第3話 チュートリアルガン無視はもはやセオリー

 もちろん、オープニングムービーは全スキップである。ぶっちゃけ、全部PVで見たので、わざわざプレイ時間を短くするような所業はしない。……部長と副部長、あと天羽あもう先輩辺りはストーリー好きのため見たがるだろうが。


 ログインの余韻に浸り、少しの間ぼーっとしていると、街の人から声をかけられる。


「なぁ、あんた。もしかして“渡り人”かい? なら、探検家ギルドに登録するといいよ。この大通りを真っ直ぐ行ったところにある、レンガ造りの建物があるからね」


 気のいいおじさんはそのまま手を振って去っていった。

 これは、『Freelife・Make&Break』(以後、『FMB』)のチュートリアルだ。そもそもの世界観として、プレイヤーは数多の世界を巡る“渡り人”である。他にも“来訪者”や差別的なニュアンスで“流れ者”などの呼称があるのだが……まぁ、それは置いといて。


 私はそのままフィールドに出た。


 チュートリアルなんてやってる暇があるなら実戦である。元より探検家ギルドに登録するつもりもなかったし、何より私のジョブ構成はこのゲームの仕様的に、少々特殊であるため間違いなく面倒なことになる。


 門を出てすぐの草原ステージ。兎や鳥をモチーフにしたであろう魔物や定番のスライムなどが発生スポーンする場所だ。特に今、私が出てきた南門の辺りは低レベルの魔物がスポーンしやすいため、初心者帯に人気のステージであり、人がごった返している。隅っこ(外壁に沿った場所)はいているようなので、そこに移動する。


「さて」


 意識の切り替えのため、口に出して一区切りつける。


 私の第二職業サブジョブである闇魔法士、そして私がとった<死霊魔法>はアンデッド系の魔物をび起こし、使役するというものだ。一番最初に喚ぶことができるのはゾンビである。『FMB』内の時間の進みはゲームより早いので、もうすでに日が傾いている。このゲームにおけるゾンビが日光に弱いかは知らないが、大体のゲームはそうなので、念には念を入れた方がいいだろう。


 魔法は呪文で、魔術は羊皮紙に描いた術式や、専用の魔術具を使って発動させる。

 確か、ゾンビを喚ぶ呪文は……、


「魂が抜けし、空の死体。従え、しもべとなれ。汝の魂は我が手中に。<奴隷の死体ゾンビ>」


 目の前から緑色の肌の死体がボコッ、ボコッと地をうねらせ、這い上がってくる。その死体は白目を剥き、口を大きく開け、欠けた歯を見せた。体だけではななく、服も腐りぼろぼろになっている。余りの腐敗具合に纏っているのではなく、張り付いているようになっていた。所々肉や骨が剥き出しになっていて、リアル過ぎじゃなかろうかと、残酷な描写・暴力的な描写がOFFになっているかを確認した。ちゃんとなってた。初期設定から変えるのが面倒でそのままにしてたが、これ変えてもあんま変わらないんじゃ……?

 言葉とも言えない呻き声を上げる一体のゾンビを眺めた。そう、のゾンビである。あれだけ大仰な呪文を唱えて、喚べたのはゾンビ一体。まさかだったとは……、と引き攣り笑いをする私の目の前に、一匹のスライムが現れた。


 スライムが体当たりをした。


 ゾンビが崩れ去った。


 私は天を仰いだ。衝撃と共に視界が暗転したので、恐らくはスライムに殺されたのだろう。リスポーン地点はログインした場所と同じだった。まぁ、私は貧弱ステータスなので仕方ない。それよりも、だ。


 <死霊魔法>。死者を喚んで戦わせるという冒涜的かつ、非効率的なこの魔法は大体の評価サイトでクソスキルの烙印を押された。他に理由としては、最初クソ雑魚しか喚べないくせに要求MP量が多い、見た目がエグすぎる、アンデッドとか言ってる割に直ぐ死ぬ、などなどなど。度々上方修正を嘆願されるも、変更されたことが一度もない。なお、『FMB』は、メタ的な部分しかアップデートされないことで有名である。


 <死霊魔法>の予想以上の弱さが分かったところで、予定変更だ。本来であれば、少数精鋭のゾンビに指示を出していこうと思っていたが、こうも雑魚だとそれでは意味がない。ならばどうするか。簡単だ。


「<詠唱破棄>、<奴隷の死体>。<詠唱破棄>、<奴隷の死体>。<詠唱破棄>、<奴隷の死体>。……」


 数の暴力である。幸いMPに多く振っていたため、初期配布されるMPポーションで事足りる。消費MPと上がるレベルの割合が合っていないが、この際レベルが上がるだけ良いと考えよう。

 根本的に解決してないって? うるせぇ、これでも考えたんだ。脳筋戦法万歳。


 種族を黒猫にしていたおかげか、ある程度は何とかなった。本当に良かった。何とかならなかったら、アバターをつくってくれた副部長には申し訳ないが、リメイクも視野に入れるところだった。


 私が数日間ずっと(ゲーム内とリアルの時間の進みは異なるため)<詠唱破棄>と<奴隷の死体>をぶつぶつと呟き続けるマシーンになっていたところで、一匹のスライムからのドロップアイテムが目に留まった。

 そして、それを見た瞬間私は、


「……? ……!! !!?? !!!!!!」


 脳味噌がバグった。だが、それも当然のことだ。そのドロップアイテムは一枚の羊皮紙。超、超、超、低確率で魔物からドロップする召喚陣である。


 真面目に手が震えた。今日はきっと拝めないだろうと思っていた物が目の前にある。破らないように丁重に扱わねば。多分、これをロストしたら一か月は精神にクる。PKされないように、リス地を固定するための宿屋に駆けこんだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る