第三章-3

 見違えた。

 見間違えた訳じゃない。見違えたのだ。

 誰が? そんなのメイムに決まってる。

 さすがに千五百円じゃ、そこらのジュニアアイドルみたいな髪型は無理だけれど。というか、前髪パッツンの、いわゆるお姫様カットになっているんだけど、それが中々どうしてか似合っている。西洋のお姫様というよりかは、日本のお姫様。いわゆるかぐや姫という具合か。

 髪質も、さすが専門家のシャンプーとリンスというか、トリートメント? キューティクル? なんかよく分からないけど、メイムの惨状をみて色々とサービスをしてくれたらしい。完璧とまでは行かないが、充分だろうってところまで髪質が正常になっている。短期間でも何とかしてくれる技術は、さすがのプロというべきか。千五百円って素晴らしい。

 ちなみに、同じシャンプーの購入をオススメされたのだが、お断りしておいた。もし買うとなると、僕は何も食べられなくなる。そうでなくても、しばらくはモヤシ炒め生活を覚悟していたというのに。

 とりあえず、僕達はメイムの家にまで戻ってきた。駅前からなら、メイムの家の方が近いし、一度行ってしまえば慣れたものだ。お邪魔しますも言い易い。


「ど、どうかな、空夜さん」


 彼女の部屋に戻ってきて、真っ先にメイムが聞いてきた。店からの帰り道も一言も喋らなかったけど、やっと言えたという感じか。髪が気になるのだろうか、しきりにポニーテールの尻尾をさわさわと触っている。今までにない感触なのかもしれないな。今なら櫛も通るだろう。


「今すぐ芸能界デビューしようぜ」

「えぇ、無理だよ~。水着持ってないし」


 芸能界に水着は必須なのか。それは知らなかったなぁ。


「まぁ、芸能界は冗談としても、それぐらいには可愛いと思うよ。明日から学校でモテモテだろうな」

「あっ、学校だった……」


 その髪で学校に行きたくないのか? まぁ、いきなり姿が変わったら何を言われるか分からないしな。夏休み明けに、清楚なあの娘が髪の毛を茶色に染めてた並のショッキングな出来事だ。知らない間に同級生が大人になってしまった感覚というか、黒髪に対する清楚なイメージの欠落というか。まぁ、そういう感じ。


「いいじゃないか。好きな人に見せてこいよ」

「え、学校の人じゃないよ?」

「あれ、そうなの?」

「うん」


 メイムは頷いて、恥ずかしそうに、えへへ~、と笑った。

 そうなると、僕の推理はまるで外れていた事になる。メイムの行動範囲から考えると、学校関連とばっかり思っていた。大抵は、クラスメイトだろうし、そうでなければ先生となる。

 だけど、学校じゃないとなると、先生でもないし、用務員さんって訳でもないだろう。となると……メイムが通っているスーパーの店員さんか? イケメンのアルバイトでもいるのだろうか。

 しかし、そうなると経済力でも勝てないかもしれないぞ。やはり、バイトをしておけば良かった……!


「どうしたの空夜さん?」

「いや、何でもないよ」


 とりあえず、今はメイムの好きな人なんてどうでもいいか。

 う~ん、しかし、そうなると正直にメリットだけを伝えて結婚しようと言おうか。一緒に住まないといけない、とあるが、それを守ってない夫婦もいるし。状況が状況なだけに、夫婦別姓も許されるだろう。

 結婚だけしておけば、色んなメリットがあるんだから……


「……」


 違うだろ、馬鹿か僕は。

 何度考え方がブレれば気が済むんだ。

 それが救いか? 

 それで幸せになれるのか?

 それが彼女を救っていると言い切れるのか?


「ねぇ、空夜さん」

「ん? なに?」


 考えを中断する。自分自身をぶん殴ってやりたくなったけど、それは後回しだ。


「また、これやって」


 メイムは毛布を持っていた。あぁ、前にやった二人で温まる奴か。


「いいよ。はい、座って」


 わ~い、とメイムは子供っぽい声をだして、僕があぐらを組んだ上に座る。まぁ、子供だから当たり前なんだけど。でも、髪型のせいだろうか、ちょっとは大人っぽく見えるかな? どちらかというとお姫様なんだけどね。姫カットでもあるんだし。

 ふわり、とシャンプーの香りが僕の鼻をくすぐる。良いにおいだな、と思うと同時に、なんだかメイムを女性として意識してしまった。僕の判断基準はシャンプーなんだろうか。とりあえず、なんか愛しさが溢れてきたので抱きしめてみた。


「わわわ」


 メイムが呟く。良かった、嫌では無さそうだ。

 ん~、それにしても心地良い。こんな事なら妹ともうちょっとスキンシップを取っておけば良かった。いや、気持ち悪いな。妹だぞ? アニメや漫画なんてのは実の妹がいない奴の妄想にすぎない。例え妹が裸で踊っていたとしても、僕は鼻で笑うだろう。馬鹿か、お前は、と。羞恥心を落としてきたか、ぜんぜん育ってないな、それに意味はあるのか、等々の罵詈雑言を浴びせる事になるだろう。


