第8話

 コース料理も終了し食後のコーヒーが運ばれてきた。もう二人だけの同窓会も終わりを迎えようとしていた。

 吉川はこの出会いをこのまま終わらせる事が残念な気がし始めていた。

 「あ、あの……、渡辺さん。さ、差支え無ければで良いのですが、あ、えーと、出来ましたら、れ、連絡先などをお教え下されば……、うれしいです……」

 吉川は人生で初めての挑戦に緊張しながら、それでもなんとか思いを伝えた。

 加代子も今日の出会いを大切にしたかった。

 「あ、はい、望むところ……、あ、いえ、間違えました。えーっと、なんて言うのか、こういう時……。あ、喜んで……」

 「ありがとうございます」

 ほっとしたように吉川が言う。

 お互い電話番号を教え合った。


 「本日はですね、えーと、私からお誘いしましてですね、何と言いますか、えーとですね、ここは私がご馳走致しますという事でですね……、よろしいでしょうか?」

 前首相の様な話し方で吉川が尋ねた。

 「いえいえ、そんな、申し訳ないですし、私も支払いますよ」

 加代子が言うが、

 「いえいえ、ここは私にお任せ下さい。楽しかったですし」

 吉川は引かない。

 「そ、そ、そうですか。では、つ、つ、つ……、次は私がご馳走します」

 吉川は加代子のこの言葉が嬉しかった。次があるのだ。今日で終わりではない。

 「あ、有難うございます。つ、次があるなんて……、う、嬉しいですね」

 「あー、次だなんて迷惑だったでございましょうか? す、すみません。」

 「いえいえ、私ももっと渡辺さんと話がしたいと思っておりましてですね、次が楽しみでございまして、有難うございます」

 相変わらずぎこちないやり取りが続いた。



 吉川が会計を済ませ外で待っている加代子の元にやって来た。

 本日同窓会が開かれたのは地下鉄「栄駅」近くの店だった。

 吉川と加代子が夕食を共にしたイタリアンも駅の近くだった。

 「あ、渡辺さん、家は何処ですか?名港線沿線ですか? あ、家を聞くなんて失礼でしたね、すみません」

 「いえいえ、大丈夫です、はい……、えと、家は築地口駅の近くです」

 「ああ、そうなんですね。では栄駅から南方面ですね」

 「そうですね。すぐ港があります。吉川さんはどちらにお住まいですか?」

 加代子も思い切って聞いてみた。

 「私は、上前津駅です」

 「あ、同じ沿線なんですね……、ははは、奇遇ですね」

 同じ駅ならともかく、沿線が同じで奇遇なのだろうか。

 名古屋市市営地下鉄。名港線は名古屋市金山駅から港に続く沿線だ。

 以前は大曽根駅から名古屋港までを南北に貫く名城線という路線だったのだが、名城線が環状化してから金山駅から名古屋港駅までを名港線と呼ぶようになった。

 「では栄駅から上前津まではご一緒ですね」

 吉川が問いかけ、

 「そうですね。そこまでご一緒しましょう」

 加代子が答えた。


 駅まで2人並んで歩く。こんな経験はお互いが初めてだ。

 同性の友人すらいない2人である。ましてや異性と並んで歩くなど人生で初めての経験であった。

 駅までの5分程の道のりも短く感じた。

 改札を抜けホームに降りるとすぐに地下鉄がやって来た。

 車内は混んでいて座れそうなシートは無かった。

 仕方なく立ったまま2人はドア付近で立ち止まった。

 上前津駅まではここから二駅である。

 乗車中も二人はお互いの学生時代の事を話し合ったが、すぐに上前津駅に着いた。

 「では、今日はた、楽しかったです。あ、ありがとうございました」

 吉川がお辞儀した。

 「あ、こちらこそです。料理、美味しかったです」

 加代子もお辞儀しつつ言った。

 「あ、で、では、また……」

 また……、吉川にはこの「また」の一言を言うには勇気が要った。

 また、があれば良いと本気で思っていた。

 「はい、また。次は私がご馳走します」

 加代子も次がある事を期待しつつ答えた。


 ドアが閉まるまで吉川はホームに立ったまま加代子を見送った。

 手など振れる筈もなくお互い車窓越しに軽くお辞儀をして別れた。

 渡辺さんか、綺麗な方だったな……。

 吉川は加代子を思い出しながら軽い足取りで階段を上がって行った。

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