第2話 白い剣

 目を開けるとぼんやりと天井を眺めた。どのくらい眠っていたのか。外に目を向けるとまだ明るかった。そんなに眠り込んでもいなかったようだ。


 目が覚めるまで待って、ベッドから立ちあがってみると、かなりすっきりしていた。具合が悪かったのがうそのようだ。


 僕は全身鏡の前に立った。なんだろう? わからないけど違和感があるような……。


黒い髪がやけに鮮明に感じるし、どこがとも言えないけれど、いつも見慣れている顔と違うような気がする。


 ほっそりとした卵形の顔をなでた。血色がよくなってる? 僕は首をかしげた。


 階段を降りていると玄関のチャイムが鳴った。お母さんは「はーい」と言いながら、髪を整えながら鍵を開けた。玄関が開いた瞬間に聞きなれた声が響いた。


 「こんにちは」


 女の子の声だ。


 お母さんが口を開くまえに、僕は勢いよく降りていった。


 「やあ」


三人の友達に挨拶すると、お母さんは驚いた顔をした。


 「あなた体はなんともないの?」


 「うん、もうすっかり治った」


 と答えて三人のほうに向き直った。


 三人の友達の中でいちばん背の高い男の子はシェオル。ブロンドの短い髪に目が細く、おまけに身体はできそこないのニンジンのように細い。


 その隣の男の子はトランジェス。背が低く茶色の髪ははねたままだ。喧嘩っ早く、しかもかなり強い。トランジェスのおかげで意地の悪いヤツが近寄ってこない。


 人は見かけによらないというけれど、まさにトランジェスにぴったりの言葉だ。


 そして僕らの中で唯一の女の子、メイリス。メイと呼んでいる。艶のあるこげ茶の髪を肩まで伸ばし、ひとつに束ねている。大きな褐色の瞳はかわいらしく、女の子らしいーーと、言ってあげたいけれど、残念ながらそれとは正反対。


 気が強く乱暴者でかわいらしいとか、そういう言葉とはほど遠い。とにかく恐ろしく足癖が悪い。昔はしょっちゅう蹴りが飛んできて、僕らは嫌というほど食らっていた。


 「もう元気になったんだ」


 メイがニカッと笑いかけた。


 「まあね。ねっ、あがっていけば……」


 と言いかけてお母さんをチラリと見た。


 お母さんは口をキッと結んで、腰に手をあてたまま僕らの顔をぐるりと見回した。四人で「お願い」と言いたげな目をして無言で訴えた。


 お母さんはしばらく僕らの顔を見ていたが、負けたというようにため息をついて腰にあてていた手をおろした。


 「もう、仕方ないわね。それじゃあ少しだけよ」


 お母さんが言ったと同時にメイたちは「おじゃましまーす」と僕の部屋まで駆けあがった。


 「家の中を走らないで!」


 お母さんが注意した。


 「はーい」と言いながらいっきに駆けあがって行った。下からお母さんのため息が聞こえた。


 メイはベッドに腰をかけるなり、悪戯っぽくニヤリとした。


 「なんだよ」


 僕もつられてにやけた。


 三人は意味ありげに目配せをした。メイがバッグを膝の上に置いて中を掻きまわした。


 バッグの中から青い布を引きずり出して、僕の目の前で青い布を振った。


 「これなに?」


 「覚えてないの? この間お父さんの部屋で見つけたの話をしたじゃない」


 これだけ言えばわかるでしょ、と期待を込めて僕を見つめた。


 確かにそれだけで僕にはじゅうぶんだった。


 「本当に?」


 僕は目を輝かせた。


 「うん、本当だよ」


 とトランジェス。


 メイはもったいぶって青い布をゆっくりとめくった。あまりにもメイがもったいぶるものだから、しびれを切らしたトランジェスが早くしろよと急かした。


 メイはヘビも縮みあがりそうなひと睨みを投げつけて、トランジェスを黙らせた。


 気を取り直して青い布をめくると、白い物が見えた。


 なんだろう? ワクワクする。


 全部の布をめくると白い剣らしき物が出てきた。シェオルは映画のワンシーンのように、白い剣をうやうやしくもちあげた。


 「これは……まるで……け」


 「剣よ」


 シェオルの言葉をさえぎった。


 シェオルはムッとしたが、メイは気づかないようだった。


 白い剣の見た目はオモチャのようで、安物のプラスチックの剣か、もしくはペーパーナイフだ。


 もっと驚くような物かと期待していた分、テンションが下がった。トランジェスとシェオルも僕と同じことを思っているようだ。


 とくにトランジェスはひどくガッカリしたようだ。眉が八の字になっている。


 剣の長さは大人のひじから指先くらいで、つかのところに水晶がはめ込んである。水晶の中で白い煙のようなものが絶えず動いている。


 「いいアンタたち。アタシが剣をもつから」


 メイは水晶のところを指差した。


 「ここを見ていて」


 僕たちが水晶を注視したのを確認して、メイは白い剣をもちあげた。


 その瞬間僕たちはアッと声をあげた。


 なんと水晶の中の煙が渦巻いて、煙の色が茶色に変わった。


 「すっげえ! 次、僕にかして」


 シェオルは興奮して手を突き出した。


 メイは剣をシェオルに渡した。シェオルは目を輝かせながら剣をにぎった。不思議なことに、今度は茶色の煙が渦巻いて赤になった。


 次にトランジェスが試してみると、少し煙が動いたが、赤色から変わらなかった。


 トランジェスはつまらなそうに口をとがらせて僕の手に押しつけた。


 僕が触れると赤い煙が渦巻きだし、水色になった。


 「色が変わるのはわかってたけど、人によって変わるなんて知らなかった」


 メイは新しい発見をして嬉しそうに言った。


 「でも、これだけで驚かないでよね」


 またバッグから野球の金属バット取り出した。


 「まさかそれを?」


 と僕。


 「そうよ。これをスッパリいくの」


 メイは得意顔だ。


 「冗談だろ」


 トランジェスとシェオルは疑わしげな目つきをし、メイは首を振って金属バットをトランジェスにもたせた。


 メイが剣を構えた時、トランジェスはふざけて金属バットを左右にゆらした。メイは青い布を投げつけた。


 「ちゃんともってて! 危ないんだから」


 トランジェスは笑って金属バットをきちんと固定した。


 メイが剣を左に引いて、思い切りバットの真ん中にあてた。


 すると、拍子抜けするほど金属のバットはスッパリと切れて、かすかにキィンと音が鳴っただけだった。


 僕とシェオルは大きく口を開け、トランジェスは綺麗な切り口をまじまじと凝視しながら「すっげえ!」とつぶやいた。


 いっけん切れそうもない白い剣は、ありえないほどの切れ味だ。僕はすぐに白い剣の虜になった。


 「その剣そんなにすごい物なら、おじさんに見つかったらヤバくない?」


 僕が言うとメイは肩をすくめた。


 「見つかったらね。すぐにもとの場所に戻しておくから大丈夫よ。それにお父さんは物置に入れたままで剣は埃を被ってたから、すぐに見つかることはないもん」


 僕たちはあきることなく白い剣の話で盛りあがった。なんと言ってもあの切れ味だ。


 僕たちはこの世でいちばん強い武器を手にした気分になった。


 五時過ぎになるとお母さんが下から大きな声で僕の名前を呼んだ。その声を合図に、しぶしぶと話を切りあげてメイたちは帰った。


 僕はこの日、寝入るまで白い剣のことが頭から離れなかった。


 


 

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