「ねぇねぇ、空夜さん」

「ん?」

「空夜さんは、好きな人いないの?」

「ん~……」


 どう答えればいいだろうか。


「好きかどうかは分からないけど、気になる人だったらいるな」

「おぉ~。だれだれ? どんな人?」

「最近出会った女の子で、初対面のインパクトが凄かった」


 ほら、なにせゴワゴワの髪の毛で覆われていて、死神と呼んでいたぐらいだから。これ以上ないインパクトだろう。


「へぇ~……」


 あら、なんかメイムが落ち込んでる? じゃぁ、サービスをしてあげよう。


「つい最近、その娘がすっごく可愛くなってさ。出来る事ならずっと一緒にいたいと思ってる」

「それって、好きって事じゃないの?」

「う~ん……そうかもね。でも、まぁいいさ」

「どうして?」

「だって、いま僕の目の前に座っているからさ」

「ほ、ぁ」


 なんだその声。もうちょっと普通に驚けよ。え~っ、とかみたいにさ。ほ、ぁ、って何だよ。まったく、変な奴だなぁ。


「え、え、えええぇぇ~~。私?」

「メイムさんですよ」


 メイムが首を無理矢理にまわして僕を見る。で、僕と目があった途端に真っ赤になって元に戻った。心なしか体温があがったかな。温かいや。


「あ、あうあうあう」


 なんだか妙な声をあげながらメイムが毛布から出て行こうとする。だが、僕は彼女を抱きしめたまま離さない。


「あ、え、う~」

「知らなかったのか、魔王からは逃げられない」


 RPGの鉄則だ。TRPGでは鉄則ではないけど。ついでにいうと、僕は魔王じゃないから逃げようと思えば逃げられるんだけど。

 とりあえず、その台詞で諦めたかはどうかは分からないけど、メイムは逃げるのをやめた。代わりに、僕の胸へ頭をもたれさせてきた。


「どうして……」

「ん?」

「どうして私なの?」

「目の前でさ、困っている人がいたら、助けたくなってしまうだろ」


 性善説。人間は生まれながらにして正義の味方である。僕だけかもしれないけど。


「……そんな人、いなかったよ」


 うん、知ってる。

 その台詞を、メイムが疑いなく言えてしまうからこそ、僕は君を助けたくなったんだ。でも、自分が困っているというのを自覚できている現在は、まだ救われている方なんだろう。ちょっと前の彼女は、自分が困っている事にすら気づいてなかったはずだ。


「じゃぁ、そいつらは正義の味方じゃないね」

「せいぎのみかた……」

「そ。悪い奴と戦う、ヒーローだ。日本語でいうと、英雄か」

「空夜さんは正義の味方?」

「残念ながら違う。僕は出来損ないの正義の味方」


 どうして、と不思議そうにメイムが聞いてきた。


「正義の味方は、全ての人を無条件で無償で完璧に救ってみせるんだ。どんな悪にも負けない。最後には絶対に勝つんだ。カッコイイよな。ところがどっこい、僕にそんな力がない。条件があるし、無料じゃないし、不完全で、しかも、たった一人しか救う事が出来ない」

「その、たった一人が私なの?」

「ダメかい?」


 メイムは勢いよく、首を横に振った。


「……嬉しい」


 小さな声が聞こえた。良かった。僕の想いは、迷惑には感じていない様だ。


「嬉しいな……」

「ん?」

「私の正義の味方が、出来損ないで良かった」


 どうして、と僕は聞いた。


「だって。他の子じゃなくって、私だけを助けてくれるんだもん」


 独占欲……か?

 思考を開始する前に、メイムの前に回している手に、彼女の手が添えられた。ゆっくりと彼女を解放する。今度は、しっかりとメイムがこちらを見た。頬が真っ赤に染まっている。


「えっとですね、え~っと、その~」


 なんだかモジモジとしながら、メイムは僕と視線を合わせる。少しだけ潤んだ瞳が、可愛らしくもあり、彼女の顔が良く見えるという姿が、余計にそれを引き立てた。


「ち、ちょ、ちょっと前から、空夜さんの事が好きです!」


 勇気を振り絞ったのか、それとも勢いのままにか、メイムはそう叫んだ。

 ん?

 ……はい?

 え? ん? は?

 いきなり告白されてしまったんですけど……あれ? もしかしてメイムの好きな人って僕だったの? え、マジで? え、本当に? え、ドッキリ?


