月夜、「たゆたう」、徒労感

 大きな嵐の翌日は、いつも以上に吹き付ける海風が快適だ。有毒なガスを放つ藻のたぐいが全て内陸深く打ち上げられるため、ガスマスクなしでも海岸に入ることができる。ただ、太陽の光だけは、これまたいつも以上に強烈で、肌をジリジリと焦がす。

 そんな中で、私達は、死体を埋めていた。私を除けば、男ばかりの5人組。一昨日嵐を避けて立ち寄った集落で偶然出くわし、意気投合した私のような放浪者ワンダラーばかりの一団だ。それぞれに銃を背負い、海岸に掘った穴に、1体また1体と、その実力に見合わない強欲のために身を滅ぼした襲撃者レイダーの死体を放り投げる。飾りだらけのくせにひどくボロボロな布地の一団だったが、とにかく奴等が頼りとしていただろう武器だけは、墓標の材料にでもしてやることにした。ろくでもない連中だったろうが、私達だって同じように、回収できるものを探しに来た強欲な集団だ。連中に罪があったわけではない。あったとしても誰も裁けない、この世界では。たまたま運が悪かっただけなのだ。

 私は無心で奴等の痩せ細った死体に砂をかけ続けていた。感傷に沈んでいたわけではない。ただ、こういう単純作業のときは黙ってやるのが好きだからだ。ところが、仲間の男たちはそうでもないらしい。

 「せめてこの穴も、レイダー共が自分で掘ってくれれば手間も省けたのにな」

 ひたすら掘り続けるのに飽きたのか、一番若い男がシャベルを止めて、そう愚痴り始める。

 「そうして穴の底まで来た所で俺達が撃つってことか?盗みの処刑みたいに?」

 鼻髭をちょろりと伸ばした太めの男が、それに答える。奴の髪型は頭の上を剃り上げているのに、下の方はしっかり伸ばして2つに編んでいる。どこか遠いところの部族の風習だろう。

 「俺はその処刑で何回か罪人を撃ったことがあるな」

 痩せた、色白の、私よりもかなり背の高い男も話に加わる。彼は顔に何やら『メガネ』とかいう変わったものを付けていた。もう長いこと旅をしてきたが、本当に付けている人間は2・3人しか見たことがない。

 「俺はその処刑の段取りをやったことがあるぞ」

 この一団のリーダー格の、白髪の整った男が落ち着いた外見に似合わず大きな声で語り始める。

 「ああいう『ヨゴレ仕事』を村の人間だけでやると後々までしがらみが残るからな、そうなると俺達流れ者がちょうどいいのさ」


 「で、お前もなにか経験あるか、女」

 誰かがそう言い、全員が私の方を見つめた。正直この場が男ばかり、というのは認める。だがそれでも雑に「女」と呼ばれるのは少々気に食わない、というところだ。その嫌悪感も少しはあったのだろう、それともう半分は面倒臭さで、吐き捨てるように私はこう答えた。

 「……そういう処刑で殺されかけたことがある」


 私達の目当ては、嵐で流れついた貿易船、あるいは廃船だ。上手く行けば貿易品を手に入れられるかもしれないし、少なくとも物資や、機械のスクラップくらいは確保できる。貴重な収入源だ。そんなわけで、武装した集団がわらわらとどこからともなく群がるのである。私達も、そのうちのひとつだ。

 作戦はそう難しいものではなかった。日の出前に出発し、昼間に他の集団が寄り付くのを待ち伏せし、まとめて倒す、と言うもの。私達が馬に揺られて海岸へと進み出した時、地平線にはまだ薄紫のベルトが微かに見えるだけだった。その中を、松明やランプの類も持たずに移動する。方角の頼みは嗅覚と、風向きだけだ。


 「エムか?いい銃じゃないか、しかもよく手入れしてある」

 「エムって何だ」

 「その背負ってる奴だよ」

 私の隣で、白馬を操る一番若い男が、私をからかうように笑う。私はこれまでずっとこの銃を『カービン』としか呼んでこなかったし、それと同じくらいこんなに喋る人間にも出会ってこなかった。前にも言った通り、人は長い間他人と話さないと、他人との話し方を忘れてしまうものだ。同様に、この銃の名前も他人に呼ばれないから忘れてしまっていたのかも知れない。手に入れた時は覚えていたんだろうが。その時も、買ったのやら、貰ったのやら、それとも奪ったのやら……

 「俺も前に使ってたぜ、だが、川に落として失くしちまった」

 ともかく言えることとしては、この饒舌な若い男は決して悪党ではないし、そんなに不快でもない、と言うことだ。あとはもし、何かがあった時に背中を任せられるだけの戦士である事を祈るだけだが。

