いった! 痛い!! 何してんの!? 何してんの!?!?」
「<吸血>した」
「そういうことじゃなくてぇえええええええええええええ!!!!!」
ずざざざー、と悲鳴を上げながら洞窟内に滑り込む。
声が反響したことと、元々お姫様抱っこされていたため近かったことで、必要以上の情報が耳に入り込んだ。そふかは耳を押さえた。
「声でけぇ。魔物寄ってきたらどうする」
「誰のせいだと??? あと、幽霊は基本<実体化>しない限り認識されないから。 アンデッド系はこの洞窟に出没しないらしいし、大丈夫でしょ。
それよりも!! 吸血鬼って<吸血>するとき、麻痺毒使えんだろ!?!? やれや!!!」
「野菜だしええやろ」
「おう、ふざけんな??? ……いや待て、もしかしてその“野菜”って私か!? お前がつけたんだからせめてちゃんと言え!?」
「八宝菜って言うのめんどい」
「今言った!!! それに6文字と3文字の違い! ……そこまで長くねえ……いや 半分になるのか。……いやいやいや! そもそもこいつがつけたんだった! 納得しかけたわ! あっぶねぇ!」
「何一人漫才してんの?」
「助走つけて殴っていい?」
獅子高等学校文芸部のノリを作り出した元凶とも言える二人は、息の合った素晴らしい漫才を繰り広げる。八宝菜が若干苛ついているのはご愛敬である。文芸部の漫才、コントはノリと勢いとその時のテンションで成り立っている。
つまりは、怒りが沈静化すれば大体の部員は「まぁいいや」で終わらせる。部長である八宝菜もそうなので、気を取り直して苛立ちを魔物で発散することにした。気を取り直せてないとか言ってはいけない。
「<実体化>」
「<詠唱破棄>、<
蝙蝠的な魔物や穴燕的な魔物、蜘蛛的な魔物、他にも洞窟内に生息する動物のような魔物——全てに正式名称はあるのだが、それらが載っている図鑑を未だ入手していない——を拳と魔法で薙ぎ倒す。
そふかは<熱魔法>によって氷の短剣を発生させ、斬り結ぶ。その手は素手。白手袋は「邪魔っ」と言って投げ捨てられた。哀れである。当たらなければどうということはない、といった風に敵の攻撃を避けつつ着実にダメージを与えていた。
八宝菜は節足動物系の魔物が出てきた時点で「気持ち悪いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」とガチ悲鳴を上げて踏み潰していたのだが、ゴキブリ——をモチーフにしたとかではなく、ただの巨大なゴキブリ——を視認すると、発狂して殴り飛ばした。その後、入念に地底湖で手を洗っていた。そんなに触りたくなかったのか。
一体どんな原理か、青や緑といった光を放つ神秘的なエウィフゥ・パジロという名の地底湖だが、その美しさを楽しむ余裕が八宝菜にはなかった。そふかは綺麗だなー、と思いながら、「これゴキブリ触ったときの手洗いに使うもんじゃねぇよな」と呟いた。何なら、八宝菜は幽体なので手を洗う必要もない。気分の問題である。
気が済んだのか、周囲に魔物がいないことを辺りを見て判断し、ステータスの確認をする。案の定、レベルが上がっていたため、能力値の振り分けをしていると、
((あっ))
二人は気づいた。
(
(街中で実験すんの忘れてた……!)
全く別のことであるが忘れていたという点では類似しており、傍から見ればどうでもよく、しかし本人たちにとってはとても重要なことを——!
そう、二人はすっかり忘れていたのだ。主にそふかがデバフで行動不能になった辺りからそれぞれのやりたいことが吹っ飛んだ。
そふかは、この世界で自分を理想のキャラにしたかった。
そして、八宝菜は自分の仮説を立証したかった。
それが今の今まで全部吹っ飛んでいたため、二人そろって動きが止まった。
「ねぇ、素材も集まったし、一旦街に戻らない?」
先に再起動したのは八宝菜だった。
「そうだね、日も暮れてきたし、そろそろデバフもかからないだろう」
(あっ)
そふかは今から
(あー、そういや毎度恒例のやつ、まだだったな。……そっかぁ。それじゃあ、わたしも便乗しますかぁ)
八宝菜はそれはそれは楽しそうに笑った。
「うん! じゃあ早く、街に行こうぜ! また日が昇ったらめんどーだからな!」
「?」
一瞬そふかは違和感を感じた。だがそれも一瞬だった。
「なー、そふか。はーやーくー!」
「……もしかして、君も
「おっ! だーいせーかーい! よく分かったね!」
「君の精神年齢が小学校低学年……いや、幼稚園の頃から成長していないことを、僕は知っているからね。急に幼児のような脳味噌スカスカの言動をし始めても、さほど驚きはないよ」
「お前、
「クールドライと言ってくれないかな」
かくして、精神年齢幼児とトランスジェンダーの異色コンビは街へと戻った。本当に異色過ぎる。
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