「きゃ~! 言っちゃった~!」


 ちょっとした混乱状態の僕を放っておいて、メイムは頬に手をあてて顔を左右に振っている。ポニーテールがブンブンと暴れるのが大迫力だ。


「本当に?」

「嘘じゃないですよ。だって空夜さん、優しいしカッコイイし」

「そんなの生まれてこの方、誰にも言われた事ない……」

「あ、じゃぁ私が一番最初なんですね」


 やった~ってメイムが喜んでる。

 あ、やばい。なんか嬉しい。可愛いというか、愛しいというか、なんというか。こんな純粋な女の子が僕の事を好きだなんて。信じられないけれど、現実なのか。


「良かった……」


 僕は大きくため息を吐いた。

 しかし、何て言うんだろう。今まで告白シーンなんてのは経験した事が無いんだけど。案外とアッサリとしているものだ。ドラマや漫画ではクライマックスにも似たシーンだけど、現実ってのは、こんなもんなんだろうな。

 ちなみにヴァレンタインのシーンはカットしておく。あれは告白シーンじゃなくて、バイオレンスシーンだ。できれば二度と思い出したくもない。


「ほえ?」

「いやいや、メイムが僕の事を好きで良かったって事でね。僕は、どうやって君を僕の物にしようか、そればっかり考えていたんだ。それが、杞憂に終わって良かった」

「そうなんだ。骨折りゾンビのくびれた道化、ですね」


 どんなことわざだ。スタイルの良いピエロは、骨が折れたゾンビでした。つまり、ただのボロボロな状態ってだけじゃないか。いや、見た目に騙されるな、という意味になるかな? まぁ、間違いは間違いなので、考察しても意味なんか無いんだけど。


「それを言うなら、骨折り損のくたびれ儲け、だ」

「あれ? そうでしたっけ」


 えへへ~、とメイムがだらしなく笑う。頬が緩みきってるな。試しに両頬をムニムニと触ってみた。意外と硬かった。栄養失調って訳じゃないけど、きっと食べる量が足りてないんだろうな。


「いひゃひゃ、なんふぇふは?」

「いや、可愛いなって思って」

「ひゃう」


 また真っ赤になった。本当に可愛いな。


「あ、あの~、それで空夜さん。えっと、私、空夜さんと恋人同士になれますか?」


 少しばかりモジモジしながらも、メイムが聞いてくる。

 そうか、メイムはそれを望んでいるのか。何か憧れでもあるのだろうか。ドラマかそれとも、クラスメイトの話かな。

 それにしても、彼氏彼女ではなく恋人同士……表現的には、ライトな感じではなくディープに思えるな。まぁ、僕の勝手なイメージなんだけどね。


「恋人同士もいいけれど……メイム。え~、あ~っと……」


 伝えるなら今だ。これ以上ないっていうタイミングだ。

 僕はコホンと咳払いをして、正座をした。大事な言葉を伝えるのに、あぐらをかいている場合じゃない。


「なんですか?」

「え~っと……」


 正直に言おう。

 僕は、今まで生きてきた中で最高に緊張にしている。学芸会の傘地蔵の地蔵役なんて目じゃないぜ。心臓が早鳴るが、それを誰かに締め付けられている様な感じだ。喉が一瞬にしてカラカラになる。それを唾液で何とかしてから、僕はもう一度、メイムの瞳を真正面から見つめた。


「メイム、僕と……結婚しないか?」


 言えた。

 伝える事が出来た。

 少し、声がひっくり返りそうになったけれど、何とか堪えた。確かに、メイムに僕の言葉を伝える事が出来た。

 そこで気づく。助けるとか、救いたいとか、正義の味方とか、何とかかんとか言ってたけど。結局のところ、僕は、メイムのことが気に入ってたんだと思う。それを『好き』と表現していいかは分からないけれど。それを『愛』と呼ぶかどうかは、まだまだ僕には分からないけれど。

 僕にとってのメイムは、結婚を決意させるだけの女だったって事だ。


「け、結婚……?」

「うん。僕と結婚して、一緒に暮らさないか?」

「いいの?」

「僕からの提案だよ」

「いいの、私なんかで?」

「メイムじゃなきゃ、嫌だ」

「本当の本当に?」

「あぁ、間違いなく本当に」

「いいの? 私、そんな、誰かと一緒になんて、そんな、そんな夢みたいな事、ずっと憧れてて、ママも、お父さんとも、そんな事してなくって、ずっとしてみたくって、いいの? 嘘って言わないでね。冗談でした、って言わないでね。空夜さん、大丈夫なんだよね? 私を選んでくれたんだよね?」


 メイムはポロポロと涙を零した。

 僕はそれを拭わない。

 泣くな、なんてのは無理な話だ。だって、今までメイムは泣いてこなかったんだから。だから、これからは泣いていいはずだ。それに、うれし涙ぐらい、許してくれるだろうさ。


「僕は、メイムの正義の味方であり続ける。だから、結婚しよう。結婚して、一緒に暮らして、家族になろう」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔を、メイムはゴシゴシと拭った。そして、精一杯の笑顔を浮かべてくれる。


「……はい!」


 その言葉を聞き、僕はメイムを抱きしめた。彼女も、僕を抱いてくれる。小さな腕の温もりを感じた。

 ロリコンだと笑うなら、勝手に笑えばいい。

 変態と罵るなら、勝手に罵ればいい。

 僕を嘲笑う事で、優越感を得るのなら、どうぞ勝手に思い上がってくれ。

 その間に、僕は一人の少女を幸せにしてみせる。

 誰もできなかった事を、僕は一人で成し遂げてみせる。


「幸せになろうぜ」

「はい!」


 ちょっぴり泣いてしまったけど、これがメイムの告白シーンであり、僕のプロポーズシーン。劇的でもなんでもなく、現実は小説よりも奇じゃなくて、ただただ有りのままという感じだった。

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