 「ウィンディだ。よろしく頼む」

 「ナターシャよ」

 私達は馬上で、強く手を握りあう。こんなにも早く信頼出来る人間が見付かるとは思わなかった。もし何かの理由で仲間割れしたのなら、彼の側に着こう。そうとすら思えた。

 ともかく、この騎行はうまくいきそうだ。地平線の薄紫が、中央から次第に黄を帯びた橙色へと変わっていく。


 短い銃撃戦、そしてより長い死体処理のあと、ようやく私達は打ち上げられた船へと足を踏み入れることが出来た。大抵こうして漂着するのは無人の廃船なのだが、貿易船であったならそれこそ大当たりだ。ただ、困るのは生き残りがいる時だが。その時は交渉するか、ひっとらえて身柄を売り払うかだ。皆殺しという選択肢もあるが、私は一度しか出くわした事がない。

 ともかく、この小船は貿易船で、しかも船員はとっくに逃げ出した後だった。

 「積荷を全部確かめる!誰か見張りに付け、それ以外は手伝え!」

 白髪の整った男の声が響く。それはこの海岸も、ハマナスの野も超えるほどだ。

 だが、それを聞いて寄ってくるようなレイダーも、もはや居ない。思いのほか血を見ずに済むようではある。


 何匹か荷馬は連れてきてはいるが、貿易品を全て持って帰るにはあまりにも重すぎる。例えば精密な機械、銃や弾薬、『デンキ』で動くもの、酒やタバコなどの嗜好品、滅多に見ないが金や銀。そうしたものだけ探すため、木箱を一つ一つ開けて確かめる。非常に骨の折れる、しかも知識と知恵のある目利きがやらないと無価値になる作業だ。運良く、私達の一団では『メガネ』の男がそうした目利きの出来る男だったらしい。

 結局、見張りは私と若い男が代わるがわるやることになった。

 「俺たちも見たかったよなぁ、この船のお宝」

 交代の時に、彼がボヤいた。おそらく2人ともこういう知識と知恵が必要な仕事には向いていないと思われたのだろうか。彼は若過ぎるから、そして私は性別が違うから?

 「俺だって銃の名前くらいなら分かるしさ、少し見せてくれたっていいじゃないか。なぁ」

 彼はなおもボヤき続ける。実際には、銃の名前と、少なくとも相場が少し分かっただけでは十分ではないのだろうが。この世界に、かつて存在した文明が残したものの知識は深く、難しい。そして私達は、そのごく一部すら分かっていないのだ。

 「見合った分け前だけ貰えれば、それで十分って思うしかないわね」

 私はそう言って、タバコに火を付けた。これもごくたまに手に入れば良い方の、交易品だ。

 「俺にも火、くれないか」

 私は彼の咥えたタバコに、口に咥えたままその火口を近づけた。夕闇が迫り、少し薄暗くなってきた空に、2人分の紫煙が立ち昇って、消えていく。それを見て、彼は満足そうに、年齢より少し成熟して見える笑顔を浮かべた。そして、船内へと消えていった。

 「なぁ、」


 そう、呼びかけた瞬間だった。私は足元の砂がゆっくり、流れ始めているのに気が付いた。まるで昆虫の一種が、なにか獲物を捕食するように。その速度はものすごい勢いで早まっていく。みんな逃げろ、と呼びかけようとして後ろを向くと、すでに貿易船は半分以上砂に埋まり始めている。もはや助からないだろう。逃げるしかない。砂よりも早く、ひたすら船から離れようともがく。流砂では到底ありえない勢いだ。きっと、何か地下にものすごい力が働いている!

 無我夢中で、流れる砂の上を走り続けた。その流れが、急に緩やかになっていく。かわって流れ込む海水の音……全身の力を使い切って、私は海岸に倒れ込んだ。足の先では、船が砂中に沈んでしまった跡の窪みになおも濁った海水が流れ込み、新しい入江が出来あがろうとしている。しばらく倒れ込み、呼吸が落ち着き、再び様子を伺った頃には、もはやマストの先すら飲み込まれていた。水面に浮かんでいるのは、砂に飲み込まれた拍子に船から外れたと思しき、一艘の白いボートだけ。


 やがて太陽は地平の彼方へと消えて、代わりにいつにも増して大きく、丸い月が海上に姿を現す。その光が、凪の海にゆらゆらと、一条の線を投げかける。まるで、すぐ近くで燃えている、松明の灯りのように。

 残っているのは、私とたゆたうボート。その上で揺られて思う。これが今日一日の危険と汗の報酬だとしたら、どれだけ見合わない事か。船と運命を共にしてしまった4人の男達も、もっと早く気が付いていたならば、あまりにも突然、しかも名誉も何もない徒労のままに死ぬことは無かったのでは、と。

 特にウィンディだ。彼は若いが、どこか成熟した部分もあり、戦士としての腕も悪くなかった。私の旅の仲間になっていたら……そんな想いが、頭の上に思い浮かんでは、月へと吸い込まれるように消えていく。

 私は誰かが死んだからと言って、悼んだことはほとんどない(相手が悪党でも善人でも)。この沈みかけの荒野では、何でもない事であっさりと死んでしまうのだから。だが彼にだけは、この突然過ぎる別れが悔やまれて仕方なかった。ふと、これまでにない感情に巻き込まれそうになる。


 「私、何やってるんだろうなぁ!」

 藍色の天空に向かって、少し大きめの声でそう独り言を放つしか、今の私には出来なかった。

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